UXリサーチ、うまくいってますか?
昨今、UXリサーチに関する書籍やコミュニティが増え、リサーチを現場で活かしたいという方によく出会うようになりました。
これまで、ユーザーを理解する活動自体は、マーケティングの分野をはじめプロダクト開発の現場でも見られました。ですが以前に比べ、活動そのものにスポットライトが当たり、組織におけるリサーチ活動について情報交換する機会が多くなったように思います。
組織によって言い方は様々だと思いますが、本書では、「組織において事業活動に資するためにユーザー調査を行うこと全般」をリサーチと呼んでいます。また、プロダクト開発の現場ではUXリサーチと称されることもあります。
リサーチの注目度が高まる中、こんな声も聞かれるようになりました。
「リサーチにチームで取り組みたいのに、重要だと感じているのは私だけ」
「リサーチ結果が誰にも読まれない、使われない」
ユーザーに向き合って仕事をしたいのに、現場でなかなかうまくいかない――こんなもどかしさを感じた時、みなさんはどうアプローチしますか?
勉強会を開く、ドキュメントを作る、再びリサーチしてみる……いろいろな道があります。でも、これらが効果的な解決方法につながることは少ないのです。
では、どうやって効果的な解決方法への一歩を踏み出したら良いのでしょうか。それは、自分が所属する組織や事業のことを深く理解することです。こと事業会社のデジタルプロダクトの開発組織において、UXリサーチが活きるためには、リサーチそのものの質が高いこと、そして、誰よりも組織のことがわかった上でのリサーチであることの2 つが重要な要素になってきます。
事業構造や、一緒に事業を作っているチームのことをどれだけ理解できているかが、UXリサーチを活かすために欠かせないのです。
車輪の両軸のように、これらが密接に関連してうまく回れば回るほど、ユーザーの声が意思決定につながりやすくなるのです。
質が高い=事業を動かせる、とは言い切れません。どんなに質が高くとも、組織の中でリサーチそのものの価値が認知されていなければ、事業に活かされる状態にはできないからです。
本書では、ユーザー調査で得られた知見が組織に広がり、その調査結果が事業上の意思決定の一助となることを「ユーザー視点を事業に届ける」と呼んでいます。
本書は、ユーザー視点を事業に届け、動かしていくことそのものにフォーカスします(リサーチそのものの質の高め方だけを知りたい方は、これまで諸先輩方によって書かれた多くの良書をお読みいただくことをおすすめします)。
では、UXリサーチが活かされているとは、一体どんな状態でしょうか。
● リサーチ活動を通じて得られたユーザー視点が、適切なタイミングでミスリードなく組織に伝わるような状態
● UXリサーチャー以外のメンバーが、ユーザーに対して興味を持ってい
る状態
● チームがユーザーを主語にして話せるような状態……
いろいろな状態が思い浮かびますが、共通しているのは、ユーザーの声が事業上の意思決定につながっていることではないでしょうか。
これらは全て、誰よりも組織のことがわかった上でリサーチを実施したからこそ得られるのです。事業課題を捉え、組織の中でどう立ち回ればリサーチが最大限効力を発揮するかわかった上で、とも言えるでしょう。
事業に関わるなら、ユーザーを知る必要がある
私はこれまで、事業会社でデジタルプロダクトの開発現場を中心に、UXリサーチャーとして活動してきました。
組織における事業活動には、様々な職種が関わります。そして、事業活動の結果として生まれるサービスやプロダクトを受け取るユーザーがいます。
事業活動を通じて、大きくて、長く続く価値を届ける。その対価を事業に還元してもらう―この流れをより強くしていきたいと感じる時、ユーザーのことを知るのは、とても重要だと思います。
誰のために、どんな価値を提供するのか。これは、事業活動に関わる職種であれば、関係のない方はいらっしゃらないと思います。
今いるユーザー、未来にユーザーになり得る人たち、事業活動を取り巻く環境……様々な状況にアンテナを張りながら、不確実性の中で事業を進めているのではないでしょうか。
同時に、市況変化や新しい技術の到来、他社の市場参入など、自分たちではどうにもできないことも次々に出てきます。それに対しどうすべきか、誰も正解を知っているわけではありません。
あらゆる視点が交錯する中で、ユーザー視点はその中のたった一つにすぎませんし、ユーザー視点だけで事業は決められません。
