03.電子書籍の読み手・リサーチャー小口さん→小説家菊池さん
青函トンネルで会いましょう > 菊池道人さんに答ふ
菊池道人さま
早速に御唱和いただき、有り難うございます。
さて、同じ電子ブック推進派でありながら、私と貴兄との間にあるスタンスの違い。それは私も感じていました。ただし、貴兄がおっしゃるのとは全く異なる意味においてです。
一言で言いますと、貴兄はクリエーター、作り手の立場からの電子ブック推進派とお見受けします。クリエーターとしての可能性を広げるため。先日、ご紹介くださった「note」上の貴論稿も、その立場に貫かれていますね。実際、貴兄は立派な電子ブックの作品を何点も世に出された実績がある(私も購読したことありますが)。
それに対し、私はもっぱら購読者、図書閲覧者、図書利用者、受け手の立場からの電子ブック推進派です。いわば、“読者の可能性”を広げるためです。思えば、私も著述業者の端くれではありながら、電子ブックを自ら書いたこと、作ったこと、出したことがまったくありません。まさに「紺屋の白袴」ではあります。
しかしながら、そこに何らの矛盾も感じていません。というのは、私個人が電子ブックを書いたかどうかなど、電子ブックの意義を論ずるうえで些末なことだからです。そんなことではなく、電子ブックという形そのものに限りなく大きな意義と可能性を認めるからです。
そもそも私はジャンルからして、商業出版が主たる活動領域ではなく、レポートや研究プロジェクトの報告書など、原稿料、印税ではなく、ギャラの給付に対する反対給付の成果物を作るために書くことがこれまで営みの大部分でした。ウソでもリサーチャーの私は、膨大な量の参考文献を必要とします。引用もたくさんしなければならない。その時、紙の本は驚くほど機能性を発揮しないのです。圧倒的に、電子ブックが役に立つ。
図書館のように恵まれたスペースを持つわけでなし、司書を雇えるわけでなし、買い込んだ文献など必要なときおいそれと見つかりはしない。とっくに段ボール箱に詰められ、クローゼットの中に下積みされてしまっている。しかも、「そういえば、ここで使えそうなデータ、たしかどこかで見たけど、どの本だったかな?」と迷うことばかり。本が仮に運よく見つかっても、そのどのへんに書いてあったかを探すのがまた一苦労。
その点、そんな問題は、電子ブックなら大部分解消です。あの軽量小型のタブレット、あるいはPCを持ってくれば、その中のどこかに必ず入っている。しかも、文字列、数字など、ヒントになるものがあれば、たちどころに検索できて、必要箇所にアクセスできる。こんないいものはありません。好き好んで、この私が紙の本を求めるわけがない理由も、ご賢察いただけるというものでしょう。しかも、それだけ苦労して、生活空間を犠牲にしてまで(圧迫感で、精神衛生上も非常に悪いことを痛感した)紙の本を所蔵しても、大部分は“死蔵”となる。いざというとき、役に立たない。出てこない。そして、挙句の果ては、畢竟、スペースの限界にぶち当たり、泣き別れ、ブックオフ行きの結末を迎える。こんな我慢大会、精神修養をする必要はない。さらに言えば、この整理と廃棄にかかる時間の無駄がものすごい。経済学でいう「機会費用」「機会損失」です。
電子ブックでそろうなら、私にとっては紙の本をあえて買う理由がほとんどないのです。早く、電子ブックですべてのタイトルが買える世の中になってほしい。
貴兄と私と、出発点はまったく反対でありながら、私はやはり「同志」と思っています。なぜなら、電子ブックの普及・充実という大目標は共有できるからです。あたかも、青函トンネルを真ん中に向かって、反対の両端から掘り進めているようなものでしょう。では、真ん中でお会いしましょう。今後ともご厚誼のほど、何とぞよろしく。
電子ブック党・小口達也(会員no.43)2015/12/10 21:45:17