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【法律】親の監督責任を理解するための外せないポイント(1)(暫定版)

■最高裁による逆転判決

昨日(平成27年4月9日),最高裁で,民事事件の逆転判決が出されました。

<最高裁・逆転判決>小学生が蹴ったボールで転倒し死亡――親の「賠償責任」認めず|弁護士ドットコムニュース
http://www.bengo4.com/topics/2936/

事件の概要は,小学生の子供がサッカーボールを蹴った結果,道路にボールが転がりだし,通行中の高齢者がそれを避けようとして転倒・負傷し,その後死亡したというものです。

そのため,高齢者のご遺族が原告となって,子供とそのご両親を被告として(※1),損害賠償請求(※2)を求めました。

そして,本件との関係で最も問題となった争点の1つは,ご両親が子供の監督義務を怠っていたのか(ご両親がちゃんと子供を監督していたと言えるか)という点でした。

※1 第1審の大阪地裁の判決文によれば,「サッカーボールを蹴った場所が小学校の校庭であったため、同小学校を設置・管理する今治市が、被告らに補助参加」していたとのこと。

※2 正確に言えば,子供及びご両親の計3名に対する民法709条に基づく損害賠償請求(主位的請求)と,ご両親に対する民法714条に基づく損害賠償請求(予備的請求)。


本件について,大阪地裁(※3)と大阪高裁(※4)は,ご両親に対し,民法714条に基づく責任を認めていました。

しかし,最高裁は大阪高裁の判断は認めることができないとして,大阪高裁の判決を破棄した上,ご遺族の請求を棄却しました。つまり,最高裁は,ご両親には法律上の責任はないと判断しました。

最高裁の判決文はこちら
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85032

拙稿は,今回の最高裁判決や,そもそもの法律の考え方について,簡単な解説を行うことを目的としています。

ちなみに,本件に関する大手新聞社の記事も,非常に大雑把な解説を行っていることが多く,誤解を招きやすそうな内容となっていますので,ご注意ください。

※3 大阪地判平成23年6月27日判時2123号61頁,田中敦裁判長。約1500万円の損害賠償責任を肯定。

※4 大阪高判平成24年6月7日判時2158号51頁,岩田好二裁判長。約1200万円の損害賠償責任を肯定。



■今回の判決は親の監督責任に関する一般論を新たに全面的に示したものではないと考えられます

まず,1つ目のポイントはこれです。

確かに,上述のとおり,最高裁はご両親の責任を否定し,民法714条に基づく損害賠償請求を棄却しました。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第714条
第1項 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
第2項 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

ですが,判決文からすると,今回の最高裁判決は,民法714条に関する一般的な法律解釈を新たに全面的に示したわけでない(いわゆる法理判例を全く新たに示したわけではない)と考えられます。

あくまで,最高裁は,《今回の事件に関する》判断を基本に据えた判決を示したと考えられます(※5)。

専門用語で言うと,今回の判決は場合判例,または事例判例(※6)と思われます。

ですから,今回の判決について真摯な解説や言及をするのであれば,事件の詳細な事実関係をできる限り前提にする必要があります。ところが,大手新聞社の記事は,この点を見落としがちです。


また,そもそも,本件では子供は事件当時11歳1ヶ月で,責任能力がなかったということが前提となっています。つまり,最高裁は,未成年全般を対象とした一般的な判断を示した訳でもありません。

専門的な話になりますが,責任能力の有無は,子供によってそれぞれ異なると伝統的に考えられていますので(※7),同じ11歳1ヶ月であったとしても,子供に責任能力が認められることはあります。子供に責任能力が認められた場合は,民法714条ではなく,端的に民法709条の問題になります。

この点については,気力・体力・時間があれば(笑),簡単に説明したいと思います。

ここまでの文章を書いただけで疲れてきました……(笑)。


※5 但し,判示部分のうち,「また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。」という部分は,身上監護義務懈怠に関する従来の通説や下級審裁判例の考え方を修正する(少なくとも修正を示唆する)という意味で,一般的な法律解釈を示したとも考えられます。とは言え,最高裁は,本件とは事案が異なるものの,木星の玩具の弓矢の射出行為という,本件より危険性の高い行為が問題となった最判昭和43年2月9日集民90号255頁等で監督責任を否定しており,元々,最高裁は今回の判決のような考え方を採っていたのではないかと解する余地もあるように思われます。

※6 学生さんに身近な文献で言えば,『法学教室』では次のように説明されています。
「場合判例  これは比較的少数であるが,判示事項に『……場合』と摘示され,法理が一定の場合(類型)に適用されるとしたものである。」
「事例判例  これは,具体的事実関係のもとにおける法理を明らかにしたものである。判示事項に『……とされた事例』と摘示されたり,判決要旨に『……の事情があるときは』『……の事実関係の下では』と摘示されたりしていることが多い」(土田文昭「判例」法教415号6頁〔2015年〕)。

※7 「未成年者の責任能力の有無は,当該具体的事件の個別事情を考慮しつつ(しかも,通説によれば,当該後者の具体的判断能力に即して)判断されなければならないから,一律の年齢ですべてを律することはできない。もっとも,小学校を卒業する12歳程度の知能が備わっているかどうかが一応の目安になるといわれている。」(潮見佳男『不法行為法1』〔信山社,第2版,2009年〕405頁)。


つづく……?

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