
ケンヂは終末の荒野を歩き続けた。点在する遺跡が荒れた大地に広がり、乾いた風が吹き抜けるこの荒れ地を、デクノボーのように彷徨い歩いた。ケンヂはどんな天候にも動じず、どこからともなく現れる一日玄米四合と味噌と少しの野菜を食べながら歩みを続けた。その無意味さゆえに、捕食動物たちの興味をひくこともなかった。
途方もない時が流れ、ケンヂの目の前に名高い拳銃撃ち(ガンマン)カクチャが現れた。カクチャは秒速で銃を放ち、瞬時に敵を撃ち倒すことで知られていた。その日も、旧式のスミス&ウェッソンで空中の小さな羽虫を次々と撃ち落とした。
ケンヂはその光景を無表情で見つめ、ふと「銃って、五月蝿いね(うるさいね)」とつぶやいた。するとカクチャの表情に焦りがよぎり、銃が奇妙な音を立てた。銃は暴発し、カクチャの心臓に向かって弾は飛び、彼は瞬時に息を引きとった。
次にケンヂが出会ったのは、カヌシというギャンブラーだった。カヌシは、どんな賭けでも必ず勝つ強運を持っていた。
カヌシは豪華なスーツを着て、煌びやかなカジノの幻影を作り出し、トランプやサイコロを巧みに操った。
その日、ケンヂがその場に足を踏み入れると、カヌシの耳元で「ギャンブルって、儚いね(はかないね)」とささやいた。
すると、カヌシの運は急激に悪化し、カードゲームで次々と敗北を喫し、サイコロも不利な結果ばかり引き当てた。
次の朝カヌシは首を吊った。
次にケンヂの前に現れたのはハクツという名の詐欺師だった。彼は驚異的な変身能力を持ち、どんな人物にもなりすまし、派手な衣装と宝石で飾ったスーツをまとっていた。その華麗さの裏には冷徹な目が潜んでおり、他者を欺き巨額の金を巻き上げる詐欺師だった。
「どうだいこの変わり身の術!」とハクツは言いながら、金持ちや政治家、有名な映画スターなどに変身してみせた。ケンヂはその変わり身を見つめ、「どっちの自分が本物なのかな」とつぶやいた。
すると、ハクツの身体は急激に歪み、異形な姿へと次々に変わりはじめた。ハクツの肉体は分裂し、最終的にはどこにいるのかもわからなくなり、存在の痕跡すら消えてしまった。
次にケンヂが出会ったのはシナウェンと名乗る侏儒だった。小柄な体にもかかわらず、威厳を漂わせて「見よ、この力を!」と宣言した。両手を広げて精神を集中させると、地面が微かに振動し、砂埃が舞い上がり、目の前の巨大な岩山(メーサ)がゆっくりと持ち上がり始めた。
シナウェンは、岩山を数メートルの高さにまで持ち上げ、自らの力を誇示した。だが、その瞬間、ケンヂが無関心に一言つぶやいた。「山って動くもんなんですか。」
ケンヂの一言で、シナウェンの動かしていた岩山は一瞬で元に戻り、その重みによってシナウェンは埋もれてしまった。
最後にケンヂが出会ったのは、カヌワという呪術師(メディスン・マン)だった。彼は未来を予見する秘術を持っていた。古代の石碑や宇宙的な符号で装飾された法衣は、未来の光景を映し出し、無数の可能性が光の筋として展開されていた。
カヌワは自信満々に法衣の力を示し、「これが我が力の真髄だ!」とケンヂに未来の光景を見せた。
しかし、ケンヂが「未来って、よく分からないんだよね」とつぶやくと、カヌワの法衣が突然乱れ始め、未来の予測が崩壊した。光の筋が錯乱し、カヌワの運命も制御不能に陥った。法衣が完全に壊れ、未来の光景は混沌と化した。
ケンヂはその様子を淡々と見つめ、「未来って、どうしようもないものね」と囁き、その場を去った。カヌワは混乱する未来を前に、呆然と立ち尽くすばかりだった。
大峡谷の深奥にある古代の遺跡の中心にはピンク色の光の粒子を放つエネルギーが渦巻き、岩壁を金属的な光で照らしていた。
ここに到達する者は、通常、強大なラスボスとの戦いに挑むことになる。しかし、ケンヂが遺跡に足を踏み入れると、彼は全く同じ姿のもう一人のケンヂに出会った。二人はお互いに白痴じみた笑みを浮かべ、ただ無気力に立ち尽くしていた。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
周囲のエネルギーは、変わりゆく色彩と音響で今にも世界が次のステージへ移行する予兆をみせていた。しかし、ケンヂとその分身はその変化に一切反応せず、ただ静かに、無意味に、うすら笑いを浮かべ続けた。
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
彼らの周りには波動のようなエネルギーが渦を巻き、地面には深淵に向かう亀裂が走った。遺跡の壁には古代の祭壇があり、崇拝された神々の象徴が刻まれているが、それらもまた二人にはただの装飾に過ぎなかった。
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
時間は遅く流れ、虚無の中で続くように見えた。何も起こらず、戦いもなく、ただ二人のケンヂはその場に立っているだけだった。勝敗も成果もまったくわからなかった。
イツモシヅカニワラッテヰル
遺跡の奥深くからは、低く不安定な音響が響き渡り、まるで宇宙の起源から伝わるような音の波が二人を包み込んでいた。しかし、その音もまた、彼らの存在には何の影響も及ぼさないようだった。遺跡の中でただ無駄に時間が過ぎていき、二人はただそこに立ち続けた。