素粒子の大きさって
波を重ねてみる
粒子というより波なんだという話をしてきた。でも、いまから考えたいのは素粒子の内部構造を調べる実験のこと。つまり、素粒子には大きさがあってその中身を見ようという話だ。波なのに大きさって何のことかと思われるだろう。まったく自然な疑問だ。いったいどうなっているのだろうか。
ちょっとこれから波を重ね合わせる思考実験をしてみよう。 ある決まった波長の波を考える。数学ではこういうのを三角関数で書く。サインとかコサインとかだ。高校の数学を思い出してみよう。コサイン cos(x) は原点 (x=0) で1になって、そこを中心にして周期2πで振動する。この関数で表される波は、波長2πという意味だ。ここに、波長の少しだけ長い波を重ねてみよう。10%だけ波長の長い波は cos(x/1.1) と書かれるだろう。これは原点付近では元の波とあまり変わらないので重ねると単に強め合う。でも、x=33 まで離れるとどうだろう。コサインの中身はちょうど3だけ違ってくる。つまり、およそπくらい違ってくるので、2つのコサインはちょうど符号が逆で打ち消し合うだろう。波長がずれた波はある場所で強め合っていても別の場所では相殺することがあるわけだ。またさらにコサインの中身を3だけずらす、つまりx=66まで伸ばすともう一度強め合うこともできる。さて、ではもっといっぱい重ねてはどうか。1%だけ波長の長い波、2%だけ長い波、... と続けていって、どんどん波長の長い波まで全部重ねてみる。容易に想像できるように、これらは原点付近ではやはりみんな強め合う。cos(0)=1 をいっぱい足すだけだから。一方で、原点から離れると周期のずれるものが相殺して波を弱める。いっぱい重ねるとたいていどれかは相殺しあうのでそう簡単にはまた強め合ったりはしない。
よろしい。ではもっとたくさん重ねてみよう。0.1%だけ長い波、0.2%だけ、... と続ける。あるいはもっと間を縮めて0.01%ずつ波長の長い波を重ねてみようか。これを繰り返していくと、原点はやはりすべてが強め合うが、原点から離れたところで強め合うことはほとんどできなくなる。波をいっぱい重ねると、原点の近くだけで大きく、少し離れると減衰するような波ができるはずだ。
何の話をしているか覚えておられるだろうか。波なのに粒子。その気持ちを知りたかったのだが、いまそれらしいものができた。波長の近い波をいっぱい重ね合わせることで、一ヶ所だけで大きくなる波を作ることができた。こういうのを粒子と呼んではどうだろう。
波が粒子に見えるとき
大学で物理学科に入ると、きっと相対性理論とか量子力学とか、そういうあこがれの理論を学べるものだと思って期待するのだが、実は1年生ではそういう格好いい話は全然出てこない。高校で学んだニュートンの法則がもう一度始まるのでがっかりして意欲を失ってしまう人がいても不思議ではない。実は、お隣の化学科のほうでは波動関数とかシュレーディンガー方程式とか、楽しそうな量子力学の話が初日から出てくるらしいのだが、うらやましいが指をくわえて見ているしかない。くやしまぎれに「ぜんぜんわかってないくせに」とか悪口を言ったりしながら若い日々は過ぎていった記憶があるが、近頃はどうなんだろうか。
量子力学の学び方としてどっちがよいのか、いまでもよくわからない。じっくり基礎から学ぶのが大事だというのはもっともだ。ただ、量子力学の初めのところはどうせそれまでの古典力学とはギャップがあるので、じっくり積み重ねる必要はないのかもしれない。解析力学で出てくる座標と運動量を演算子で置き換える、という操作が本質を表しているはずがないし、きっとましな導入があるはずだといつも思う。
波長をずらした波をいっぱい重ねると、ある場所では強め合って盛り上がり、他の場所では相殺して消えるような波ができる。ある場所に集中して存在する波。これを粒子と呼んではどうか。そういう話だ。
この「粒子」の大きさはどうやって決まったのだろうか。もう一度落ち着いて考えてみよう。この思考実験では、いろんな波を重ねてみたのだった。むやみに重ねたわけではなく、ある波長から始めてそれより長い波長の波だけを足していったというのを思い出そう。重ね合わせた波が集中して盛り上がるのは、この足し始める一番短い波長より内側だけだ。つまり、この粒子の大きさは、どの波長の波から足し始めるかによって決まる。小さな波長から足していくと、粒子の大きさはやはりその足し始めで決まる。
量子力学を学ぶとき、誰もがいきなり出てくる不確定性原理というのに面食らうことになる。粒子の位置を詳細に決めようとすると、その運動量は決まらなくなるというあれだ。いま私たちが考えている波の言葉では、運動量とはある定数ℏを波長で割ったもののことだ。つまり、ある長さ以上の波長を重ねたということは、ある値以下の運動量を重ねたということになる。いま考えている波は止まっているはずなので、本来その運動量はゼロになるはずだが、ある値以下のいろんな運動量が重なって存在しているので、この「粒子」つまり波の運動量をゼロと言い切ることはできず、ある値以下のどこか、としか言えない。これが不確定性原理だ。もともと波だったんだと思えばそれほど不思議な話ではない。