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【短編小説】薬師少女と森人少女が出会う話【1話完結物】

「あ〜…。ひと雨、来そうね…。雨宿りができそうな場所は……」

 私は旅の薬師、スイ。自由気ままな1人旅。年は確か16。

 どうして1人旅なんだって?頼れる知り合いの全てが死んだから。数年前の大飢饉の時、流行病でね。

 人間、生きりゃお腹が減る。お腹が減ったら気が滅入る。だから、元気に生きていく為には稼いで食べてかないと。

 と、言うことで、村の薬師だったおばあちゃんから教えて貰った知識と、勝手に譲り受けた道具を使って薬師として生計を立てている、と言うわけ。

 あ。旅なんかせずに定住すれば良いって思った?残念なことに、それは出来ないみたい。

 何故か!私の自慢のとびっきり美しいヒスイの瞳が、他人には不気味に見えちゃうらしくて。定住しようと思う前に、追い出されちゃうのよね。

 …人を外見で判断するとは…全く見る目が無い。許すまじ。

 まぁ、そんなこんなで、人里からいつも通りにコッソリと抜け出して3日が経つ。私は今、深い森の中で雨宿り出来る場所を探しています。人生辛口仕様です。

「…細い木しか無いなぁ…。…太い木があればウロの一つでもありそうなのに。…しょうがない…洞窟を探すしかないか…」

 私は、薬師道具のあれやこれやがぎっしり詰まった観音開きの桐箪笥を地面に下ろして、グググ…と背筋を伸ばす。

「はぁ〜…解き放たれた…身軽って正義…」

 ゴロゴロ……ゴォーン……遠くの空から雷鳴が響く。雨雲は待ってくれないらしい。私は桐箪笥をパカッと開き、左扉の内側に括り付けた地図を広げた。

「…あぁ…こんなことしてる場合じゃないね…地図は地図はーっと…あったあった。北東に山があるのね。…距離はそんなに離れてない。よーっし……っ!」

 地図を丸めて、口でハムっと咥える。パンパンと手を叩き、手頃な木によじ登る。

「ヒョッ…ヘっ……ひょいショット!」

 地図を手に持ち直し、北東を確認した。

「…えっと……見るからに何か出そうな山だけど…。…まぁ…ずぶ濡れよりマシよね。」

 私はスルスルと木から降り、地図を元の場所に収納して、再び重たい荷物を背負った。

「…麓まで行けば、洞窟の一つや二つ…あるよねきっと」

 私は楽観的に構えながら、あるかもわからない洞窟を目指して、歩き出した。

ーーー

「まぁ〜そんな簡単に見つかるはず無いわよね〜……」

 歩き出してしばらくが経ち、山の麓にたどり着いた。私は山に沿って歩みを進めるも無機質な岩肌しかなく、洞窟は未だに発見できていない。…それにも関わらず、雷鳴はどんどん大きくなる。

