どうにも奇妙なストレンジ粒子

物理学科の学生のあこがれはファインマン・ダイヤグラム。あれを理解できるとかっこよさそうだ。だから、量子力学を学んだら次は場の量子論に進んでみたい。いずれは素粒子論をという野望をもちつつ、まずは量子電磁力学を学ぶ。やはり量子力学より格段に難しい。少しずつ読み進めて、ついにファインマン・ルールに到達したときは思わずにやけてしまったのを覚えている。

素粒子物理を学ぶとき、ここまではまっすぐ進めるのだが、この先はごちゃごちゃになる。中間子と重粒子、強い力、弱い力、パリティの破れ、CP対称性の破れ、クォークの閉じこめ、ヒッグス機構、小林益川行列…。いろんな話が相互にからみあって整理されずに出てくる。何しろ自然がそうなっているんだから仕方がない。標準模型のラグランジアンを書いて理解したつもりになるのはいいが、その部品の一つ一つがなぜそうなっているかを知らないと本当に理解したことにならないのだ。

まず最初の難関はストレンジ粒子だ。ここには素粒子物理にいろんなややこしさが詰まっている。いくつかあげてみよう。

まず、寿命が長い。陽子・中性子以外に見つかった多くの粒子は、いずれもすぐに2つの粒子に壊れてしまう。例えばデルタと名のついた粒子がいくつかあるが、これらはすぐに陽子とパイ中間子に壊れるので、測定器の中を走る様子を見ることはできない。ところが、ラムダ粒子というのがあって、こいつは測定器の中を走る。ときに何メートルも。なぜだろう。実は、ラムダ粒子は陽子、中性子と似た粒子で、ただしその中のクォークが一つ別のもの(ストレンジ・クォーク)に置き換わったもので、ある程度安定だからだ。

次の問題は、どんどんできること。壊れるのに時間がかかる粒子なら、作るときも時間がかかる(つまりなかなかできない)はずだが、そんなこともなく、宇宙線や加速器でどんどん作られる。ただし、常に2個のペアで。なぜだろう。実は、作られるときはストレンジ・クォークとその反粒子の対生成という形でできるから。対になってできるのだが、そのまま生き別れになって別々の粒子として測定器の中を走り、それぞれどこかでまた壊れるわけだ。生成過程は強い相互作用。だからできるときはどんどんできる。

強い相互作用は素粒子物理の鬼門といってもいい。陽子・中性子、それにラムダ粒子のいずれも、クォーク3個(と多くの仮想クォーク+グルーオン)の複雑な束縛状態なので、何かを計算しようとしてもどうしたらいいかわからない。

こうしてできた奇妙な粒子がなかなか壊れないのは、壊れるメカニズムが強い相互作用とは別の何かに支配されているからだ。弱い相互作用。中性子のベータ崩壊を引き起こすものと同じで、働く力が弱いので時間がかかる。

この弱い相互作用というのがまた曲者で、電磁相互作用と違って、遠距離では働かない。ラムダ粒子が壊れるときは、陽子と電子とニュートリノが同時に作られる。一点で。こんな「力」はこれまでに見たことがない。

どうだろうか。量子電磁力学で大成功をおさめた場の量子論だが、ここではほとんど役に立たないばかりか、問題だらけで正しいかどうかすらわからない。いきなりこの状態に放り込まれるわけだ。歴史的にも混乱の時代があった。素粒子物理を理解するには、ここから始まるごちゃごちゃをどうにかしないといけない。

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