ですが、ユーザーを取り巻く状況を把握し、どんな課題を持っていそうか、どういった体験だと嬉しいのか、まるでパズルのピースをはめるように事業の中に配置することが、事業を強く推進させるドライバーになり得ます。
もともと持っているユーザー視点というピースを、どう使えば事業にとっても組織にとっても喜ばしい状況になるのか、慎重に見極めねばなりません。
組織に興味を持ち、それぞれの職種の悩みに寄り添いながら、リサーチを使ってどう解決に向かうか、活用できるかを一緒に考える。これこそ、冒頭の「ユーザーに向き合って仕事をしたいのに、現場でなかなかうまくいかない」という悩みへの処方箋だと思うのです。
リサーチに、メンバーの視点を取り込む
私は、普段からメンバーと交流し、興味のあるテーマや本人の期待役割などを踏まえながら、「本人にとって役に立つ情報を渡すためには?」という問いを大事にしています。
組織でリサーチ活動を行う場合、逆風にさらされることもあります。
「事業を前に進めたいなら、他の方法もある。例えば広告費用を投下したら売上が上がるし、ユーザー理解する必要ないんじゃない?」とか「そもそもリサーチの効果って何?」など、挙げていくとキリがありません。
ユーザー視点が組織にどうフィットするのかわからない状態であればあるほど、こういった問いかけが重くのしかかってくると思います。もし、この本を手にとってくださった方がそんな行き詰まりを感じていたら、なぜわからない状態になっているのか、一歩引いて状況を捉えてみませんか?
ヒントは、自分の組織や事業の中にあるのです。
本書では、事業会社におけるデジタルプロダクトの開発組織事例がベースになっていますが、物事の捉え方やスタンスについては、どの組織においても共通するようなポイントを意識して書くよう試みました。
具体的な行動を示しつつ、「ユーザーの声を意思決定につなげるには、どうすれば良いのか」を考えるヒントになるような視点を多く散りばめるよう努めています。
この本を読み終えた頃、ユーザーの声を事業活動に活かすための引き出しがたくさん増え、より良い形でユーザーと事業をつないでいこう、と前向きな気持ちになっていただければ、これほど嬉しいことはありません。
何ができればUXリサーチャーと呼べるのか?
組織でリサーチ活動する方は十人十色です。アカデミックな現場を経験している方、デザイン・エンジニアリングを軸にリサーチを武器にしたいという方――。いろいろなタイプの方がいてこそ、リサーチの可能性が広がると感じているので、どのスタイルが正解というものでもないと思います。
とはいえ、私もキャリアの初めは、ロールモデルを探していました。何があれば自分をUXリサーチャーと呼べるのか? 資格がとれたら? 重要度の高い案件を遂行できたら? はたまた、特定のスキルを身につけたら?
当時は、片っ端から勉強会に参加すること、実案件で経験を積むことに注力していましたが、ある日ふと、自分がリサーチ活動をするのはなぜだろう、と立ち止まりました。
UXリサーチャーは、立場上、事業にもユーザーにも所属しない第三者として存在するのが特徴です。そのため、ややもすれば「組織に必要なんだっけ?」という議論に発展しがちです。
それでも組織にUXリサーチャーがいる意味があるとするならば、私に期待される役割は何か――そう考えた時、ユーザー視点が組織で適切に活用されるよう最善を尽くすことで、リサーチャーとしての価値を最も発揮できるのではないか、という一つの視点を得ました。
では、価値を発揮するために、私に何ができるか。
ここで少し視点を変えて、「私」を主語にするのを一度やめてみました。
先ほどの問いを「ユーザー視点が事業で活用されている状態を作るには?」に変えてみたところ、これまでとは別の景色が浮かび上がってきました。
独力でできないこと自体は、あまり問題ではない。一人でやることにこだわりすぎず、チームでやれば、大きな力にできるのではないかと思ったのです。仲間を増やし、一緒に考えたら、私が思いもよらなかったアイデアが浮かぶかもしれません。誰しも得意不得意があるので、それを補完できるのがチームのいいところです。
「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」という有名な言葉がありますが、私一人で行けるところなんて、たかが知れています。
