
会社を譲渡することで、顧客と従業員・家族にプラスの還元が実現できた話|M&A成功インタビュー
2024年8月に会社を譲渡された合同会社フォーカス代表社員の鈴木祐河氏にインタビューしました。M&A成功のエッセンスをお読みください。
譲渡企業/投資先:合同会社フォーカス(現:株式会社フォーカス)
「勉強の苦手な中学生」を対象に、リーズナブルな料金体系で生徒が通い続けられる授業の型を作り、千葉県で学習塾をドミナント展開。
譲受企業/投資家:株式会社わ
「日本の教育を変える」を企業理念に、愛知・関東・関西・仙台に複数ブランドの学習塾を展開。「愛知を代表する企業100選」に選出。
譲渡の決め手と狙い
――M&Aを決断された背景と狙いについて教えてください。
決め手は大きく2つです。
まず事業を自分たちで大きくすることに限界を感じていました。
規模を目指す上で、教材開発とマネージャー採用が課題でした。フォーカスは「勉強の苦手な子」の教育インフラを目指した事業です。そもそも他塾があまりやっていない領域のため、一般的な塾のやり方が通用せず、他塾とは距離を置いて事業を作ってきた経緯がありました。ただ、現状の10教室規模から更に拡大していくにあたっては、塾の経営ノウハウが必要と感じ始めていたのです。
勉強が苦手な生徒に対しては、ビラ一つ取っても一般の塾経営で鉄則となる合格実績のアピールが効果的にならないですし、教材も発展的な内容を省き基礎を徹底する作り方になります。
10教室までは独自のやり方を深めることで展開できたのですが、それ以上教室数を増やすには、マネジメント層の採用育成をどうするか、会社全体で教材をどう進化させるかなど、塾経営の一般解やノウハウを取り入れる必要が生じました。
しかし、今まで他の塾をモデルにしてこなかったこともあり、フォーカスに相応しいやり方は何で、具体的に何を取り入れたらよいか暗中模索でした。その状況を打破する一つの方法として、二桁数の教室を経営する塾のナレッジをフォーカスに入れる必要性が決断の根底にありました。
――2つ目の譲渡理由についてもお聞かせいただけますでしょうか。
実は、私個人の心的状況が事業リスクになっていました。7年前に起業した当初は、若さもあり、リスク許容度が高いまま突っ走ってきましたし、その後も突っ走れると思っていました。
一方でプライベートでは、年齢を重ね、結婚して子どもを持ちました。すると、会社の成長に伴って増えた借入の補償額と、家庭を持った個人が取れるリスクとがアンバランスに感じるようになりました。
実態として何度か、精神的な負荷で体調不良が生じるなど、会社経営に対するリスクが顕在化し、「生徒や従業員に迷惑をかけられない、教育インフラを提供する事業主として、自分が経営者としての責任を果たさなければならない」という思いが強まりました。この2つが譲渡の理由です。
経営トップに会ったら「意外な反応」が
――決意した当初抱いていたM&Aへのイメージはどのようなものでしたか?
100%譲渡を想定していたので、財務面や意思決定の根幹を親会社に委ねると覚悟していました。また、同じ教育事業の会社に株を売却する場合、方針の違いから折り合いが必要になり、従業員の理解を得ることも難しいだろう、と考えていました。
実際にM&Aを進める中で、イメージは変化していきました。
まず何社もの買手候補企業様とのトップ面談で、「こんなに自分たちの意思を尊重してくれるんだ」と正直、驚きを隠せなかったです。
譲渡後の経営・財務の意思決定を私に任せて頂き、寧ろ買手にサポート頂けることを面談で意思表明頂きましたし、その後頂いた条件にもそれが反映されていました。
――面談で「意思を尊重してくれる」と感じた具体的なシーンを教えてください。
面談では、譲渡理由と今後の展望など、譲渡と会社にかける想いをぶつけたのですが、その際、「想いに嘘は無さそう」と次のステップ(条件提示)に進めて頂くなど、「自分のことを信用頂いている」と感じる場面が多かったです。
そして、「その後の経営方針も基本的に委ねたい」と。
まだ信頼関係が構築される前の段階であるにもかかわらず、自分を信じてくださったことに驚きましたし、これまでの努力や苦労が報われたようで嬉しかったです。提示した事業計画をそのまま正として評価頂きました。
譲渡先となった株式会社わの松田社長は、私の考えもフォーカスのミッションもそのまま活かしてくださっていています。そのスタンスはディール前後で変わること無く、「本当にそこまで意思決定を任せてもらって良いのだろうか」と驚いています。
そうした「良い意味でのギャップ」を今回のディールで数多く感じました。
順調すぎた「不安」、譲渡後の「安心」
――買手となった株式会社わの松田社長の印象は、ディールの中で変わりましたか?
