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   退屈な買い物について行くのに必死で私は困憊していました。そしてあの乗り心地の車。睡眠に遁走したのです。しかし私は1人でした。車の後部座席、チャイルドシートの中にいたのです。ああいうのは、運転中の親が目を離しても子供が勝手に開けることの出来ぬように、手を開閉部に伸ばしただけで力尽きるようになっていて、うまく握力が入りません。私は身動きを封じられたのでした。大人の力が必要で、この場合それは母でした。母に助けを求める他に私には道がありませんでした。自分の無力を恥じるだけの頭は備わっていません。ここで私は大声を上げるかに思われるでしょう。それが普通で自然な人間の反応ですから。
 しかしながら私は口をジャム瓶のように固く閉ざし、フロントガラスから周りの車を眺めていました。暗いから、ボディの青色と紺色の区別が曖昧なのだと私は科学者ぶって分析していました。先生は、私が威勢を張っている風に見えますか。そう思われても仕方がありませんが、この話には些かの衒いもない真実しかないのです。恐怖は感じなかったのか、と聞かれれば私は否と答えます。確かに夜闇は恐ろしいものとして私の目に映っていました。それでも涙はこれっぽちも流れやしませんでした。理由は分かりません。
 やがて母は私を車から降ろしに来たのでした。母は私を抱き抱えて降ろし、家へと手を引きながら何かを言いました。彼女の口から出たどの言葉も記憶には微塵も残っていません。きれいさっぱりに消えています。私は手を引かれるがままに歩きました。あのマンションの廊下はコンクリートで満たされていました。その表面は滑らかに処理されていました。コンクリートは夜の冷気によっていとも容易く熱を引き剥がされてしまい、その空気を乾燥したように見せました。私はこんな雰囲気の中を歩いて、こんなとき自分がどんな表情をすればよいのか決めきれないでいたのでした。

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