波動関数ってむずかしい 〜 陽子の中身
陽子・中性子は3つのクォークでできている。だからこんな感じ、というので3つのボールがくっついている図をよく見かける。例えばウィキペディアのページでもそうだが、高校の教科書でも(たぶん)そうなっている。クォークは素粒子で、それがくっついてできているのが陽子・中性子だと思えばそんなイメージになるのだが、あれは実際の陽子・中性子の姿とはかけ離れている。あんな図を描いたのは誰だ、と文句を言いたくなるが、実は自分もやったことがあるので自業自得だ。
そういえば似た話を聞いたことがある。原子はこうなっている、という説明で原子核のまわりを電子がくるくる回っている図のことだ。電子は量子力学にしたがうので、実際にはあんなふうにくるくる回ったりしないで波動関数がぼわっと広がったものになっているはず。だから、太陽のまわりを惑星が回っているような図は実態とだいぶ違う。あんな図を描いて、ましてや教科書にのせるのはけしからん、と言い出す人もいるのだが、イメージなんだからそんなに堅いことを言わなくてもいいだろうという気もする。じゃあクォークのほうはどうなんだ、と思われるだろうか。こっちはそれどころの話ではない。
クォークも量子力学にしたがう。だから、そもそも粒子というよりも波だと思ったほうがイメージしやすい。クォークはふわふわした波なのだ。それが3つ集まって陽子・中性子をつくる。このとき、波といっても遠くまで広がった波ではなく、空間の一か所だけで盛り上がって他では消えてしまうような波を考えてほしい。こうした波が強い相互作用(つまり量子色力学)でひきつけあい、3つの波が一か所で重なる。これがおおざっぱにいって陽子・中性子の姿だ。イメージ図と違うのは、3つのボールがくっついているのではなく、重なっているところだ。クォークはフェルミオンなのでパウリの排他律が働きそうなものだが、実は3つの異なる「色」をもっているために別の状態にあり、同時に存在することが許される。だから重なることを妨げるものは何もない。
これだけならまだ話は簡単だ。実際にはクォークと同時にグルーオンも考えないといけない。これまでの記事で何度も紹介したように、クォークの周りにできた色電場は自ら色電荷をもっているために自己増殖する。この色電場の別名をグルーオンという。色電荷をもっているということは、単に相互作用を媒介するための「つなぎ」の役割をする脇役ではなく、自分自身が主役だと考えないといけない。グルーオンという名前は英語の「のり」から来ているのでくっつけるだけの存在かと誤解しがちだが、そんな簡単な話ではないのだ。グルーオンの波は、クォークの波と強く引きつけあってやはり同じ場所に重なる。一つだけではない。グルーオンには8つの色があるのでそれらは重なってもよい。だんだんややこしくなってきた。だが話はまだ続く。
グルーオンはクォークと反クォークに分裂することができる。ということは、これまであった3つのクォークに加えて、4つ目のクォークと1つのクォークの波を重ね合わせる必要がある。そこにまたグルーオンも。するとそのグルーオンがさらに分裂して… 。際限なく続くこの連鎖は陽子・中性子のなかでどこまでも続く。強い相互作用では、結合力がむやみに強いおかげでクォークやグルーオンの分裂が抑制されない。こういうのをすべて考慮して初めて陽子の中身を理解することができる。
量子力学の水素原子の問題では、電子の波動関数を一つ考えればそれですんだ。シュレーディンガー方程式を解けば一丁上がり。一方、量子色力学では場の量子論を使う必要がある。粒子(クォークやグルーオン)の数が可変になるということだ。それぞれの場合について重なった波動関数を考える。何枚もの波が重なった状態を、可能な粒子数に応じていくつも用意し、いずれも起こりうると考える。こうして波動関数の概念を拡張するのが場の量子論ということになる。
では、陽子・中性子の中身をイラストで表すにはどうすればよかったのだろうか。よいアイデアは … 、思いつかない。