[小説]失われたデコトラを求めて
高速道路を車で走っていると、いまでも時々、デコトラに出くわすことがある。アンドンがたくさんついてるその姿を見ると、私は子ども時代に出会ったあるおっちゃんのことをいつも思い出す。
私がそのおっちゃんに出会ったのは、小学校5年の春休みだった。
その頃の私たちの遊び場といえば、近所の神社にある公園だった。そこには、ちょうど石の柱が二つゴールポストのように立っていて、そこをゴールに見立ててサッカーをすることが常だった。罰当たりな話ではあるが、今でも私たちが蹴ったボールの跡が残っている。
そんな私たちの遊び場である公園の近くの道路脇に、トラックが一台止まるようになった。しかもほとんど毎日。その公園の外は坂になっているので、よくボールが転がってそちらの方に行くことがあった。その度に私たちは、「あのトラックはなんなんやろ?」と訝しがった。
そのトラックは、いわゆるデコトラだった。色は紫色で、ツノのような何かが生えていた。デコトラとしては、そこまで派手な部類ではなかったが、いたるところに子どもには読めない文字が沢山書かれていた。
今思えば、そんなトラックに近づこうと思うことが不思議だが、田舎の小学生だった私たちは変わり映えしない毎日よりも変化や刺激を求めていた。私たちの方からそのトラックに乗っているおっちゃんに話しかけた。
「おっちゃんなにしてるん?」
すると、おっちゃんはトラックに乗ったままこういった。
「仕事や」
「嘘や。だって、毎日トラックに乗ってぼーっとしてるだけやん。」
「それも仕事なんや」
ふーん、そういう仕事もあるのか。大人が言うことは正しいとそれなりに信じていた私たちは、それだけで納得してしまった。
というのも、おっちゃんは確かに時々ドラム缶を降ろしたりしていて、仕事らしいことをしている時もあった。道路脇の近所の空き地には、ドラム缶がたくさん積まれていたし、そういう仕事もあるのかと思った。
ただ、ほとんどの時間、おっちゃんはトラックに乗りながら暇そうにゲームボーイでポケモンをしていた。
私たちもポケモンには自信があったので、対戦を申し込んだが、おっちゃんはとても強かった。大人でしか知らないような裏技もたくさん教えてもらった。インターネットを持たなかった私たちには、瞬く間におっちゃんはヒーローのような存在になっていった。
おっちゃんも、私たちに時々お菓子をくれたり、トラックで色々回ってる時の話をしたり、デコトラのカッコよさについて語ってくれたりした。おっちゃんは、今思ってもとても面倒見がよく、子どものどうでもいいような遊びに気軽に付き合ってくれる数少ない人だった。
「デコトラ伝説ってゲームがあるんや。これがよくできとる。あげるから、みんなでやるとええ」と言って、手渡されたのがプレイステーションの『デコトラ伝説』だった。親たちには、友達から借りたと嘘をついた。あのおっちゃんのことは、私たちだけの秘密だった。
『デコトラ伝説』というゲームは、マリオカートをやっていた私たちにとっては、車線変更とかちょっと退屈だったけれど、それでもデコトラを改造するのはミニ四駆を改造するのと同じような感じで面白いと思ったし、実物が身近にあると思うと嬉しくなった。
私たちと『デコトラ伝説』の話をしている時のおっちゃんはどこか誇らしそうで、楽しそうだった。いつかお前らもトラックが乗れるような歳になったら、本物のデコトラを運転させたるわと言っていた。
だが、おっちゃんと出会って半年が過ぎようとしていた秋ごろに急におっちゃんはいなくなった。さようならの挨拶もなく突然に。
私たちは当然ショックだった。信じていた大人に裏切られた。そういう気持ちを初めて味わった。私たちの存在は、おっちゃんにとって挨拶なしでいなくなってしまうようなぐらいどうでもいいことなんだということが、とても悲しかった。だが、よく考えれば私たちは、おっちゃんの名前すらよく知らなかった。
残されたのは、デコトラ伝説だけだった。そんなデコトラ伝説も、他の新しいゲームが出るとみんなそっちの方に鞍替えしていった。
そして、デコトラ伝説も,おっちゃんのこともすっかりと忘れ、私は東京で大学生になった。
大学2年の頃に、帰省するとなにやら、近所が物々しい雰囲気になっていた。
「なんかあったん?」と、私が聞くと。
「あそこにあったドラム缶の山な。全部産業廃棄物やったらしいねん。しかもかなり有害の。それが漏れ出て、土とか水があかんようになってるらしいわ」
ドラム缶。おっちゃんのことをすぐに思い出した。
「そんで、撤去したいんやけど、どうやらそれを捨てた業者が雲隠れしてようわからんことになっとるらしいんや。捨てたくても捨てれんちゅうことで、市の方に話してるとこなんや。東京いとるから知らんくても無理はないが、少し前からテレビでニュースにもなってたんやで」
こんな田舎でもニュースになるんやな。そう言っている近所の人は、悪いニュースにも関わらず、テレビが報道するということで、少しはしゃいでいるようにも見えた。
結局,行政代執行により一億円のお金をかけてそのドラム缶は撤去されたらしいことは、そのあとニュースで知った。
今から思えば、おっちゃんが急にいなくなったのも、その「仕事」が終わったからだとすれば、辻褄がつく。
おっちゃんの名前も分からないし、もらった『デコトラ伝説』のソフトをどこにやってしまったのかもわからない。ついにはドラム缶が置かれていた場所はいまや更地になってしまった。
「おっちゃんは本当に悪い人やったんか?」今では少なくなってしまったデコトラを見るたびにもはや顔すらもおぼろげなおっちゃんに私はいつもこう問いかけている。
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