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『筆一本で描ける水墨画』

 11月初旬に日貿出版社より拙書『筆一本で描ける水墨画』が出版されます。今回は水墨画入門者にもテキストとしても使っていただけるような内容となっていて、植物、干支、動物、野菜、風景、人物など様々なモチーフを描いています。今回は筆一本でもあらゆる水墨画を描くことができるというのがコンセプトです。
 本書のご案内がてら、「はじめに」を掲載いたします。

はじめに

 水墨画を描く上でもっとも重要な要素は何かと問われたなら、それは間違いなく線であると私は答えます。この線は鉛筆やペンなどで書く無味乾燥でぶっきらぼうな線とは訳が違います。一本の線それ自身が葉となるような、しかもそれが竹の葉であり、蘭の葉であり、といった描き分けができる線なのです。
 こうした線はそれ自体が形を表すことから「形線」といいます。この形線という言葉は帝国美術学校(現武蔵野美術大学)で教鞭をとった金原省吾という人が「絵画における線の研究」という論文の中で提唱していますが、実のところ水墨画の現場ではほぼ使われることはありません。形を表す線だから「形線」というきわめて明快なこの用語を、私はぜひ現代の水墨画に取り入れたいと思っています。
 形線を形線たらしめるのは、ひとえに東洋芸術に欠かせない筆の力といえます。肥痩、強弱、濃淡、遅速、乾湿、硬軟などを駆使した筆の技によって、形線は意味のある形を作り、輪郭線ですら単なる平面的な囲い線ではなく対象物を立体的に見せることができるのです。
 水墨画には付け立て法といって、下図を描かずに巧みな用筆によって対象の形状や質感を描いていく方法があります。この描き方は筆数を極力減らして対象物を表現するという省筆や減筆といった技法にも通じるものですが、実は付け立てによって描かれる線こそまさしく形線なのです。
 現代の水墨画では、山水画や花鳥画という枠を超えてありとあらゆるものがモチーフとなります。それに伴い扱う用具も種々様々なものが用いられるようになっていますが、やはり水墨画の核心は筆と線であるといえます。
 本書では形線を意識しながらすべてのモチーフをたった一本の筆で描いています。一本の筆で様々なものを描くことのできる水墨画の手軽さと素晴らしさをぜひ多くの人に体験していただきたいと思います。




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