UXリサーチャーとしての専門性云々について悩むより、どうやったらユーザー視点に興味を持ってもらい、一緒にチームとして進めていけるか考える方が、得られるものが大きいのではないか。チームがユーザーに向き合えば、事業をより大きな力で進めることができ、事業を成功や成長に導けるのではないか。
いまや私のスタイルにおいて重要な要素である、「チームで取り組む」という発想に出会えた瞬間でした。
「リサーチのスペシャリスト」と名乗らない
私は、自分のことを「リサーチのスペシャリスト」とは形容しません。
もちろん、UXリサーチャーという職種ならではの専門性を発揮することは大前提です。ただ、組織の中で専門家を名乗り続けていると、調査に関係ないことは話しかけづらいと遠慮されるかもしれないと考えました。
心配しすぎかもしれませんが、UXリサーチャーの仕事ぶりを知ってもらうためにも、あまり壁を作らない方が良いと思っています。むしろ、他の職種に越境したり、越境されたりすることも歓迎しています。
第3 部で具体的にお伝えしていますが、私は組織のメンバーにリサーチ企画タイミングから積極的に関わってもらい、一緒に進めるような型を作ってきました。
そんなことをしたら、UXリサーチャーとしての存在意義が損なわれるのではないか、と心配される方もいらっしゃるかもしれません。調査活動こそ、UXリサーチャーの専門家としての価値が発揮される部分です。それを別の職種に担ってもらうなんて、と。
確かに、ある意味、価値を発揮できていないかもしれません。
私個人としては、もしメンバーがユーザー視点を率直に受け取れる状態なら、メンバーを巻き込んで企画・進行する方が、よりリサーチが活きた状態になるという仮説を持っています。
事業活動を担うメンバーの業務をユーザー視点によって下支えし、パフォーマンスを上げる。それでこそ、UXリサーチの真価が発揮される。実践を続ける中で、そんな信念を持つに至りました。
そのため、あくまでユーザー理解に軸足は置くものの、事業を進めるために必要だと感じたものは何でもやる、というスタンスを持っています。
自分が不得意なところは相手に頼るし、メンバーが困っている時には、一見リサーチ活動と遠いように見えても積極的に助けに行きます。事業に向かうため、ユーザー理解を進める際、一人の専門家としてではなく、チームとして、みんなと進めるやり方もある――そんな視点をご紹介できたらと思っています。
私自身がなぜそんな考え方に至ったのかをこれからご紹介しますが、さっそく現場で実践できそうなことを知りたい!という場合は、ぜひ序章から読み進めてみてください。
やれることをやっていたら、それがUXリサーチャーだった
ユーザー理解に軸足は置くものの、事業を前に進めるために必要なことなら実行する、そんなこだわりは、私のカスタマーサポートでの経験がルーツになっているように思います。
2017 年、私は専業主婦、妊娠・出産を経てCtoCのスキルマッチングアプリのスタートアップで働き始めました。アプリの使い方の質問や要望について、テンプレートを用意して回答していたのですが、ある時、ふと回答を書く手が止まりました。
「この問い合わせは、どんな状況で発生しているものなんだろう」
「もしかして、アプリの機能を変えたら問い合わせ自体が減るのかな」
私が初めて「ユーザー視点」の存在に気づいた瞬間でした。その気づきを経て、拙いながらも、問い合わせされる方がどんなシーンでお困りごとに遭遇し、どういう点に特に不便を感じているか、背景を想像して回答文を書きました。
内容をエンジニアさんに伝えたところ、「この改修を挟もうとすると、XXXの機能にも影響するからすぐにはできないんですよね」といった答えが返ってくることもあり、なるほど、機能を1つ変えるにしても、たった一人のユーザーのご要望だけでは難しいのだなと感じました。
自身もそのアプリのユーザーであったため、自分にとっても嬉しい改修の提案をしているはずなんだけどなあ、とやるせない気持ちになったことを思い出します。
今ならわかります。「機能をこう変えてください」と一方的に伝えるだけだと、エンジニアさんも適切に判断できる十分な情報量がないため、判断できないことを。お困りごとにつながっているユーザーの状況を共有し、どうしたらいいかを共に考えるコミュニケーションこそが必要なものだったことを。
その後、志願して新規事業の立ち上げチームに入り、0 →1 フェーズを最後まで経験したことで、開発で何が必要か、どう整備していくか、何の材料がないと前に進めないのか、何を決断すべきかを肌身で感じることができました。
事業目線、開発目線、ユーザー目線で物事を考える場面が多く、視点の切り替えの訓練ができた時期とも言えます。