面談において感じた社長のフランクさや端的さは、その後のディールにおいても変わらなかったです。
私にとっても初めてのトップ面談のお相手が株式会社わの松田社長だったのですが、驚くほど面談がコンパクトで、ディールがそのまま進んでいくのだろうかと正直、不安でした。
その後、やり取りを重ねる中で、「この会社はここを見ているんだ」という意思決定の判断軸が分かってきました。初めてお会いした私や取締役の西岡にも分かりやすいように意思表示を行って頂いていることが伝わりました。
交渉の場面になっても、いやらしく相手をディスカウントしたりすることなく、評価すべき点だけをシンプルに見て頂いたと感じます。自分たちが求めていたものと松田社長が提供できるものが合致したことも重なって、最後まで順調にディールが進みました。
当初は、「こんなにスムーズに進むことはないだろう」と、もし1人で直接交渉していたら勘繰っていたほどでした。蓋を開けてみれば、松田社長のスタンスが譲渡後の今の今までも変わることなく、振り返った今ではご一緒すべくしてご一緒したように思っています。
――「順調すぎて不安」と感じた具体的なシーンも教えてください。
まず、トップ面談が1週間に6社あって、買手の意思決定者に話をすることに対する心的な不安が募っていました。自分よりよほど経営経験の長い経営者に評価頂くため、緊張が続きました。
ただ、私から買手経営者に打ち明けた本音に対してポジティブな評価が殆どで、取り組んでみればストレスを感じませんでした。異業種の会社様に十分ご理解頂けるか心配もあったのですが、大きな食い違いなく対話できたことで、終わってみれば楽しんでいた自分を発見しました。
――面談の後、改めてテキストでも買手候補からフィードバックを頂きました。どのように受け止めましたか?
正直、良い評価だらけだと感じました。もっと厳しい評価を想定していて、結果として交渉のテーブルにつかなかった企業様からも良い評価が多かったです。
特に面談先のうち2社から頂いたテキストには特別な重みを感じました。
その2社は初めての面談で「話の盛り上がり度」が高く、どちらかにご縁があるのではないかと直感していました。2社の他にもオファーは頂けたのですが、結果的にその2社を最終的な譲渡先候補として検討することになりました。
――そこから、譲渡先として株式会社わ様を選んだ決め手は何でしたか?
社長の意思決定が早く対話が簡潔で、「この会社、この社長なら誠実に考えてくれるだろう」という信頼感がありました。
当社でも、「何週間も吟味する」よりも「課題を早く見つけて潰していく」ことをマネージャー以上のポリシーにしていたので、親会社のもとでもスピード感を失いたくないという想いが元々ありました。
顧客に還元するために築いた文化なので、譲渡後に維持できるイメージが湧き、安心感がありました。
株式会社わの松田社長には、意思決定のあまりの潔さに尊敬の念を抱いたほどです。
――実際にグループに入ってみて、その印象は変わりましたか?
全く変わっていません。こちらが誠実に対応していれば、今後も引き続き裁量を任せていただけると安心を感じています。
M&Aして本当に良かったか?を振り返る
――実際にグループインした今、当初の目的は達成されそうに感じますか?