「…酷い雨になりそう。お願いだから早く見つかってよ〜…」

 神様に適当にお祈りをしたその時だった。

「………ん? 何か音が……する?」

 雷鳴に邪魔されつつも、私は耳を澄ませる。

「……これは小鳥の鳴き声?…どこから…?」

 微かな情報を頼りに、歩みを進め……

「…ぁ…いた…。…そして洞窟も見つかるとは……って!うわ!?雨ぇ!!」

 傷付いた小鳥と洞窟の発見と、雨が降り始めたのは幸いにも同時だった。私は小鳥を拾つつ、洞窟の中へ転がり込んだ。

「ひゃー…間一髪だったよ…。」

 小鳥は私の手の中でプルプルと震えていたので、私は診察する事にした。

「翼から血が…鷹にでも狙われたのかしら?…普段だったら、美味しく頂く所なんだけど…」

 私の意図が通じてしまったのか、小鳥は精一杯威嚇してきた。

「何よ…やる気…?そんな小さい体で…よくもまぁ……。うれ…うれうれ……」

 私は小鳥の可愛らしい威嚇をいなしながら、小鳥を宥める為に小さな頭を優しく撫でる。

「…安心して小鳥さん、洞窟に案内してくれたお礼はちゃんとするから。……よいしょっと……。」

 私は重たい荷物を地に下ろす。そして桐箪笥の上に頭巾を敷いて、小鳥をちょこんと乗せた。

「それじゃ仕事するか〜…。 …よしっ。」

 両頬をパシッと叩いて気合を入れ、桐箪笥の観音扉を開く。

「薬研(やげん)に…天秤に…包帯。…水を沸かすから火打石と三脚と飯盒(はんごう)と…薪はこれだけあれば十分ね。」

 私は、薬研(生薬の素材をすり潰して、粉末にする道具)といった必要な物一式を取り出して、地面に並べる。そして三脚の下に薪を組んで火を起こし、飯盒をセットして水を沸かし始める。

「痛み止めの原料は…この前調達したからあったはずよね…」

 桐箪笥の正面奥には、小さな引き出しがびっしりと並ぶ。私は、迷いなく幾つかの引き出しを開き、材料を揃えていく。

「日輪草の根に…粘り気を出す為の…あったあった、七条小麦のもみ殻…」

 天秤の右皿に分銅を乗せ、小刀で切り分けた日輪草の根を天秤の左に乗せて、計量をする。

「日輪草の根は重り2つ分…もみ殻は…重り1つ分で…よし、一発…。」

 計量した材料を薬研に入れ、ゴリッ…ゴリッ…とすり潰していく。

「そしたら…お湯と混ぜ合わせて…」

 小さな器にすり潰した粉末と少しの熱湯を入れて、ゆっくりとかき混ぜた。しばらくすると、ドロっとした物が出来上がる。

「…出来た、痛み止めの軟膏。」

 私は額の汗を拭い、小鳥を見る。小鳥は縮こまって毛玉の様になっていた。

「…早く処置しちゃおう。もうちょっとだからね。」

 出来上がった痛み止めの軟膏と、消毒用の焼酎、包帯を持って小鳥の元へ向かう。

「まずは消毒して…あぁ、ごめんごめん…痛いよね…。次は軟膏を塗って…包帯を巻いて…はい、終わりっと」

 私は小鳥を手に乗せ、天高く掲げた。

「偉いぞー小鳥!よく耐えたーっ! …ってあれ?もうこんな時間?」

 気づけば、外は真っ暗だった。大雨だから月も見えない。一仕事終えて気が緩んだのか、私は大きく欠伸をしてしまった。

「…ふぁぁ〜……。…そろそろ寝るかな……。」

 私は月の方角に向かって、手を2回打って礼をして、雑にお祈りを済ませる。

「早く雨があがりますように。小鳥さんがちゃんと完治しますように。……よし。」

 私は、防寒用の厚手の布の上に座り、岩壁にもたれ掛かる。色々と硬いけど、しょうがない。腿には布で包んだ小鳥を乗せた。

「……火もあることだし、凍える事はないよね、多分。…それじゃぁおやすみ、小鳥さん」

 私は、雨音を聞きながら、目を閉じた。

ーーーー

「あれ……朝……か…。…うぅ〜〜〜……っく……はぁ……」

 私は、ガチガチになった身体をほぐす為に手を組んで上に伸ばす。

「小鳥さんは…元気かな……って、あれ?」

 布で包まれた小鳥を腿の上に乗せたはずだったのに、既にいなかった。そこにあったのは、ほのかに暖かい布だけだった。

「……元気になって飛び立ったのかな。…洞窟に導いてくれた恩返しが出来たのなら…それでいいか……」

 状況から判断して、1人で納得していると、すぐ右側からチュンッと声が聞こえた。

「あれ?まだ飛び立ってなかったの…」

 私は、ゆっくりと顔を鳴き声がした方向へ向ける。

「………。」

 突如として、私の視界が見ず知らずの少女でいっぱいになる。

「え!?!? だ! 誰!?」

 私は物凄い勢いで、上半身を仰け反らせた。その直後、後頭部が耐え難い痛みに襲われた。だって怖いじゃん!

