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持ち込みゆで卵とラップご飯

月に1、2回、ドーナツのフランチャイジーに行く。

この日も開店7時に並ぶ。いつもコーヒーだけ頼む常連のロングヘア姉さんが先頭にいて、その次に初めて見るベンチコートのおじさんが1人、僕は3番目。

姉さんもおじさんも、コーヒーだけを頼んだ。ドーナツのフランチャイジーなんだから、せめて1個は頼んであげようよ、といつも思う。
姉さんはパールレッドのノートパソコンを開き、早速チャカチャカとお仕事に取りかかっている。
僕は突き当たりの席に座り、おじさんはさらに右奥のレジの店員さんから見えない席に座った。

ふとおじさんを見ると、なにやらコソコソと鞄の中をあさっている。コソコソしてる人って、「誰にもバレないように」というコソコソオーラを周囲に振りまいているから、逆に人目を引く。結果、目立つ。

おじさんは物音を立てないように用心深く、卓上用の塩を取り出しテーブルに置いた。んっ、塩? その後に、ゆで卵がひとつ。……だから塩か! そして、ラップでくるんだご飯。ゆで卵ご飯定食(コーヒー付)の完成だ〜。

フランチャイジーで持ち込み朝ご飯。そんなこと、高校生でもやらんぞ。
「店員さん、おじさんが持ち込みしてます!」と言ってやろうかと思ったが、やめた。彼の姿を見ているのは僕だけだし、人に迷惑をかけているわけでもなく、不快にさせているわけでもない。このとき僕の中では、不快な気持ちより行動観察への欲求の方が強くなっていたのだ。

おじさんは沈黙しながら、最低限の動作で食べている。不思議なことにゆで卵の殻をむく音がしない。事前にむいてきたのだろうか? 用意周到。

おじさんがコーヒーのおかわりをもらいに行った時、彼をちらりと見た。年齢は僕よりも上、50代後半。だらしなく伸びた髪と無精髭、くたびれたベンチコート、お困りごとでもありそうな険しい顔。コーヒーカップを片手にとぼとぼと席に戻る姿は、配給を受けている人にも見える。この人は、働いていないのかもしれない。

ゆで卵とラップご飯というメニューからして、彼が自分で作ったものだと推測する。
もしかしたら、最近、仕事を失ったものの妻には言うことができず、いつも通りに家を出て、ハローワークの営業時間になるまで時間をつぶしているのかもしれない。だとすれば、ゆで卵とラップご飯を準備している時点で、妻に何か疑われてしまう。失職案は無いか。
または、熟年離婚を言い渡され家を追い出され、50過ぎにして初めての一人暮らし。途方に暮れた日々を過ごしているのかもしれない。

朝食を食べ終えたおじさんは、卓上の塩やラップなどのゴミを鞄に戻している。ああ、そういうところはちゃんとしているのね。

僕の中で、ほんの少しだけ同情心が芽生えてきた。

ほどなくして、おじさんはスマホを取り出す。やがて雑音が聴こえてきた。バラエティの切り抜き動画でも見ているのだろう。スマホから響くノイズ交じりの笑い声が、僕の同情心を一瞬で吹き飛ばした。

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