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起業なんてしたくなかった。それでも『HQ』をつくった本当の理由
私は、起業したいと思ったことがありませんでした。
起業家として成功できる自信はなかったし、
自分に適性や能力があるとも全く思えていませんでした。
そんな私がなぜHQを創業できたのか?
今まで語ってこなかった
”私が「HQ」を起業できた本当の理由”
をお伝えしたいと思い、このnoteを書くことにしました。
シリーズB調達で感じた違和感
2024年12月12日、HQは、シリーズB 資金調達 20億円を発表しました。
【本日発表】HQ、シリーズB 20億円を調達しました!
— 坂本 祥二|HQ CEO (@shoji_hq) December 12, 2024
あわせて
・7つの新製品ローンチ
・日本を代表する大企業3社との戦略的パートナーシップ(*1)
も同時発表しました!
■調達目的は一つ——『EXプラットフォーム』への進化
調達目的は一点に集約されます。… pic.twitter.com/zgZq0BiyDN
調達とあわせて
日本を代表する企業3社との戦略的パートナーシップ(※検討開始)
7つの新製品の発表
新しい福利厚生としての未来戦略(EX - Employeee Experience:従業員体験)
の三つも発表しました。
この一連のリリースは、HQにとって、単なる資金調達を超えた意味を持っています。
「まさにスタートアップ!」といえる類の積極的なPRだと感じつつ、
一方で、自分がこんなリリースを出す会社を起業し、経営しているのだと思うと、何だか不思議な気持ちにもなりました。
たまに近い人たちには伝えてきましたが、
私は、人生を通じてずっと「起業したくない」人間でした。
「起業なんて怖くてできない」
「起業は面倒で大変」
「というか、自分は起業家に向いてない」
などと普通に思っていましたし、周囲にも漏らしていました。
今回このシリーズB調達リリースを作りながら、
このリリースだけ出すだけではHQらしさや自分らしさが誤解されそうとも感じ、起業してからの3年9カ月を振り返る良い機会とも思い、
”私が「HQ」を起業できた本当の理由”についてnoteを書くことにしました。
起業理由は真実ではない?
起業家は誰しも「なぜ起業したんですか?」という質問を何十回、何百回と聞かれるものです。
私も例にもれず、採用候補者、メディア、取引先、投資家などから、この質問を尋ねられてきました。
そして、聞かれるたび、
「うーん、本当の理由とまではいえないんだけどなあ」
と思いつつ、以下のような分かりやすい話を答えてきました。
当事者として感じた課題:
前職で福利厚生を検討するなかで既存サービスの課題を痛感。環境が激変するタイミング:
コロナを契機とした働き方の変化や人的資本経営の重要性の高まり。
もちろん、これはこれで嘘ではなく、実際に思っていた真実でもあります。
ただし、こんな分かりやすい理由だけでは、私は絶対に起業に至ることはできなかった。
なぜなら、私には、「自分は良い起業家になれる」という根本的な自信がまるでなかったからです。
CFOとしての虚構の自信
前職のLITALICOでは、主に取締役CFOとして、上場を主導したり、新規事業の立ち上げをしたり、多種多様な仕事に関わりました。
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入社したときの企業価値は微々なるものでしたが、無事IPOまで至ることができ、その時の時価総額は80億円。
その後もコツコツ業績予想を必達し続け、
6年半後の退職時には時価総額1,000億円を超える会社になっていました。
(もちろん、これは全社員一丸となって達成した事柄であり、私の貢献はそのなかのごく一部に過ぎません。)
ただ、本気で仕事に取り組めば取り組むほど、結果が出れば出るほど、
「本当に裸一貫から勝負することの怖さ」
はむしろ深まっていきました。
事業戦略が機能していて、調子が良い事業群のおかげで会社が上手く行っていただけで、自分個人の力ではないのは自分が一番よくわかっていました。
経験を積めば積むほど、ゼロからイチを生みだすことはとても難しいことを痛感しました。
CFOとして、全社のPLや企業価値の観点で、見込のない事業を特定する立場でもあり、撤退やコスト削減を主導する役割もあり、
「新規事業は基本上手くいかないものだ」と最悪を想定しながら経営するようになりました。
自ら手掛けた新規事業でも、当事者として、その生みの苦しみを痛いほど味わいました。
どんなに頑張っても、計画受注数の1/5にさえ達しませんでした。事業計画のずれ、どころではありません。大誤算、大失敗です。
必要な業務や工数は見込みきれておらず、想定を大きく超えてコストだけが膨れ上がりました。
失敗の責任は全て自分にのしかかっているように感じました。暗中模索という言葉がまさにぴったりの心境でした。
最終的には、もがき苦しみながら、奇跡的に想定単価を5倍以上に上げることができたりして、なんとか帳尻を合わせることができましたが、その最中は生きた心地はしませんでした。
そして、この経験さえも、会社の看板と資産があるからこそできたことだなとも感じました。当時の前職は、ブランディングも強くて最初から優秀で熱意ある人材を採用できましたし、キャッシュの心配もしなくてもよい恵まれた環境でした。
もし自分がゼロから起業したら、今回とは比べようがないほど苦労することも容易に想像がつきました。
当時の自分は、周囲からは自信満々のスタートアップCXOに見えたかもしれませんが、
世の中的に成功とみなされるような実績を得れば得るほど、失敗が怖くなるものでもあります。
要らないプライドが積み上がり、泥臭いことを避けたい気持ちが強くなる。
自分が良い起業家になれる自信は本当にゼロでした。
怖くてできなかった資金調達
実は、福利厚生領域の変革をしようと会社を立ち上げようか思案していたとき、会社設立前、素晴らしいと思えるベンチャーキャピタルから資金提供の話がありました。
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2020年2021年当時はスタートアップバブルの時期でした。
私は多少の実績と評判があったので、素性が分からない起業家に投資するよりはマシだと思ってもらえたのでしょう。
客観的には、今から考えても悪くない話だったと思います。
ただ、私にはVCのお金を受け取ることができませんでした。
お金を受け取る”覚悟”が持ち切れなかったのです。
資金調達を行うことには大きな責任とコミットメントが生まれます。
何もないところに降りてくるお金だからこそ、その資金に見合う成果と努力が必ず求められる。
ただ、私にはその成果を出し切る自信も、努力しきれるだけの覚悟もなかった。
資金調達をして、責任を背負うのが、怖かったんです。
その課題を解くべきは誰か?