「あいたーっ!?!くぅぅう!箪笥の角ォォ〜……!」
「………。」
「いたた……って…貴方誰よッ?!」
「………。」
「えっと…?」
「………。」
「…え!?黙秘?!何故?!」

 時間が経ち、痛みが漸く引いたので、私は目の前の少女を落ち着いて観察する事が出来た。

 髪は鮮やかな黄緑色で、肩の高さで雑に切り揃えられている。気怠げなジト目を覗き込むと、私と似ている翡翠色の瞳があった。顔立ちは、模型かと疑うほどに端正だった。ちょっと悔しい。

 そしてその少女の頭上には、翼に包帯を巻いた小鳥がちょこんと乗っていた。

「……。」
「…あ…もしかして、喋れない?」

 少女はパッと口を開き、ん、ん、と声帯を震わせた。

「…そ、そうなのね…それは悪いことを言ったわね…」
「…………いや……しゃべ……れる……けど……。」
「なら喋りなさいよっ?!」
「……会話するの……久々だか…ら……」
「もしかして……声の出し方を忘れたとでも?!」
「……ん…。……まさ…しく…。」
「えぇぇ………」

 私は頭を抱えた。少女の頭上で小鳥がチュンと鳴く。…私、励まされたのかもしれない。

「…礼を……言いに…来た……」
「? 礼ってなんの…?」

 ゆったりとした速度で、少女は頭上の小鳥を指差す。なんだろう。すごくもどかしい。

「…この…子…助けて…くれた…から…。」
「あぁ〜〜……なるほど…。気にしないで、暇だったから助けただけだから。」
「…分か…った…。…気にしない……。」
「そこは形だけでも『いやいや〜』って言うもんでしょ?!」
「…いやいや……」
「言葉そのものが欲しいわけじゃないけど?!」

 小鳥がチュンと鳴いた。…うん、この小鳥、絶対に励ましてくれてる。はぁーなんてできた小鳥。助けてよかった。

「はぁ…はぁ……。コホン…。あぁ、うん。暇つぶし程度にやったのは本当だから、良いんだけどね。」
「……よかっ…た…。…実は…お願い…したい…こと…ある…。」
「…ぇ?お願いって一体…」

 私は首を傾げた。そうよね、擦り傷かなんかよねきっと。消毒さえしてあげればー

「腕……」
「はいはい、腕ね。見せてごら」
「…とれた」
「んなさい… は!?今何て!?」
「腕…とれた…」
「聞こえてしまったーー!!??」
「…う…ん。 …とれ…た。」
「なんでそんな平然としていられる訳?!」

 少女はゆったりと左腕を上げた。ぱっと見、なんの変哲もない腕だった。…が、次の瞬間、肘からパコンッ…と折れ、地に落ちた。

「ぎゃー?!なんてことー!?しけ!止血!!」
「……?」
「しけっ!! しけっ……あれ?! 血が出て…ない!?」
「…ニンゲンじゃ…ない…から……」
「えぇえぇぇええ?!?!?じゃぁ何なの?!」
「……森…人……?」
「あれってお伽話の中で登場する人物よね?!?!」
「…今…いる…けど……?」
「信じろと!?そんな事を!?」
「…それ…で…くっつけれる…の…?」
「第一っ!私!人外は専門外なんだけど?!」
「……形は…同じ……」
「確かに……ってなにを納得しかけてるの私?!」
「…よろ……しく…」
「なんか決まっちゃったんですけど?!」

 そんなかんなで、私は森人の少女を処置することが決まってしまった。…どうして!?

ーーー

「はぁ…はぁ……と…とりあえず診てみるだけなら…」
「…分かっ…た…あり…がとう…」

 森人はのっそりと動いて、焚き火の近くに腰掛ける。私は、診察台に見立てた手頃な岩を森人の前にドシンと置く。

「ぅ”…重い……はい、腕と取れた腕を此処に置いてね…」
「……ん」
「全く…何がどうなってこうなったの……」

 私は切断面をまじまじと見る。切り株とよく似た断面に改めて驚いた。な、なんじゃこれは…

「い、痛くはないんだよね?」
「……痛いってなに……?」
「………。……深く考えるのはやめるのよ私……。」

 小鳥がチュン……と弱く鳴いた。心配しているらしい。

「これは…折れたんじゃなくて…スパッと切断されたみたいね…」
「…?」
「…骨も…筋肉も無い……確かに人間ではない様ね……」
「…だか…ら…森人……といった……」
「はぁ…」
「…かゆ…」
「ってダメー!!患部に触らないでー?!?」
「うぎゅ………」