まず大きな変化として、創業時の気持ちが、再び戻ってきた感覚があります。
創業当時は私も、財務にも事業にも過度な緊張感を抱かずに進められていました。
そこから、教室展開に伴う必要資金の借入と連帯保証額の増加から、保守的な意思決定をしていないか、自分を疑うようになりました。
意図的に「保守的にしよう」と考えてはいませんでしたが、事業成長に伴ってリスクを自分の限界以上に背負いすぎてしまったことが、無意識の中で意思決定に影響してきたものと思っています。
「チャレンジはしたい」けれども、いつの間にか「条件付きのチャレンジ」になっていたなど、「(本来自分は)もうちょっとチャレンジできるんじゃなかったっけ?」と感じる局面が増えていました。
それが、M&Aで経営者個人のリスクを分離したことにより、精神不安から解放され、フラットな気持ちでもう一度、自由に挑戦ができる環境になったと感じています。
実はグループインする前からディールが進むにつれて実感が芽生えてきて、心理的な不安が減っていき、創業時の恐れ知らずな気持ちがよみがえる感じがしていました。
もともとM&Aの目的は、経営者個人のリスクを取り去ることでの事業推進と、教材開発や他県展開のノウハウを得ることでした。
事業を展開していく意志そのものは変わらないものの、その成功の確度や可能性は、外側からは見えない自分の気持ち一つで大きく変わるのかな、と感じています。
昨年、体調を崩した際には、教室責任者のラインまでがっつり入り込まなければならないという状況にありました。「事業を大きくしなければならない」と焦る気持ちが全面に出ていて、授業のクオリティが低下したり、契約を逃す事態がダイレクトに体調を崩す要因になっていました。
自分のオーナーとしての未熟さが、企業価値にネガティブに働くことを如実に感じていました。
今は事業のテコ入れをすべき状況では同じですが、冷静な心境で自分の職責や立場を俯瞰し、今後の展望を客観的に見ることができています。
状況を客観的に評価し、「これは1ヶ月後には解消するだろう」とか、「全体の展望においてこの影響は大したことではない」と判断できるようになりました。
家族や事業への責任をオーナーとして背負い込むのではなく、オーナー個人と切り離された新しい会社代表者の仮面をかぶって、与えられた職責を全うするマインドになっています。
過度なストレスや自分への期待感を持たず、等身大で業務に取り組むことができているのは、意外な発見でした。
自分の創業した会社なのに、オーナーの責任から離れた立場で楽しんで仕事ができるという新たな感覚を味わっています。
「意外と自分に合っているな」、「こういう働き方もアリだな」と思っています。
――職務としての経営者にシフトチェンジし、責任範囲と役割が固まったことで「何を見るべきか」が明確になったように感じます。譲渡したという意思決定について、ご自身ではどのように評価していますか?
譲渡前は、「オーナー権を敢えて手放す」という行為に対して「オーナーではない自分が存在して良いんだっけ?」という正義感や、譲渡に対する怖さがありました。
創業した会社を自分自身の子供のように感じていたためです。しかし、現行のオーナーである親会社が自分に決定権を与えてくれたことで、自分たちが誠実にやっていさえすれば、意思を尊重してもらえると感じています。
そのために、「顧客のために本当は何をやったらいいのか」を考え尽くすことに立ち戻れています。
以前は、顧客の価値を最大化することで自社の価値も上がるとか、「こうした方が顧客のためにもなるし、従業員のためにもなる」とか、無理に考えていた面もありました。
振り返れば、誰かの価値を棄損していたり、自分自身を蔑ろにしてしまったり、ネガティブな側面があったかと思います。
今は、仰って頂いた通り、見るべきポイントが明確になっており、信頼のもとで自由にやらせてもらっているおかげで、もっと根本的なところに帰れた気がしています。
不思議な感覚ですが、「オーナー権を手放したことで、フォーカスを好きになってくれる人が増えるだろう」という期待が高まっています。それを実現することに対して、素直な喜びを日々噛みしめています。
それを踏まえると、「譲渡すべきだったのかな」とは思っています。
個人のお金が増えたとか、オーナー権が無くなったとか、自分の周りにあるもので「譲渡して良かったどうか」を振り返るのかなと思っていたのですが、
「目の前にいるお客様にちゃんと向き合えている自分」に対する満足感が高いのが正直な所感です。
ちょうど1年前は事業成長への焦りとオーナーとしての損得勘定から、「早く顧客獲得しよう」と考えるズル賢さが顔を出し始めた頃で、葛藤に苦しんでいました。
今は焦りや不安から解放され、俯瞰してお客様に何を提供できるか考えられる。このような責任者がいることは、会社にとっては間違いなくプラスだと思っています。なので、譲渡を会社基準で考えたら「絶対、正解」でした。
個人としても、納得できるディールであったことに加え、個人リスクの解消と会社の成長という2つの譲渡目的が叶いました。
変な言い方になりますが「今凄く気持ちいい」んです。
追ってお話しますが、従業員からも「これなら安心して働ける」という声、ノウハウを得ることでの新しい機会にポジティブな感想をもらいました。
もちろん、寂しさがゼロかといえば噓になりますが、それよりも「気持ちよく働けている」感覚が勝っています。
――従業員様の反応はどうでしたか?
