明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)
博多口を出ようとした。
出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
私は次にとる自分の行動が分かった。香山への嘘を白状しようとしていた。香山へ何と告げようか、考えていたのだ。私は屈辱を通過し、私は香山に素直でいようとしていたのだ。
Oh, there was him, Alex, and a tattoo artist.
'I want it to be just a character, "False", that's it'.
'What's that mean, may I ask?'
'You know, we can never be honest, and keep telling a lie to each other'.
Although the artist could not understand, he did it as Alex told.
Day by day, Alex noticed, the tattoo was fading. He did not care about it that much, thinking that fading is not a big problem, and that it would stop soon. It did not, however.
The tattoo was completely gone in the end.
‘What in God’s name is going on? I want my money back, you have to repay me, you fucking morally empty, corrupted maggot’, he said to the artist.
‘Well’, he replied, ‘First, we cannot afford to be liable to ourselves, second, your tattoo is not gone’.
‘What the fuck are you talking about?’
‘Okay just take a look at your tattoo’.
‘No way! It’s already gone, that’s a wasting of time, time I don’t have’.
‘Please calm down, you have to look at it, trust me’.
He looked at his palm, where it had been, surprisingly to find a character, ‘Truth’.
(アレックスはタトゥーを入れてもらうことにした。
「タトゥーは、『偽り』の文字にしてほしい」
「と、言いますと?」
「人間なんてそんなもんさ」
アレックスの言わんとすることが理解できなかったが、彼は注文通りに仕事をこなした。
すると、日をまたぐごとにタトゥーが薄くなっていくのが分かった。タトゥーなんぞはそんなものなのだろうと意に介さなかったが、それはとうとう跡形もなく消えてしまった。色素が薄くなるどころの騒ぎではない。消えてしまったのだ。彼は返金を求め、店へ再び向かって、罵声を浴びせることにした。
「おい、この薄ノロ、金を返してもらおうか」
「いえいえ……人は偽りのもとに生きることなどできませんし、タトゥーは消えてはいませんよ」
「何を言うか」
「ご覧くださいませ」
タトゥーは確かにあった。『偽り』ではなく、『真実』だったが。)
すれ違いざまに人の顔を見ていた。自然とそればかりが目に入った。一体自分の世界の中心が、黒い光沢をまだ有しているのかを確認しようとしていた。自分が今まで生きるよりどころとしてきた、狂気の輝きはまだあるのか。彼らの顔は、私の中に取り込まれると容易に歪曲していった。自分に彼らを歪めるだけの能力は、まだ残存しているらしい。
しかし、香山はどうだ。私に彼を歪めることは果たして可能か。
私に気づいた香山は、助手席側の窓を開けて言った。
「どうして戻ってきたんだい」
息が詰まった。私は言いたくないことを今言おうとしている。それは愛を打ち明けるあの場面によく似ていた。
「お前に嘘をついてしまった。それを謝りに来たんだ」
香山は目を三角にして事情を尋ねた。
「嘘とはなんのことかね」
この問いに対して言葉がすらすらと出ていったのは、きっと私の意思が彼に引き上げられたからだ。
「俺の顔の傷、歯の欠損、すべて貫一にやられたんだ。俺は、彼に会ったから、彼の顔を知っている。俺と貫一で共謀して、お宮を連れて行こうとしたんだ。きっと彼は、俺の性格をうまく操ろうとしていた。俺には、自分の仕事への誇示から、お前に貫一を殺しかねたことを言い出すことができなかった」
「それが今はどうして白状するんだい。また、『悪魔の気まぐれ』かい」
「新築のきれいな壁紙を誰かが汚してしまったんだよ」
「なんだか分からんが、白状するということは、信頼してもらえたというわけかね。俺はうれしいよ」
「とにかく、お宮は置いていく。拳銃でも突き付けておけばいいと思う」
香山は私を止めたが、香山への誠実と、自分の誇示を守ることは個々に解決することが可能だ。私は博多口へ戻った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?