 私は座ったまま足を延ばし、森人の少女の元気な腕を抑え込む。少女の指がもぞもぞと蠢いていた。

「傷口掻いちゃダメでしょ!?かさぶたじゃないのよ?!全く!」
「……つい…」
「ついじゃないわよっ!?…でも…そうね…貴方が植物なら…やりようはある」
「…ほんと…?」
「えぇ、本当よ。さて…処置に必要な物は…」

 私は、桐箪笥の観音扉を開き、2,3の器、水筒、薬研、そして包帯を取り出す。

「まずは…モツヤクの樹皮ね。」
「…? …何につか…うの…?」
「モツヤクって木の樹液には、有用な性質があってね。水に浸してから絞る…と…ほら。」

 私は、器に水筒の水を注ぎ入れて、モツヤクの樹皮をさっと浸す。水を吸った樹皮を取り出して、別の器の上で雑巾の様に絞る。すると白いドロっとした液体が染み出して、トロリ…トロリ…と器に落ちる。

「………どろどろ……」
「火で炙ればパキっと固まるから、固定するのに役に立つのよ」
「…なる…ほど……」
「次は…あったあった。ナメルコの干物。」

 続いて、黒く干からびた物体を取り出して、薄く切った後、薬研ですり潰して水に溶く。

「…まぁ…っく…ろ……。…これ…は?」
「これは…って近?!」

 超至近距離で黒い物体をじぃっと見つめる森人。私はド近眼の森人の頬を肘で押しのける。意外にも、その頬はぷにっとしていた。

「保湿の為よ。貴方の腕の切断面に塗るの。」
「…これ…を…?」
「貴方は植物に由来する生物?…のはずだからね。接合って言って、切断面を湿らせて接着しておけば、成長と共に自然にくっ付くのよ。人間とは違って、ね。」
「…ほ~………」
「…本当に痛くないのよね?」
「…ん。」

 森人はちょこんと首を傾げてから、ゆっくりと頷いた。

「…なら…いいか。腕、ほんの少しだけ斬るわよ?」
「…必要…なら……いい…」

 森人と目を合わせて頷く。私は呼吸を整えてから、切断された腕の少し内側を小刀で輪切りにした。…太い大根みたいな感触ね……

「此処からは早さが勝負…っ」

 すり潰したナメルコの干物を、切断面に贅沢に塗ってから、腕をくっ付ける。

「じっとしててね、あと少しだから」
「……」

 森人は自分の腕を、ぽけーっと見つめている。言いつけはしっかりと守ってくれるらしい。

「…モツヤクの樹液を垂らして…」
「でろー…んー……」
「…処置の実況を聞くのは初めてよ…」

 森人の実況をいなしつつ、私は火箸で焚火にくべられた薪をつまんで、処置箇所の近くに置いて、モツヤクの樹液に熱を加えた。

「……ぁ。…色が……かわ…った…?」
「そう。それが固まった合図ね」

 樹液が白から焦げ茶に変色を遂げる。私は薪を焚火へと放って、やっと一息つく事が出来た。

「ぉお……おぉ~………」

 治って嬉しいのか、森人は腕を上げて、回そうとしていた。…回す?!?!


