本当の国民皆歯科健診。
政府の骨太の方針に「国民皆歯科健診」が盛り込まれることが話題となっている。
この方針は日本歯科医師連盟が支援する自民党の山田宏参議院議員が中心である議員グループ「国民皆歯科健診実現議連」の働きかけによって動き出したものだ。
「高校まで義務付けている歯科健診を、年一回は全国民が受診すること」を目標としているようである。
国民の健康を守るために役立つとして好意的な受け止め方もある一方、歯科医師過剰問題を解決するための歯科医師側の都合ではないかという疑念も持たれているようである。
本記事ではこの「国民皆歯科健診」への期待と懸念を、いつもどおり忖度なく、私見を述べていきたい。
「健診」なのか? 「検診」なのか?
冒頭にリンクさせていただいたTBSのニュースでは「検診」となっているが、歯科医師連盟が作成するポスターでは「健診」となっている。
単に「検診」が誤植と思われるが、実は「健診」と「検診」では意味が異なる。おおまかにいえば、
ということだ。
そのためたとえば1歳半健診は乳幼児健康診査のひとつであり、様々な視点から健康状態を確認するためのものなので「健診」である。
学校健診も「健診」、妊産婦歯科健診も「健診」だ。
対して、現在市町村で行われている成人歯周病検診などは「検診」である。
日本の健診(検診)制度の概要は以下にまとめられている。
今回は「健診」が正式名称となると思われるが、歯科医師連盟のポスターには「歯科疾患の早期発見・早期治療」と記載されている。
本来であればそれは「検診」ではないかと考えられるが、妊産婦歯科健診と同様に、歯周疾患だけでなくう蝕や咬合などの複数の疾患の検査を行うという意味で「健診」なのかもしれない。実際に行うことは妊産婦歯科健診も成人歯周病検診もほとんど同じではあるのだが。
健診(検診)はスクリーニング
そのような言葉の意味も軽視してはいけないとは思うが、国民皆歯科健診と聞いてイメージすることはみなさんおおよそ同じではないかとは思う。
具体的な内容はまだこれから決められていく段階のようだが、報道によれば歯周病に関して唾液検査が検討されているようであることが目新しい。
健診にせよ検診にせよ、それは「スクリーニング」である。
「スクリーニング」とは日本語でいうところの「ふるい分け」であり、集団に対し検査を行い疾患の罹患あるいは発症が予測される対象者を選別することだ。
ここで重要なのはあくまでも"予測される"対象者であって、そこで確定するものではないということだ。
検査には「感度」と「特異度」がある。
感度は疾患がある者を陽性とする確率、特異度は疾患がない者を陰性とする確率で、感度が低いと見逃しが増え、特異度が低いと偽陽性が増える。
感度と特異度はある程度トレードオフの関係にあるので、感度が高くなれば特異度が低くなりやすく、偽陽性は増えやすい。
スクリーニングは疑わしい者を見つけ出すために行うので、感度が高い検査が適している。
そこで歯周病に関する唾液検査はというと、厚労省の研究事業によって感度と特異度が明らかにされている1)。
『国保特定健診における唾液検査システムを用いた歯科検診の有用性に関する検討(標準的な成人歯科健診プログラムとの比較および全身の健康状態との関連)』
これによると、
と記載されている。
おそらくは、歯科医師がこの健診に関わるとその人件費が最も大きなコストとなるため、安価で簡便な方法が模索されていると思われるが、このレベルの感度ではスクリーニングに適しているとは言えず、受診行動に結びつかなければ意味をなさない。
なお、この報告は「唾液検査は歯周病の診断精度は良好であり、検査結果と特定健診結果や医療費との間に関連が認められた」としているが、健診や検査の結果と医療費の相関は健診や検査のおかげでもたらされたものではないし、あまり客観的な内容とはいえない。
国民皆歯科健診の結果、起きうること
ここまで書いておいてではあるが、僕個人としては国民皆歯科健診そのものには賛成の立場である。
ただこの健診への取り組みにも懸念事項はあるし、よりよいものにしていくためにもっと議論がなされるべきだと考えている。
一番の懸念事項は、以前「削らないむし歯。」の記事でも書いたように、健診(検診)はスクリーニングであるため偽陽性をある程度許容することになるので、その先で歯科医院を受診した際に「健診ではむし歯と言われた」ということから過剰な切削介入へと結びつきやすくなることだ。
「過剰診断」の問題。
過剰診断の問題は、何もしなくてもその人は生涯困らなかったであろうものにまで介入してしまうことにある。
そこに無駄なコストが生まれるだけでなく、特にむし歯に関してはそこから二次的な疾患や問題が生まれてくる可能性が常に存在する。
健診の結果、医療費を削減するどころか増大させ、対象者を害する可能性もあるということだ。
少々大げさに聞こえるかもしれないが、このことは十分に議論し、注意する必要がある。
一般に、予防医療は医療費を抑制せず、むしろ増大させる。
詳しく知りたい方にはこちらの書籍をおすすめする。
予防医療を行うために、検査対象者が増え、人件費や材料費等がかかり、ときに過剰診断も起き、少なくとも一時的には医療費は増大する。
しかしコストはかかろうとも、人々の健康の増進は推しすすめる価値がある。
大事なのは、かかるコストを最小限にしながら、不要な介入を極力抑えて実践することなのだ。
事実、歯科医療従事者が切削介入の基準を改善することによりむし歯が減ったという調査も存在する2)。
国民皆歯科健診が真に人々のためになるものにするために、まず我々歯科医療従事者が、健診・検診とは何か、検査とは何か、診断とは何か。
そしてそれらをどのように判断して介入をするか、しないか、どんな介入を選択するのかを学びながら慎重に実践していく必要があるのだ。
1) 栗田浩,濃沼政美 国保特定健診における唾液検査システムを用いた歯科検診の有用性に関する検討(標準的な成人歯科健診プログラムとの比較および全身の健康状態との関連)2018年 厚生労働省
2) Fejerskov O, Escobar G, Jøssing M, Baelum V. A functional natural dentition for all--and for life? The oral healthcare system needs revision. J Oral Rehabil. 2013 Sep;40(9):707-22. doi: 10.1111/joor.12082. Epub 2013 Jul 16. PMID: 23855597.