これらの経験を経て、よりユーザーに近い立場で問題解決できる職種として活動したいと、転職を決意しました。
転職先の面接で、私の人生を決める転機が訪れました。
新規事業立ち上げの経験や、著名人へのインタビュー企画からリリースまで一貫して実施したエピソードを伝えた時、後に自分の上司となる面接官がこう話してくれました。
「UXリサーチャーって聞いたことある? 初めて聞くかもしれないけど、多分あなたがやってきたことは、UXリサーチャーだよ」
専業主婦からキャリアを再出発し、特に何の専門性も持っていなかった自分が、「チームとユーザーのために何かできることはないか」と目の前の業務に一生懸命取り組んだ結果、UXリサーチャーという名前がついた瞬間でした。
チームとして、みんなで進める
実際に、UXリサーチャーとして活動してみて、リサーチで得られた気づきを事業に反映させる難しさに直面しました。
依頼者自身がとても協力的だったとしても、リサーチしていたことがチームメンバーに知られておらず、進行を妨げられたと受け取られたり、伝えたかった内容が別の形で伝わってしまったりと、自らの力不足によって悔しい思いをすることが多々ありました。
また、チームメンバーに情報が伝わっていないと、いくら質の高いリサーチをしたとしても、納得感が薄かったり、本当に効果的な進め方だったのか?と疑問を抱かれたりすることもありました。
ユーザーから得られた大切な情報に基づく私の気づきや発見が、同じ温度感で依頼者やチームメンバーにも行き渡ると、チーム自体がいきいきとして、目線が揃えられた状態でコミュニケーションもとりやすくなるのではなか。そう感じたのもこの頃でした。
そんな中、私の気づきを数歩先で体現しているチームに出会いました。それが、スマートバンクです。
スマートバンクは、日本で初めてのフリマアプリ「フリル(現・楽天ラクマ)」を作った3 人のファウンダーが、二度目の起業で立ち上げた会社。「人々が本当に欲しかったものをつくる」がパーパスです。
フリマアプリの時に感じていたお金に関する課題を解決したいという想いから、「お金を『使う』『貯める』『増やす』を誰もが当たり前にできる未来をつくる」ことをミッションにしています。
創業当初、経営陣が自らユーザーにアポイントメントをとり、インタビューをしていました。その数、100 件超。徹底的にユーザーに会い、その内容を持ち寄って事業アイデアを検証していました。
代表の堀井翔太さんと初めて会った時の衝撃といったらありません。リサーチの姿勢を見て抱いた率直な感想は「本物だ……」。場数、向き合う姿勢、熱量、泥臭さが、これまで会ったどのUXリサーチャーよりも群を抜いていました。
ユーザーに対して純粋な興味を持ち、深く生活背景を知る。複数のユーザーに出会うことであらゆる角度から検証し、思索を深める。
そんなリサーチ活動そのものが事業に密接につながっている点が、スマートバンクをスマートバンクたらしめているところでした。そして、そんな翔太さんの行動に強く共感したメンバーが揃っていました。
● 事業を動かす重要な要素としてリサーチが位置づけられている
● 事業推進に役立つリサーチを設計し、そのリサーチ結果を参照したいと
思うメンバーがいる
→つまり、UXリサーチャーは各職種の人がリサーチを業務に役立てら
れるような振る舞いを求められている
と当時の私は理解しました。
自分をこれまで悩ませていた「どうやったらユーザー視点に興味を持ってもらい、一緒にチームとして進めていけるか」という問いを、スマートバンクのチームでなら一緒に解いていけるのではないか。そう直感し、チャレンジしたいと考えたのです。
そして今、スマートバンクの一員として、リサーチ活動に従事しています。 日々の活動の支えにしている翔太さんの言葉があります。
「スキルを極めるといったような専門職のような偏りでなく、経営判断に活用できる、ユーザー・ビジネス視点をつなぐ、必要に応じて顔を変えながら働くなど『UXリサーチャー』としてどうあれば企業価値・顧客価値に最大限貢献できるかという考えを明確にもたれており、体現してくれる」
本書では、ユーザー視点の取得だけではなく、組織内での流通、活用、波及プロセスをデザインしながら行うリサーチ活動について、できる限り実務で活かせるよう具体的に書いています。
この本を手にとってくださった方が、ユーザーに対して大きな価値を届けるための活動に自信を持ち、活躍の場が広がるよう願っています。