起業家として、ゼロイチを成し遂げられるスキルへの自信。
起業家として、懸命にやりきる責任への自信。
そのどちらもなかった自分が、なぜ起業することができたのか?
今思うと、それは
「起業したいかどうか?」
という問いをやめられたからだと感じます。
何度考えても、起業家というキャリアも、スタートアップ起業家というキャラも、自分に合っているように思えませんでした。
きっかけになったのは、全く違う、代わりの問い
「誰が、福利厚生の課題を解くんだろう?」
という、ある意味では当事者意識にまるで欠けた問いでした。
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福利厚生産業は、なぜ20年ー30年、変わっていないのか?
もちろん、それには根深い理由がありました。
起業前に、多くの福利厚生業界関係者と話をしたところ、口をそろえて、以下のようなことを教えてくれました。
「こんな業界に参画しないほうがいい。殆どの会社が失敗している」
「業界大手2社以外は全て縮小している」
「どの会社もプロダクトはほぼ同じ。プロダクトでは差がつかない業界」
「価格の叩き合いは日常茶飯事。零細が入ってきても潰されるだけ」
いずれの意見にも説得力と論拠がありました。
私なりにこれらの意見を掘り下げていくと、福利厚生業界には、変革を妨げる障壁が沢山あることが分かりました。
少し企業秘密もあるので、詳細は記載しませんが、ざっくり言うと以下のような”難しさ”が分かってきました。
差別化されたサービスをつくるのはとても難しい:
人事、労務、税務、経理、経営などの知識/経験を総動員しないと、差別化されたソリューションは作れそうにない。単品勝負が厳しく、沢山の製品をつくる開発組織が必須:
ひとつの製品をつくるだけでは勝ち切れない。泥臭いオペレーション構築力が必須:
ソフトウェアの世界だけで閉じていては難しい領域で泥臭い。マーケットが極めて大きく、ニッチで小さく勝つのが困難:
マーケットが極めて広い。小さな成功はできない。強い営業力・営業文化も必須:
勝ちきるには強い営業が必須。
ここまで到達して、
「うわー、、、正直、これはやりたくない領域だなあ。。。」
「やりきるには凄い時間がかかりそうだなあ。。。」
と正直思いました。そして、
「大きな市場だから、軽めのプロダクトで福利厚生に進出する人は多そうだけど、産業変革レベルでの挑戦は誰もやらなさそうだな。」
「さてさて、これ、誰がやるんだろう?」
そうピュアに疑問に思ったところで、たいへん不遜な考えではあるんですが、以下のような考えが脳裏に浮かびました。
「・・・もしかしたら、この課題を解くべきなのは自分なのかもしれない」
受動的な決断
自分に起業家としての適性や力があるとは思えませんでしたし、なにより「起業したい!」という強い意志を持てていませんでした。
そんな状態では、起業しても勝てるわけがないとも思っていました。
しかし、「この産業の難題を解くべきのは誰か?」と考えたとき、自分自身の以下のような特徴が、社会課題とぴったりマッチしているのではないかと思いました。
経験:福利厚生で必要な多様な領域の経験がある。
福利厚生を解くうえでカギとなる人事、労務、税務、経理、法務などを全部やってきた経験がある。長期視点:中長期の投資が必要な課題を解きに行ける。
当時の現職でのキャリアも経て、当時35歳で、長い時間がかかる挑戦に取り組める時間、体力、気力がある。熱:この領域の可能性と意義を心から信じている。
そして何より、この業界が本来有するべき社会的意義に対して強い関心を持っていた。だからこそ現状の不にも怒りを覚えていました。
「福利厚生産業の”不”を解決するうえでは、実は、自分という人間が一番最適な場所に今立っている」
「だとしたら、自分が、この役割を引き受けるべきなのではないか?」
このように、誰に依頼もされていないのに、
勝手に、社会的要請をされているような妄想を抱いたのです。笑
※どんな業界の不を感じていたかについては、ぜひ以下PIVOT動画をご覧いただければと思います。
ここまで考えたとき、自然に、
「仕方ないから、自分の運命として、この役割を引き受けよう」
という気持ちになりました。
(すごい運命思考的で、妄想的な思考ですが。笑)
起業するのではない。課題を解決するために、ただ役割を引き受ける。
それが私の決断でした。
この発想をしてみると、なぜか、心がすごい軽くなった気がしました。
勝てるか勝てないかや、自分のスキルや能力の不足、性格としての起業家適性、などが全く気にならなくなりました。
「自分で主体的に取る選択肢ではない。宿命をただ引き受けるだけ」
