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#3 キリがない。
おはようございます。ショーです。
今回は、朝の大体の感じをYouTubeで流した。
基本的には朝起きて、体温・心拍数・体重など測って、窓をあけ、食器を洗ったり、ストレッチして、シャワー浴びて、冷水シャワー浴びて、保湿クリーム塗って、着替えて家出て、散歩しながら、瞑想もしたりして…。
冷水シャワー、瞑想、日差しを浴びに散歩に行くのは健康を意識してやっている。
とりあえず、色々と朝にやりたいというか充実させたいというか。
でも、実はこの日は7時くらいから隣家で行われている改修作業によって起こされてた。
ここ何ヶ月もそんな感じで、正直腹立たしいというか…常識的に考えれば朝の7時は誰も起きてないし、なぜそんな時間からドリルで作業をするのか。
でも、一歩引いてみて、向こう側の立場に立ってみると、おそらく工事する側も色々な思考プロセスを経て、「何時ごろが一番良いのか」を考えた結果、あの時間になったのだと思う。思いたい。
結局どの時間帯も迷惑を被る人はいて、考えても考えても「キリがない」という結論に至り、自分たちが一番都合の良い時間で行うのがベストだと考えた可能性がある(というよりそういう考えであって欲しい)。
自己中心的に思える考えも、色々な見方をしてみると、そうでもない可能性が出てくる。
「当たり前を疑ってみる」という人類学的思考はすごく大事で、この思考が僕自身のアイデンティティーを作りあげていると強く感じる。
この、「キリのなさ」、これを理解するのは難しいのかなと思う。
全ての事柄に置いて、良い悪いで判断するのは違っていると思っていて、この件もそうだが、ヨーロッパの人、今回で言えばベルギーでは、(少し誇張して言うと)どこか
「何やられても許すから、俺が何をやっても許してね」
とか
「私も歌うし踊るから、みんなも公共の場で歌って、騒いで、踊ろうよ」
と言う精神があるような気がしていて、
逆に日本では
「私はこれされたら迷惑だからあなたにもやらないし、あなたも私と同じように迷惑をかけないでね」
と言うような精神で成り立っている気がする。
もちろん、少し誇張していますし、「一概」に言えることではないかもしれないですが、そんな感覚を得ている。
そんなことを考える朝だった。
(上記の例では、距離感などを表現するために人称などを変えたりしています…。)
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