「観る将」が観た第9期叡王戦五番勝負第三局
5月2日、叡王戦五番勝負第三局が名古屋市の名古屋東急ホテルで行われました。絶対王者の藤井聡太叡王に同学年の伊藤匠七段が挑む戦いは、ここまで1勝1敗のタイスコアとなり、どちらが勝ってシリーズ制覇まであと1勝と迫るのか、将棋界大注目の一局となりました。
前日のインタビューでは、藤井叡王は「1勝1敗で迎えた第三局ということで、非常に明日は大事な一局になるかなと思っていますし、それを名古屋で迎えることができて、多くの方に見ていただけると思うので、精一杯頑張りたいと思っています」、伊藤七段は「スコアが1勝1敗ということで改めて三番勝負になりましたので、より一局一局が重い展開なのかなと思っています。一つ勝てたことでだいぶ気持ちが楽になった部分もあると思いますし、次局からはより自然体で臨めるかと思います」と話しています。
戦型は角換わり相腰掛け銀
洋室に畳を敷いて設けられた対局室に、伊藤七段が紫紺の着物と濃紺の袴に白い羽織で入室すると、藤井叡王は白い着物と灰色の袴に鉄紺色の羽織で入室します。先手の藤井叡王が角換わりに誘導すると、伊藤七段は9筋の端歩を受けるのを遅らせる駆け引きを見せ、△5二金型の相腰掛け銀を採用します。
藤井叡王が先攻
藤井叡王が4筋の歩をぶつけると、伊藤七段は手抜いて6筋の歩をぶつけて戦いが始まります。藤井叡王は同歩と応じ、伊藤七段が4筋の歩を取り返すと、2筋を継ぎ歩で攻めます。藤井叡王は小刻みに時間を使い、更に1筋の歩も突き捨ててから▲2五桂と跳ね、伊藤七段が△2四銀とかわすと、1筋の香取りに▲6六角と据えます。
じっくりした攻防
伊藤七段は飛頭を歩で叩いて先手陣の好形を乱してから△2二歩と受け、藤井叡王がじっと下段飛車に戻すと、29分の熟考で4筋の歩を伸ばします。藤井叡王が次の57手目を30分以上考えて昼休の時刻となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井叡王が2時間11分、伊藤七段が2時間51分となっています。
長考の応酬
藤井叡王は昼休を挟む55分の長考で玉を7筋に引き、伊藤七段が△6七歩と垂らすと、1筋に歩を連打して吊り上げた香を桂と交換し、▲2六香と打ちます。伊藤七段は79分の長考で△4三金右と上がって飛車の横利きを2筋まで通し、藤井叡王が1筋の香を走って歩を補充しつつ銀に当てると、歩を打って受けます。
銀香交換
藤井叡王は取った歩を▲2三歩と合わせ、伊藤七段が同歩と応じると、同香成と飛び込んで金と銀に当てます。伊藤七段は△2六歩と打って飛車の利きを止め、藤井叡王が成香で銀を取ると、残り1時間を切ったところで同桂と成香を取り返します。ずっとほぼ互角を示していたAIの評価値は、藤井叡王の57%とわずかに傾いてきました。
伊藤七段が反発
藤井叡王は▲4四歩と金頭を叩き、伊藤七段が金を3筋に寄ってかわすと、▲1四香と歩を補充して桂に当てます。伊藤七段が8筋の歩を突き捨ててから△6五桂と跳ねると、藤井叡王は26分の考慮で残り42分となり、銀で桂を食いちぎってから飛車取りに▲5五角と覗きます。
飛車を見捨てての勝負手
伊藤七段は残り8分まで考え、飛車を見捨てて金取りに△6六桂と勝負手を放ち、藤井叡王が23分熟考して同銀と応じると、△6八角と王手で打ち込みます。藤井叡王は玉を8筋に上がってかわし、伊藤七段が△8六角成と馬を作ると、▲8二角成と飛車を取って馬を作り、玉頭への脅威を緩和します。先手玉はかなり危険な状態に見えますが、AIの評価値は藤井叡王の67%と更に傾いています。
