母の死に際のことばから
最近、よく思い出すんです。
次男が産まれる前まで
団地の5階に住んでいたころ。
1歳の長男と夫と私。
2人とも正社員で、17時まで仕事して、
ダッシュで帰ってきて保育園へお迎え。
金銭的には余裕があったけど、
毎日毎日小さい長男を預けて、
ごはんも適当で。
めちゃめちゃ忙しくて。
そのあと中古の一戸建てを購入、
支払いを考えると、
ますます、正社員が辞められない。
病気をする長男。
明日は出勤できるだろうか、と、
熱の長男の看病。
保育園つながりで、ずっと
連絡を誰かにしている夫。
皿の一枚も洗わないし、
帰宅後、大音量でテレビをつけるので
子どもが起きてきて、私とケンカ。
今でこそ、この夫は
多分学習障害があるんだろうと推測できるが、
多分このころの私の顔は
めっちゃ怖かったと思う。w
でもそのあと、熱のあと、
ぐずぐず言う長男をあと一日休ませたい、
と思ったときに、
休めない仕事はもう辞めようと、
正社員からパートに。
もうその1歳の長男は大阪で一人暮らし、
そのあと次男、三男と産まれ、
みんな元気で、ここ数年で家のローンが終わります。
あのときに頭を切り替えて本当によかった。
何にこだわっていたんだろうと思うし、
もし、そのとき余裕があるなら、
息子たちにも息子に家族ができたら、
家族にも声をいつでもかけてほしいと思う。
毎月、長男次男に、日用品と一緒に
冷凍のおかずを詰めながら、
あぁ、私は、親に助けてほしかったんだな。
もう二人ともいないから
答えてくれないけど、
何で助けてくれなかったんだろう、
という想い。
母が死ぬ1か月前の里帰りのとき、
「もっと、あんたにおかずを送ってやればよかった」
のひとことで、
嫌いだった母のことが、
私の中で母はようやく生きている感じがしている。