「ちょ!何やってんのよ!添え木してあげるからっ!まだ動かしちゃっだめっ!」
「…まだ…な…の…?」
「ま!だ!よっ!!」

 森人が腕を派手に動かそうとした雰囲気を察し、上からガバっと覆いかぶさって何とか阻止する。

「はぁ…痛覚がないのも考えものね…。えっと…添え木は…太めの薪でいいか…」

 覆いかぶさりつつ、手を伸ばして薪を掴む。薪を患部に添えてから、包帯でぐるぐると巻き、首筋に掛ける。

「おぉ……回せ…ない……」
「当たり前でしょー!?くっつくまで安静!絶対!!」
「…ん。…分かっ…た…。…あり…がとう…」
「え?あ、うん。」

ーーーー
 パチッ…ぱきっ…。

 私は、薪の爆ぜる音を聞きながら、森人と共に落ち着いた時間を過ごしていた。

「………」
「…そんなに焚き火を眺めて楽しい?」
「……ん。」

 森人はこくりと頷く。

「…そりゃ森に住んでれば、火なんて使わないか…」
「…まさ…しく……」
「あ、そういえば名前とか、あるの?因みに私はスイよ、よろしく。」
「…な…まえ…?」
「そう、名前よ。」
「……?………?」

 森人は首を傾げている。

「ないってことね」
「…たぶ…ん…」
「まぁ…いいか……」
「…この…子の名前は…ちゅんすけ……」
「聞いてないわよっ!というかその小鳥、名前あったの??!なんて雑で安直な!」

 森人は頭上の小鳥を指さして紹介した。小鳥はパサッと翼を羽ばたかせて応える。…なんと器用な…

「…うん。腕は大丈夫そうね?」
「もん…だいない…すご…い…」
「そ。それは良かった。なら、私は行くわね」
「…?」

 出会いがあれば別れは必然。私は何時如何なる時でも旅立てる様に、最低限の人付き合いしかしてこなかった。今回もそれは同じこと。私はすっと立ち上がり、荷物を背負って、洞窟の外へ歩き出そうとした。

「……。」
「…え?」

 しかし今回はいつもと同じ様にはいかないらしい。私の服の裾を、森人がガシッと掴んでいた。

「お礼……して…ない…。」
「…いいわよ、そんな。第一、お金なんて払えないでしょ貴方」
「おか…ね?」
「あぁ…まぁ無理もないか…」

 私は手を額に当てて、ため息をついた。森人はというと、肘の固定具の匂いを嗅いでいた。

「…何してるの??」
「この…樹…知ってる……」
「…え?…本当?」
「ほし…い?」
「え?!欲しい!…けど…あるの?珍しいからあまり生えてないはずなんだけど…」
「場所…も…わかる…から…多分…」
「……それ…すごいことなんだけど…さらっと…。…分かったわ。それが報酬って事ね?」
「…ん。案内…してもらう…」
「貴方が案内するんじゃないの?」
「ん…。」

 森人は頷きを一つ返す。すたっと立ち上がり、洞窟の外へ歩き出す。

「あの…子は…えっと……」

 外に出ると、鬱蒼と茂る草木の前に座って、思い悩む素振りをした後、大きめの葉っぱを一枚むしり取った。

「…それ、どうするの?」
「呼ぶ…から待って…て。」
「…呼ぶ……?」

 私も森人の隣に座り、その時を待つ事にした。森人は小さく息を吸い込み、むしり取った葉っぱを口に添え、プーっと音を鳴らす。

「…草笛??」

 森人は葉っぱを土にそっと置いて、ぽやーんと空を見上げる。

「あ…来た……おー……いー……」

 私には何が来たのか一瞬分からなかった。が、瞬きを2回ほど繰り返すと、木の枝の上に小さなリスがいた。森人は無事な方の腕をゆったりとあげて、手招きをする。

「さ…さすが…森人……」
「よ…し…いい子……」

 小さなリスは森人の手に飛び乗り、固定具の匂いを嗅ぐ。

「わか…る…?」

 森人はリスに問いかける。リスは『任せとけー』とでも言う様に勢いよく頷き、木へと戻っていく。

「…あれ、大丈夫なの?」
「…ん。…しますけは…頭が…いいから…」
「…しますけって言うのね…。…確かに縞模様だけど……」
「ついて…きて…。こっち…みたい…。」
「え、うん」

