【書評】 鎌倉幕府成立に功績を残しながら、冤罪で滅んだ悲劇の武将の生涯 評者:藤岡比左志
本書は電子書籍サイトで配信されている電子書籍で、第1巻から第4巻まである大作。オンデマンド印刷による紙版も購入できるが、電子版が1冊税別400円と求めやすい価格になっているのに対し、紙版は1冊税別1290~1380円となかなかの価格。これからの出版界を暗示させるような設計だ。
さて、本書の主人公は鎌倉幕府草創期に活躍した関東の武将・畠山重忠。といっても、どれくらいの人が重忠を知っているだろうか。この人物、もともとは武蔵の国・菅谷(現在の埼玉県嵐山町)に住む平氏側の武士だったが、関東独立をめざす源頼朝の臣下となり、源平合戦から鎌倉時代初期までめざましい働きを残したなかなかの人物なのだ。その活躍は鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻鏡』にも詳しく記されている。
重忠が一般的には有名でないのは、鎌倉幕府成立後ほどなく謀反の疑いで畠山重忠一族が滅ぼされ、子孫が残っていないからだ(室町時代の管領・畠山氏は直接には無関係)。謀反は事実ではなく、ほぼ冤罪だったようだが、事件の背後には北条氏を中心とする幕府内の勢力争いがあったと言われている。
本書はその重忠の少年時代から42歳で無念の最後を遂げるまでを、時代の変化を追いながら丁寧に描く。源平の合戦から重忠の死までの日本史は、平清盛を筆頭に後白河天皇、木曽義仲、源義経、静御前、武蔵坊弁慶、源頼朝、北条時政、北条義時と歴史上の有名人物が綺羅星の如く登場する。この多彩な登場人物に、著者が生み出した架空の人物を配し、物語はぐいぐいと進んでいく。このあたりは、歴史ものを得意とする著者の真骨頂と言える筆さばきだ。
重忠は誠実で心優しい武将として描かれている。実は『吾妻鏡』でも、彼は「良識的、模範的な人間」として評価されていたという。それだけに、あくまでも正直で、アクがないというか、強烈な個性には乏しいように感じる。そんな重忠を、なぜ著者は小説の主人公に選んだのか。
「あとがき」によれば、横浜市の著者宅の近くをいにしえの鎌倉街道が通っており、また重忠が討死した二股川古戦場が山一つ越えた場所にあったことなどから、いつかは重忠を小説に書きたいと思っていたという。
しかし、昨今の出版界の状況では、畠山重忠のような地味な武将を主人公にした小説を刊行するのは難しい。そこでインターネットを活用し、電子書籍とオンデマンド印刷による紙版という形態を選んだのだという。
重忠は謀反の疑いをかけられ、追討の大軍を送られたことを知っていても、わずかな兵を率いて弁明のため鎌倉へ向かったという。その姿には、時代の流れの中でも自分の生き方を貫きたいという強い意思を感じる。本書の刊行を実現させた著者の姿に、畠山重忠の生き方に通ずるものがあるようにも思えた。歴史小説ファン、なかでも源平合戦から鎌倉時代に続く歴史に興味のある方には、ぜひ一読をお薦めしたい。
『畠山重忠(一)』『畠山重忠(二)』『畠山重忠(三)』『畠山重忠(四)』全四巻
菊池道人(著)
一人(いちにん)社(編)
評者・藤岡比左志【会員番号18】
ライターズネットワーク副代表/マネー雑誌編集長、旅行系出版社社長を務めてきた関係から、投資情報、旅行情報には強い。最近は、観光と地方創生、訪日外国人観光客向け(インバウンド)ビジネスをテーマに発信中。
雑誌編集者として10年。単行本編集者として8年の経験を持つ。手がけた単行本は約100冊。雑誌編集者時代はライターとしても活動。旅行経験も豊富で国内は47都道府県、海外は75カ国を訪問。アドバイザー、講演者としても活動中。