「起業なんてただの手段。自分が起業家になりたいかどうかなんて、まあどうでもいいや。」
そう開き直ったら、何だか、真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなりましたし、
なによりも「この役割を引き受けない」という選択肢をとったら、人生の最後で、大きな後悔をするだろうと思いました。
必ず誰かが取り組まなければいけない課題がそこにあり、
自分が一番それをやるべき人なんだとすると、
その仕事を引き受ける以外の選択肢はない、と自然に思いました。
手段として、課題解決のために起業するしかないなら、やればいいだけ。
少し無責任に聞こえるかもしれませんが、
私は自分の意志で主体的に起業を選択する、というスタンスをやめて、
受動的に考えて初めて、起業という選択肢を取ることができたのです。
長期で事を成す
このような経緯での起業が本当に良い決め方だったのかどうかは分かりませんが、最近は、こんな受動的な起業も悪くないのではないかと感じています。
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産業変革というミッションを引き受けると決めたわけなので、やり遂げるまで続けなければならない。
このスタンスを持っていると、とてつもなく長い時間軸で考えられるのです。
福利厚生産業の変革を成し遂げるのに、どれくらいの期間がかかるかは正直分かりません。
物凄い壮大な挑戦なので、少なくとも10年はかかるのは間違いありません。もしかしたら数十年必要なのかもしれません。
そう思うと、逆に、自信がでてくるのです。
短期で大きな成果を出すスター起業家になれる自信は正直いって今も全くありませんが、
「この産業を変えきる」と覚悟を決めて、長期間のコミットメントを本気でしている人間は、日本で私だけだと思います。
だから、最後に粘り勝ちできる自信だけは物凄く強い。
短期的な失敗や成功なんてどうでもよいし、自分がうまくやれるかどうかとか分からなくて良い。
躊躇なく超長期視点に立てるからこそ、できたことが沢山ありました。
例えば以下のような。
開発への長期投資:
創業Day 1から「コンパウンド開発」を掲げ、数年間のPLには意味がない技術資産へ投資。営業への長期投資:
組織組成には時間がかかる「ワンストップセールス体制」を志向。短期での拡販ペースを犠牲にしてでも、中長期のクロスセルや商談獲得のためのインフラを構築。ビジネスモデルへの長期投資:
高価格で売れるときも売るのを我慢し、長期で「低価格」を実現するためのビジネスモデル構築に投資。泥臭いオペレーション効率化をやりきることで低コスト構造を作る。
「ライフミッションとして、長い時間軸で、産業変革をやり遂げる」
最近では、この”長期視点”こそが、どの会社にも真似できない”最大の強み”だと思うようになりました。
理想への旅を心から楽しむ
HQが掲げているビジョンはとてつもなく壮大です。
おそらく外部からは無謀としか思えないような挑戦だと思います。
まだろくに組織もできていないし売上も大したことない零細スタートアップにもかかわらず、 最近は、同時に4つの新規事業を立ち上げ中です。
そしてこれら新規事業群も、ただの入り口にすぎません。
新しい福利厚生としての
「EX - Employee Experience(従業員体験)プラットフォーム」
を構想しており、今後10年で、30個以上のプロダクト群を開発しなければならないのです。
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▼HQシリーズの概要サイト
このようなビジョンを掲げている必然的帰結として、HQでの仕事は、毎日すごくわたわたしている、カオスな日々です。笑
ただ、不思議と普段HQ社で流れている空気はとても軽やかです。
深刻なトーンで話をすることはとても少ないですし、みんなとにかく元気で明るい。
「ユカイに理想を追求する」
HQ社の行動指針の一つでもある、この言葉には、
「理想を掲げ、やりきることを決めたら、あとはその旅路を楽しむしかない」という意味合いが込められていますが、
社員全員がこの指針を自然と体現していると感じています。
私は、もう自分の起業家としての適性も、意志も、もうなにも気にしていません。
『この課題は自分が解く』
仕事を引き受けたら、あとは本気で挑戦を楽しむだけです。
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産業変革に向かう挑戦に共に向かう仲間を探しています。
▼ぜひ以下採用ページも見てみてください。