正直、従業員の反応を見るまでは、境遇や会社の方針が変わることへの不安が起こるだろうと想定していました。ただ、「変わらないよ」と伝えることで、不安は解消できたと思います。
株式会社わの松田社長から、「仕事ではこういうことを大事にしたい」「こういう社員、こういう価値観を評価する」と従業員に意思表示してくださったことも大きかったです。
実際に従業員からも「これなら安心して働ける」という声を聞くことができました。会議の中で強張った表情を見ることもなく、正直に話せて良かったと思います。
寧ろ、組織に厚みができ、いろんなノウハウを知ることができる環境になったことにポジティブでした。情報がよりオープンになり、自ら可能性や機会を作っていけるようになったと新鮮に感じたようです。
ノウハウを得ることは譲渡目的の一つでしたが、従業員も自分と同じように喜んでくれたことで、「やってよかったな」と思えました。
取締役の西岡も、親会社から送って頂いた経営資料を隅々まで読み込んで、得た知見を楽しそうに話しています。私の知らないところでもチームにノウハウが共有されていると聞いています。
従業員がネガティブに感じるかな、というのは経営者の不安から心配していただけで、実際には従業員はポジティブに受け止める面が多く、正直ほっとしています。
――改めて、今回のM&Aは、鈴木様にとってどのようなM&Aでしたか?
そうですね。生々しい話をすると、もちろんお金が入ってきたことで、私自身が変わってしまうのか懸念がありました。
実際には、資金が入ってもお金の使い方や自分の生活が大きく変わることなく、自分に対してどうするかよりも、環境の変化を家族や友人、同僚、親会社にどう還元できるかにフォーカスしています。妻や子供には精神的余裕を態度や形で表現できるようになり、従業員に対しては組織の厚みを提供できたと感じています。
会社代表者としての役割をより明確に果たすことができ、様々なステークホルダーにプラスの影響を与えることができていると思います。誰かの意思決定や損得が歪むことなく、自分の気持ち次第で多くの人にプラスをもたらすことができるようになることを実感するディールでした。
譲受してくれた松田社長に経営実績で返そうとか、顧客に正しい意思決定を通じて価値提供しようとか、支えてくれた妻に安心して暮らしてもらおうとか、M&Aを通じて、今までの苦労と共に色々な人の支えが思い返されて、それぞれ恩返ししようという外向きなチャレンジ意欲が湧いています。
M&Aってもっと犠牲にしたり踏み台にするものが出るものだと想像していたのですが、ちゃんと考えて考えて考え抜いて、色々な人の協力が得られると、プラスを与えられるんだな、と正直驚いています。関わった人と自分自身に対して多くのプラスを体現できたM&Aでした。
――些細な点でも、何か後悔や懸念していること、期待外れだったことはありますか?
後悔はありません。全体としてハッピーです。想定外のこともなく、心配していた部分が意外と平気だったという印象です。
今回、インタビューさせて頂いた合同会社フォーカス様は、弊社M&A Oneが売手FA(売手のみ支援するアドバイザー)にて成約となりました。
ご相談時より、「会社を成長させたくて、M&Aをしたい」と仰っていて、最後までその軸をブラすことなく、株式会社わ様に譲渡、その後も両社良好な関係でスタートを切られたところを見届けました。
今後も「成長型」のM&Aを実現していきます。
お問い合わせ先
●M&Aのご相談
●取材・執筆のご相談