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家族代行サービス

 十一月に入ると喪中はがきが届くようになる。お世話になった方の訃報を知り、えっ、あの人が……と驚かされる。葉書を見ながら故人を悼むとともに、自分もそんな世代に差し掛かったのだとしみじみ思う。
 そんな僕に妻は「そろそろ、うちも喪中はがき出さなきゃね」と、うかがうように言う。六月に義父が亡くなったことを、決して忘れていたわけではない。だが義父の存在が自分たちの日常生活とは遠く離れていたことを改めて感じる。
 まるで眠っているように穏やかな顔で逝ってしまった義父。米寿であったが膝が痛いとぼやきながらも、毎日、畑仕事に精を出していた。まだまだずっと長生きしてくれると思っていたのに突然すぎる死だった。
 ひとしきり義父の思い出話をした後、
「もっと、お父さんに優しくしとけばよかったなー」
 妻がとポツリと言う。
「もう少し近くだったらなー」 
 と返すと
「それならそれでまた大変だったよ」
 と妻。そういえば義父は娘に対して、あまり気を遣うことがなかった。結婚して以来、盆、正月とGWは欠かさず妻の実家(伊豆の下田市)に夫婦そろってして帰省してきたが、その実家では「おーい、美恵子」と義父に呼ばれ、あれこれ頼まれていたことが思い出される。また家族以外の意見には耳を貸すのに、娘の言うことには素直になれないようでもあった。妻が自分の実家なのにのんびりできず、愚痴を漏らしていたのものだった。
 そんな義父のことを考えていて、中日新聞で連載されていた「誰そ彼のとき」を思い出した。この連載はある家族代行サービスのスタッフ、中川弥里(みさと)さんと依頼者たちの体験談なのだが、僕自身もこれから迫ってくる老いにどう向き合えば良いのか、いろいろと考えさせられた。記事に興味を持ち会社のホームページも調べてみた。業務内容は家族代行だけでなく、身元保証から死後の手続きまで網羅されている。頼れる家族のいない人や、家族に迷惑をかけたくないと考えている高齢者には渡りに船のサービスである。だが料金は決して安くない。美談に引き寄せられたが、やはり金次第ということのようだ。
 しかし記事を読む限りでは、スタッフの中川さんに対する満足度は非常に高いようだ。記事に登場する余命宣告された女性からは「お金の関係だけど、お金の関係だけでなく、それ以上のものがあるかも」といった発言もあった。また「家族だったら遠慮してしまうようなことも『お客さん』の立場だからお願いできる」という声や、親子ゆえに介護する難しさに悩む男性は「ぶつかり合う親子の感情を、スポンジのごとく吸収してくれた」と評している。一方、支援する中川さんが「仕事だと思っているから優しくできている部分もある」とコメントしているのも印象的だった。依頼者が遠慮なくサポートを頼めるのも、中川さんが親身になれるのも、そこにお金が介在し、他人だから可能なサービスなのかもしれない。
 喪中はがきを準備しながら、年賀状のない来年の正月のことを思った。夫婦二人だけで迎える正月は、たぶん初めてのことだ。そしてこれからはそれが当たりになっていく。家族代行サービス、僕らにとっても決して他人事とは思えない。

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