形勢逆転か
伊藤七段が△7六銀と前進して詰めろを掛けると、藤井叡王は14分の考慮で1分将棋となり、▲6一飛と王手して香を合い駒に使わせてから▲8七銀と玉頭を補強します。この瞬間AIの評価値は、伊藤七段の63%と反転します。伊藤七段が落ち着いた手つきで△6八歩成と畳み掛けると、藤井叡王は▲7六銀と銀を取ります。
両者1分将棋の激闘
伊藤七段も1分将棋に突入して△7六同馬と応じ、藤井叡王が▲6八金と"と金"を取ると、△8七銀と王手します。藤井叡王は玉を7筋に引いてかわし、伊藤七段が金頭を△6七歩と叩くと、▲7七銀と引いて後手陣に打った飛車を自陣の受けに利かせます。伊藤七段が△8八銀打と王手し、先手陣の銀を剥がして先手玉を8筋に呼び戻し、△8七歩と玉頭を叩くと、藤井叡王は▲7八玉とかわします。
藤井叡王の反撃
伊藤七段が△6八歩成と金を剥がして王手し、△6六歩と打って先手の飛車の利きを遮断すると、いよいよ先手玉は受けが難しいように見えます。藤井叡王が▲4三桂~▲2三桂~▲3二銀と、桂2枚と銀を王手で捨て、▲4三歩成と王手で金を剥がすと、伊藤七段は同馬といったん受けに回ります。
難解な終盤戦
藤井叡王は▲2一銀と王手し、伊藤七段が△3三玉とかわすと、▲5五馬と王手を続けます。伊藤七段が玉を2筋に上がってかわすと、藤井叡王は▲6六飛成と歩を取って自玉の危機を回避します。伊藤七段が△6七歩と玉頭を叩くと、藤井叡王は玉を5筋に引いてかわします。伊藤七段が藤井叡王の反撃を正確に凌ぎ、AIの評価値は伊藤七段の92%と大きく傾いていますが、難解な局面が続き、ABEMAでは「まだ全然わからない。評価値はあってないようなもの」と解説されています。
着実な寄せ
伊藤七段が△4七桂とから連続王手で先手玉を追い詰め、△2一馬と銀を補充して詰めろを掛けると、藤井叡王は▲1六銀と詰めろ逃れの詰めろを掛けて粘ります。伊藤七段が△2七銀と王手すると、藤井叡王は飛車で取って天を仰ぎます。伊藤七段が飛車を取って王手し、△1五桂と自玉への王手を防ぎつつ詰めろを掛けると、藤井叡王は深いため息をついてから投了を告げました。
まとめ
本局は伊藤七段が「やってみたかった」と言う展開になりましたが、藤井叡王は小刻みに時間を使って先攻し、少しずつリードを奪って必勝パターンかと思われました。伊藤七段は飛車を見捨てる勝負手で猛攻を仕掛けて形勢を入れ替え、藤井叡王が一手間違えれば再逆転という反撃を試みましたが、正確な受けで凌いでから着実に寄せ、146手の大激戦を制しました。
自身初のタイトル獲得まであと1勝となった伊藤七段は、次局に向け「本局はかなり課題の残る内容だったかと思うので、しっかりと振り返って臨みたいと思います」と謙虚に話しました。22回目のタイトル戦で初めて先にカド番に立たされた藤井叡王は、終局直後にはかなり落胆した仕草を見せましたが、「カド番にはなってしまいましたがやることは変わらないので、第四局はまたしっかり準備して頑張りたいと思います」と気を取り直したように話しました。次局は5月31日と少し日程が空きますが、歴史に残るであろう本シリーズに相応しい好局を期待したいと思います。
叡王戦は、株式会社不二家が主催し、レオス・キャピタルワークス株式会社が特別協賛、中部電力・株式会社豊田自動織機・豊田通商株式会社・AMD・アパリゾート佳水郷が協賛しています。棋譜等は下記サイトをご覧ください。