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はじめに|寺薗淳也『2025年、人類が再び月に降り立つ日――宇宙開発の最前線』

2022年11月16日米東部時間午前1時47分(日本時間同日午後3時47分)、人類を再び月に送り込む「アルテミス計画」の第1段となる大型ロケットが、無事に打ち上げられました。8月と9月の発射延期のニュースでは、本書『2025年、人類が再び月に降り立つ日』刊行のタイミングとの兼ね合いもあって当事者と同じくらい悲しい気持ちで見ておりました……。しかし、昨今ネガティブな話題が多い中での「成功」のニュースは、人類に大きな希望を与えてくれたのではないでしょうか。本書では、アルテミス計画を柱として、話題の宇宙ビジネスについても考察。なぜ今宇宙が盛り上がっているのかが、よくわかる内容になっています。

はじめに―新しい宇宙開発の時代へ、ようこそ

 アルテミス計画──それは、人類を再び月に送ろうという、アメリカ主導の国際共同計画です。
 今年(2022年)6月、NASA(アメリカ航空宇宙局)が配信した、アルテミス計画の1枚の写真に、私は思わず見とれました。
 それが本書のカバー写真です。打ち上げを待つロケットの背後に、その目的地である月が写っています。
 この1枚の写真の中に、私の人生が詰まっていました。
 
 私は大学院時代、月の内部構造の研究という、なかなか珍しいテーマに取り組んでいました。そのときは月がことのほか好きだったとかということではなく、何か新しく珍しいテーマで研究をしてみたい、という思いからでした。
 しかし研究はなかなか進展せず、そうしているうちに、宇宙開発事業団(現在はJAXA:宇宙航空研究開発機構に統合)への就職の話が出てきました。仕事は、日本の大型月探査計画「セレーネ」(後の「かぐや」)の立ち上げでした。
 一から月探査ミッションを作る。やりがいがある仕事であると同時に、初めて就いた仕事がこのような大きなものであったことから、戸惑うことも少なからずありました。
 そのような中で、このセレーネの意義や特徴を広く伝えていくために、ホームページを立ち上げることになりました。1998年のことです。この頃、ホームページでミッションの広報を行なうというのはかなり先進的でした。
 それから24年。JAXA広報部での経験、とくに小惑星探査機「はやぶさ」の広報を経て、月・惑星探査、そして宇宙開発の広報・普及啓発は私のライフワークとなりました。
 科学から探査技術、そして広報・普及啓発へ。私の月への向き合い方の変化が、まさにあの写真の中にすべて入っているのです。月、そしてそこへ向かうロケット、それを捉えた写真を多くの人たちにインターネットを通して伝える広報。アルテミス計画への道は、また私の人生をなぞるような道でもあったのです。
 月と長年付き合っていく間に、月そのものへの興味も増していきました。月自体の不思議、私たち人間、とくに日本人と月との長い関わり、そして月探査が拓く未来。四半世紀前に私たちが唱えた「ふたたび月へ」というキャッチフレーズが実現しようとしている今、宇宙開発について興味を持つ人も増えつつあるようです。

 そして今、宇宙開発が新たなステージに入ろうとしています。
 アルテミス計画には日本も加わっています。日本人宇宙飛行士が数年後に月に降り立つことも夢ではなくなっています。日本でも多くのベンチャー企業が宇宙開発に参入し、続々と成果を挙げています。宇宙開発は私たちにとってますます身近になっていくようです。
 本書は、アルテミス計画を中心として、宇宙開発についての話題をわかりやすくまとめたものです。日本と世界の宇宙開発の歴史と現状、民間企業による宇宙開発進出の今後、宇宙資源採掘への期待と問題点。宇宙開発の過去・現在・未来を一望できる内容になっています。
 宇宙開発は面白そう、興味がある、でも何かとっつきにくい、そのような方こそぜひお読みいただければと思います。広報に携わった経験をもとに、宇宙開発についてできる限りわかりやすく解説しました。
 一方、宇宙開発が身近になるにつれて、問題点も少しずつ出てきています。アルテミス計画にかかるとされる巨費をどのように負担するのか、民間企業の宇宙開発は果たしてバラ色の未来なのか、宇宙はみんなのもののはずなのに宇宙資源を採掘することはいいことなのか。どれも簡単に結論が出る問題ではないですし、専門家だけで解決する問題でもありません。
 本書ではそのような負の側面についても触れています。ただ、「負」という否定的なイメージではなく、問題点からどう私たち一人ひとりが考えていくのかという積極的な関わり方が重要だと思っています。そしてその思いは、私が宇宙開発の世界に入ってずっと抱き続けてきたことです。
 本書を読むことで、とくに次世代の宇宙開発を担う若い人たちに、未来への希望と、それを支える確かな知識を持ってもらえれば、著者としてこれ以上うれしいことはありません。
 あらためて申し上げます。新しい宇宙開発の時代へ、ようこそ。

寺薗淳也