 リスは、逐一私達を振り返りながら、木々を飛び跳ねて、奥へ奥へと向かっていく。

 私は、太陽の位置を確認して、大体の方角を掴んだ後、印を木々につけながら追いかけた。

 20分位歩いたかな…?リスは再び森人の手にぴゅんっと舞い戻り、ピッとある木をさし示した。

「あの木…だよ…ね?」
「……確かにあの木だわ…。本当だったとは…。」

 リスが森人の手のひらの上で、胸を張っている…様な気がした。

「あり…がと…しますけ……。お礼は…いつも…の…でいい…?」

 森人はリスに話しかける。リスのもさもさのしっぽがぐるりと1回転した。テンションが上がっているらしい。

「わかっ…た…」

 森人は髪の毛を一本ぷつんと抜くと、息を吸い込んでから口に咥えた。

「しますけ…が…好きな木の…実は……」

 右上の辺りで視線を泳がせ、少しだけ考える素振りをした。

「一体何が起こるというの……?」
「ふぅーー……」

 次の瞬間、森人は口をすぼめて息を吐く。咥えた髪の毛が息に乗って宙を舞ったかと思えば、むくっと膨らんで、木の実が出現した。

 シマリスは出現した木の実を、宙でキャッチし、即座に頬に入れ込んだ。

「えぇ!?そ、そんな!?」
「ん……?」
「な……御伽噺のまんまじゃない……」

 シマリスは、そのまま木に着地し、こちらを振り返って片手を上げる。

「じゃぁ…ね…」

 森人と頭上にいた小鳥は、シマリスに手と羽を振り返す。シマリスは膨らんだ頬を上下に揺らしながら、森へ消えて行った。

「物々交換で成り立ってるのね…。…じゃぁ私は採集するから」

 森人はこくりと頷いた。私は背負子を地に下ろして、桐箪笥から糸鋸と金属製のヘラを取り出した。

「ほー……」

 森人は、私の行動を至近距離で見つめていた。肘が当りそうで怖かった。

「…近くにいてもいいけれど…怪我しないでね?」
「ん…。空気…に…なる……。」
「そこまでしなくても…まぁいっか。」

 私はモツヤクの木に糸鋸を斜めに当てて、浅く刃を入れた。そして出来た切り込みにヘラを差し込んで、ぐっと力を込める。

「…よっ……ほっ……」
「ほーー………」

 ペリッベリリ…と小気味よい音が響き、樹皮が剥がれる。

「…これぐらいあれば当分は……よし…。」

 相変わらず至近距離で観察を続ける森人に気を付けつつ、桐箪笥の引き出しを開け、樹皮を収納する。

「ねぇ…どうしてそんなに距離感がおかしいの…。そんなに気になる…?」
「ん……。」

 森人はコクコクと頷く。

「…そ…。いずれにせよ助かったわ、素材の補充が出来て。」

 私は、道具を桐箪笥に格納して、荷物を背負う。

「それじゃ私は行くわね。ちゃんとくっつくまでは安静にしてるのよ、森人さん。」
「ん…。」

 森人はコクリと頷く。私は、一抹の寂しさを抱えつつも、括り付けた印に向かって歩みを進める。

「……印はー…」
「………」

 ぺたっ。ぺたっ。

「…そうそう、この枯れた不気味な木で曲がって……」
「………」

 ぱきっ。ぺたぺた。

 歩き出したはいいものの、私の耳には森人の足音がばっちり聞こえている。私は堪らず振り返る。森人は木に隠れてこちらを伺っていた。

「……ねぇ、貴方も同じ方向に用事があるの?」
「……」
「…はぁ……」

 私は、再度、印に向かって歩き出す。森人を撒く為に、不意に小走りを挟んだり、木陰に隠れたりもした。しかし、足音は依然として止まない。

「…ぜぇ…はぁ…意外と俊敏じゃないの…ぜぇ…」
「……」
「…ねぇちょっと!」

 私は意を決して振り返る。急の事で森人は木陰に隠れられず、いつの間にか採取したであろう木の枝で顔を隠した。

「それ…隠れているつもりなの…?」
「いき…なりは…聞いて…ない…」
「こっちだって後をつけられるだなんて聞いてないわよっ!」

 思わずツッコミを入れてしまった。頭隠して尻隠さず…殆ど隠せてないよそれ。

「貴方、まさか一緒に来るつもりじゃないでしょうね…?!」
