サムライロード ハイエイジ外国人が侍が歩いた道に思いを馳せる/中山道 一石栃立場茶屋
サムライロードとは?
「サムライロード」とは、江戸時代に江戸と京都を結んでいた街道「中山道」のことで、特に外国人観光客からその名で呼ばれています。
この道は、歴史的な宿場町や自然を満喫しながら歩くことができる人気の散策路です。
長野県の宿場町「妻籠宿」と岐阜県の宿場町「馬籠宿」を結ぶ約9キロの山道が特に有名で、歩いて3時間ほどかかります。
江戸時代の面影を残す美しい宿場町を訪れることで、日本の歴史を感じることができると評判です。
また、この道を歩くことで、多くの外国人が日本のおもてなしに感動し、美しい景色に心癒されると言われています。
中山道は、歴史的な出来事や人物の移動にも使われており、将軍家に嫁ぐ皇女和宮の降嫁の際にも利用されたことで知られています。
現在でも、その歴史的価値を感じさせる宿場町や峠が残っており、観光地としても人気があります。
特に木曽谷の奈良井、福島、妻籠、馬籠などは、中山道の風情を色濃く残しています。
一石栃立場茶屋(いちこくとちたてばぢゃや)
中山道の馬籠宿から妻籠宿のちょうど間に、茶屋がある。
この茶屋は、古くから旅人が休憩するための場所として栄えていました²³⁴⁵。
現在もその歴史を感じさせる建物が残っており、訪れる人々に無料で休憩所として開放されています³。
特に、春には八重のシダレザクラが美しく咲き誇り、多くの観光客が訪れる名所となっています³。
1日に宿に入ってくる人は約300人。
宿の前でいる人も多いので実質はこの2倍ぐらいだろう。
動画ではここを訪れている方は年齢がやや高めのハイエイジ層が多く、日本の古い人達が作り、侍たちが歩いた同じ道を歩くことで、
日本で生きていた人々に思いを馳せる事ができるノスタルジーに浸る事ができる場所になっています。
イタリア人の30代くらいの御夫婦
インドから一人で訪日した女性
一石栃立場茶屋から妻籠宿までゆっくり歩いて1時間30分。
約4.7キロぐらい。
山の中の林道は時代劇のような道で、
林道の横を川が流れる。
男滝 女滝(おだきめだき)
道中には、
男滝 女滝(おだきめだき)という滝があります。
歌川広重の浮世絵や
十返舎一九の道中記、
吉川英治の小説宮本武蔵などに登場する滝です。
妻籠宿
中山道六九次
江戸日本橋から42番目の宿場町
国の重要伝統的建造物群保存地区となっている宿場があります。
過去の日本人が残してくれたものが今の日本人を支えている
海外では昔のものはあまり残っていない事が多く、それもあって日本の古いものに感銘をうけ、日本を訪れる方も多い。
海外に昔のものが残っていないのは、その次代の覇者が失脚したり、内紛などが起こると、基本的にそれらはなくなっていく。
特に内紛などが起こった場合、焼き払って滅亡させるところまでやる事が多いようで、そういった事もあって残っていないのだろうと思います。
日本の場合は伝わるものを残してきた
中山道のようなものはもしかすると、海外にこういうものがあったとしても一切残らなかったかも知れないが、日本人の場合はこういうものを残していく文化がある。こういう国民性的なものも残っている理由なのかも知れない。
先人が残してきたモノが現代人を救っている
日本にはこういう遺産がたくさん残っている。
訪日外国人のインタビューを聞くと、新しいものと古いものが同居している。どうやったらこんな事ができるのか?という声は多い。
間違いなく、先人の遺産とその遺産を残してきた人々が行ってきた事が、今、海外の人に評価を得ている。
もし、こういう過去の遺産が一切残っていなかったとしたら、訪日外国人がこんなに日本に来ることはなかったかも知れない。
まさに先人に現代人が救われている事と言って良いものだと思います。
中山道が知られたのはおそらくクチコミ
中山道でもだいたい20年ぐらい前からチラホラと外国人の方が増えてきたそうだ。
情報はこれぐらいしかないが、20年前ぐらいからチラホラと増えてきたということは、その二十数年前から、中山道を歩いた外国人がおり、その人が自国に戻って、伝えたのだろう。
中山道が広告やPRで集客をすることはおそらく予算の関係上、無いだろうと思われるので、クチコミで着実に広がって行ったのだろうと思います。
クチコミで広がるには「その場所がすごく良い」と言われなければ、そうならない。それほど良かったのだろう。
コロナから徐々に回復
コロナ前はたくさんの訪日外国人が多く訪れていたそうですが、コロナでぱったりと人が来なくなったそうです。
コロナの前と比べるとまだ少ないが、戻ってきていると感じているそうです。