25時のS.O.S【5分で読める短編小説(ショートショート)】
街の明かりが消え、人々が寝静まる深夜1時過ぎ、私はこの時間帯が一日の中で一番好きだ。
時が止まったように静寂に包まれ、世界に自分しかいないのではないかと錯覚する時もある。
ライターという仕事柄、昼間では感じることができない”神経が研ぎ澄まされる様な感覚”を味わえるこの時間帯にパソコンを開く。
明日は原稿の締め切り日というのに、まだ4割程度しか筆が進んでいない。そんな時、気分転換のため散歩へ出かけるようにしている。
いつもの様に家から10分ほどの場所にある小さな公園へ向かった。途中、自動販売機でカイロ代わりにコーンポタージュを買いポケットに入れた。
ブランコとスベリ台と砂場しかない小さな公園に着き、いつもの様にブランコに座ろうとしたが先客がいた。
どう見ても小学生の男の子だ。
一瞬、迷ったが声を掛けた。
「ひとり?お父さん、お母さんは?」
「いない」
「こんな時間にお外で遊んでたら親が心配するし、危ないからお家に帰った方がいいよ」
「だって・・・追い出されたから入れないんだもん」
話を聞くと児童虐待を受けているようだ。しかし、深夜1時過ぎに小学生を家から追い出すとは一体どういう神経をしているのだろう?
ろくにご飯も食べさせてもらっていないのだろう、細いカラダは小学校5年生にはとても見えなかった。
そして、冬だというのに半袖半ズボン。これだけでも立派な虐待だ。私はさっき自動販売機で買ったコーンポタージュの蓋を開けて少年に渡した。
よほどお腹がすいていたのだろうか、真夏のビールの様に一気飲みし、一瞬で飲み終わった。
少年の両親は5年ほど前に離婚し、少年は母親に引き取られた。そして、再婚相手となった男が問題だった。酒を飲み酔っぱらうと少年に暴力を振るうようになったという。
母親は守ってくれないどころか、一緒に暴力をふるうこともあるのだというから救いようがない。
そして、きっと複雑な家庭環境も一因なのだろう、少年は学校でイジメにあっているという。学校にも自宅にも自分の居場所がなく、誰一人として味方がいない。
先生に相談したらイジメは一時的になくなるだろう。しかし、それは表面的なことでしかなく、”無視”というイジメ内容に変わるだけだ。
私はどうすればいいのだろうか?
家まで送り届けるべきか?それとも警察に通報するべきか?
このまま少年を置き去りに帰ることはできない。
そうだ!私はライターだ!文章と言う武器があるじゃないか!記事と言う盾があるじゃないか!
私はスマホのボイスメモを起動させ、少年にインタビューを開始した。
明日までの原稿はもう間に合わない。仕方がないが諦めよう。
少年へのインタビューは延々と続き、気が付いたら朝陽が上り始めていた。そろそろ親が起きる時間なのだろう、少年は帰ると言い公園を去っていった。
私は家に帰るとインタビュー内容を記事にするためパソコンを開いた。
もちろん、少年の本名や住所などプライバシーなことは伏せて書いたが、所々にヒントを散りばめ、「本当の父親に届け」と願いながら書いた。
本来送る予定だった原稿「居酒屋探訪記 山形編」の編集部へ、謝罪文と共にメールした。
すると、直ぐに編集長から電話がかかってきた。怒られるかと思ったが、熱量が伝わったのか好評だった。
そして、トップ記事として掲載されると、あっという間に話題となり、記事は方々に拡散され、ニュース番組などでも取り上げられることとなり、社会現象となった。
そして数日後、編集部に記事を読んだという男性から一本の電話がかかってきたそうだ。
あれから1年・・・深夜の公園に少年が再び姿を現すことはなかった。