「だ…め……?」
「駄目よ、ダメダメ。二人分の食料なんて無いんだから。」

 食料と聞いて、森人は首を傾げる。

「私自身で精一杯なんだから……って…ぇ??」

 目の前で不思議な事が立て続けに起きた。森人の手首の辺りから、新しい枝が生えたのだ。その枝はスクスクと伸び、先端に一つの大きな葉っぱが生える。

「ちょ…ナニソレ…」

 森人は手に生えた葉っぱを日傘の様に頭上に差すと、目を閉じて口をうっすらと開く。

「ん~……」

 森人はゆっくりと息を吐きだす。まるで、生き返るわぁ~…という表情をしている。お風呂にでも入ってる??

「貴方…主食はもしかして…光?」
「……ん。」
「…自給自足出来ちゃうの?」
「……ん。」
「た、食べ物だけじゃないっ!えっと…!」

 私は、森人が私と同行するのを諦める理由を探す。唸れ私の明晰な頭脳ッッ

「…ぁ!そうだ!」
「…?」
「そう、そうよ!植物の貴方にとって危険な場所にだって行くのよ?火山とか!氷雪地帯だったり!海とかもだ…め…」

 ぐぅ~…。私の腹の音が丁度良く響いてしまった。

「あぁ………そっか…今日まだ何も食べてなかった……。」
「……?」

 私は森人との距離を少し開けて、荷を下ろして、食べ物を取り出す。ぁ…備蓄が心許ない…。

「…早く人里に行って補充しないと駄目ね…。」

 森人は木の枝の隙間から私を見つめる。

「…何よ。ご飯はあげれないわよ?」
「ん~…? ん~……」

 森人は左上を眺めて、何かを考えた後、視線を戻して一つ頷いた。

「…な、何よ?」
「……。 ……んっ…」

 森人は、日傘のような葉っぱが生えた腕に力を籠める。すると、枝に一つの果実が生る。森人は果実をブラーンと垂らしながら、日傘ごと右手を差し出す。

「ん……。」
「……ぇ?」
「ん…。」

 森人は、私との距離をずいっと詰める。

「…食べろ、と?」
「…ん。」

 森人は頷く。

「…う~ん………」
「んっ」
「あぁー分かった分かったから!」

 私は森人の押しに負けて、小刀で果実を切り取り、シャクリと齧った。

「!? っ! …え!?これ…美味しい……!?」
「……もっと…いる?」
「…もっと…?!」
「…んっ」

 森人は再度腕に力を籠めると、先程生えた果実が、さらに2つ生えた。

「!!??」

 ボキッという音が聞こえた気がした。…きっと、私の心が折れた音だと思う。

「…たべ…ないの……?」
「…ぅ…うぅぅ……では失礼して………。…!…!!やっぱり美味しい…!?」
「………。」

 そして、貪るように果実を完食してしまった。私のお腹は想像以上に空いてたらしい。

「…果実、ありがとう…ね……」
「……ぜん…ぜん…いい。…すぐ…生やせる…から…」
「……そ、そう……」

 一人旅の気軽さが無くなってしまう事と食糧難が解決される事…そのどちらを選ぶべきなのか。

 私は心の中で、両者を天秤にかけた。その結果、物凄い勢いで食糧難解決の方に傾くのであった。

「……暇なら、ついてくれば?」
「…んっ」

 森人は一つ頷いて、薬師の後ろをポテポテと歩くのだった。

 2人はきっと、様々な場所に赴き、色々な体験を積み、人々を救って行くのだろう。

 だけど、それはまた別のお話、という事でーー……

短編小説、終わり

ーーー

スイさんの外見イメージの原案だけあるので載せておく侍。
服装とかのイメージは全く違いますが、
顔とか髪型のイメージはこんな感じです。
ツリ目で我が強そうな顔面してるんだ、きっと。
服装のイメージは、大原女でして、ポケモンアルセウスのショウちゃんみたいな感じ。いずれ描きたい。(イラストを描いたのが相当前なので画力がってなりますが、どうか目を瞑って頂きたく…!)
頭巾とか重い荷物持ってるのはそこモチーフだからですね。

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