被害者意識という攻撃性
アメリカには「軋む車輪は油を差される」ということわざがあります。要求があるなら自分で主張しなければならないという、我慢よりも自己主張を是とするアメリカらしいことわざです。しかし、そのようなアメリカでさえ「ポリコレ疲れ」が起こるほど、クレームじみた主張が縦横無尽に駆け巡っています。過剰な権利主張は日本でも対岸の火事でないどころか、万国共通で今起こっている問題といえるでしょう。
相手の都合を考えない過剰な主張はどこから来るのでしょうか。思うに、彼ら/彼女らは「被害者意識」のもとで動いており、常に自分が搾取されている弱者だと固く信じています。自分が被害者だと固く信じているからこそ、“加害者”への復讐が無限に認められていると錯覚し、しばしば獰猛なまでの「攻撃性」を表出します。つまり、被害者意識が無限の攻撃性へ転換されている訳です。
ネット上で攻撃的な物言いや人格否定を繰り返す人々の中には、「自分は弱者であり被害者である。ゆえに攻撃は正当である」と固く信じているとしか思えない輩が跋扈しており、「被害妄想」に過ぎない事も多々あります。幾らか例を挙げましょう。
アンチ障害者
「知的障害者から危害を加えられた」「きょうだい児だから自分の人生がない」「職場内カサンドラで働けなくなった」などと被害報告を列挙し、障害者の排除や粛清を正当化しています。障害者関連の何かがバズるたびに出現し、即席で「被害者の会」を結成して障害者からの被害を報告し危険性を訴えています。ディープウェブのどこかで被害者の会でも立ち上げて傷の舐め合いに明け暮れていればいいのですが、なぜオープンウェブでヘイトスピーチを撒き散らすのでしょうか。そんなに見てもらいたいのでしょうか。
大麻推進派
国内における大麻の合法化に拘る人々は、国の方針や反対意見に対して常に喧嘩腰で人格否定してきます。そして、自治体の啓発ポスターやビデオなどの表現に「排除の正当化」「社会復帰の妨げ」「偏見の助長」などと噛みついています。「国に抑えつけられている」と思い込む人々も少なくありません。ところで、合法と非合法に間に「非犯罪化」があるのですが、彼らは知っているのでしょうか。
安楽死推進派
概ね大麻推進派と同じです。「国や社会に抑えつけられ搾取された被害者だ」という思い込みも共通しています。それにしても、なぜ制度や他人を巻き込むのでしょうね。
モラハラ問題
特に夫婦間のモラハラ問題では、加害者側の方が「モラハラの被害を受けているのは自分の方だ」と思い込んでいるケースが往々にしてあるそうです。
旧仮名遣い
旧仮名遣いとは戦前戦中までに使われていた文章の書き方を指し、これを現代ネット上でも貫く界隈があります。本人はこれを「正字正かな」と呼んでいるようですが、変換に手間がかかりそうですし、解読の手間があるせいでコミュニケーションの道具としての用途に合いません。そして、これを貫く理由として「現代仮名遣いは国語審議会などに押し付けられたものに過ぎない」「戦後政治で損なわれた伝統を復元する」などを挙げています。これもまた被害者意識の発露です。
雪国マウント
北陸や甲信越など雪国の出身者が「東京はこの程度の雪で騒ぎすぎ」などと都市部の冬を馬鹿にする雪国マウント。彼らの中には「いつも都会人から馬鹿にされているので、こういう時だけでも優位に立ちたい」と思い込んでいる者もいるそうです。
蛙化現象(誤用)
本来の「両想いと気付いた途端に冷める」ではなく、Z世代がよく使う「些細な理由で交際相手に嫌気が差す」という意味での蛙化現象です。「単に『愛情が冷めた』だけでは自分が悪いようなので、原因を相手に転嫁している」という指摘があり、それが事実ならば自分の感情にすら自分で責任を持てないことになります。
インセル/ミグタウ
インセル(Incel)はInvoluntary Celibateの略で、「不本意ながら性的な禁欲を強いられている」という意味の、言ってしまえば非モテ男性です。ミグタウはMen Going Their Own Wayの略で、社会を女性優位のものと捉え、その社会への参加すら拒み“我が道を行く”男たちです。自分勝手で気持ち悪い思想に見えますが、被害者意識による攻撃という点では、本稿で挙げた数々もインセルとさほど変わりません。
反アニメ絵運動
自治体や公的機関が美少女アニメとコラボしたりイメージキャラを作ったりする時、「公共の場に破廉恥なアニメを出すな!」というクレームが頻発します。記憶に新しいのは三重交通のオリジナルキャラに対する批判で、露出が無くても理由をつけて叩く様子を見せつけてきました。「これは性的搾取だ!」と、とりあえず被害者意識を前に出してみる手合いも多く、普段どうやって我を通してきたかが窺い知れます。しかし、昔はクレームにイモを引いていたのが、今では毅然と「非暴力不服従」を貫く対応が増えてきており、クレーマー対策の進歩と浸透を感じさせます。草津の冤罪事案で「Metoo」の信憑性が揺らいだのも無関係ではなさそうですね。
誹謗中傷で怒られた経験のある人
誹謗中傷で怒られたり叱られたり警察のお世話になったりした人も、被害者意識が先行した行動をとりがちです。あの「スマイリーキクチ誹謗中傷事件」でも、取調室では二度としませんと泣いていたのが家に帰るとすぐ中傷の書き込みを再開した犯人がいたそうです。最近あった「殺処分」の投稿も、書き込み主が裁判に納得せずグチグチ垂れている様子を観測しています。
被害者意識は、自分の攻撃行動を「真っ当な復讐」として正当化し、タガを外してしまいます。アンチ障害者、安楽死推進派、雪国マウント、反アニメ絵…いずれの思考回路にも通じるまとめとして、インセルについて八田真行さんが解説した記事からの引用で締めとさせて頂きましょう。
「ところで、なぜインセルはチャドやステイシー、ノーミーを敵視するのだろうか。特定の相手に、実際にこっぴどく振られたとか相手にされなかったとかで敵意を持つというのならまだ分かるのだが、インセルの憤怒は多くの場合、自分と必ずしも関係の無い女性全般、あるいは社会全般に向けられている。
筆者もしばらく理解できなかったのだが、ようするにこういうことではないかと思う。
世の中の女性は軽薄で愚かなので、金や権力のあるイケメンに惹かれるばかりで、自分のような風采の上がらない、社会的地位もない男は相手にされない(に違いない)。自分に魅力がないのは遺伝子の問題で、自分に責任はない。
そしてセックスは基本的人権であって、それを阻む女性や、女性の権利を声高に主張するフェミニズムの横行はインセルにとって深刻な人権侵害だ。そもそもこの社会は、チャドやステイシーに有利なようにルールがねじ曲げられていて、インセルに勝ち目はない。インセルを抑圧する社会を打破するために、インセル革命が必要なのだ、と……」
(筆者注:チャドはモテ男、ステイシーはモテ女のこと。ノーミーは普通だがパートナーのいる人のこと)
参考サイト
凶悪犯罪続発!アメリカを蝕む「非モテの過激化」という大問題 - GENDAI
この記事は障害者ドットコムの以下の記事より転載しております。2024年1月以前のバックナンバーもこちらからどうぞ。