生きる豊かさの新概念GDWをよろしくね!
ブータンを起源とする国際幸福デー(3月20日)を受けて、福井新聞さんにご取材いただきました。福井新聞さんには記事毎にいつも大きな宿題とエールを頂いている気持ちです。ありがとうございます!今回は、研究生活で注目してきた”GDW”について。量的な経済指標であるGDP(Gross Domestic Product / 国内総生産)の「P」を、Well-being(ウェルビーイング)の頭文字「W」へと質的転換し産声をあげたのが、”GDW”(Gross Domestic Well-being / 国内総充実)。取材を通じて自分の中に感じた現在進行中のラフスケッチを残しておこうとおもいます。結論は、これからGDWをよろしくお願いします!です。
国際的な潮流としてのウェルビーイング
国際的な動きとして、国連やOECDを中心に、GDP等のこれまでの経済指標では捉えきれない人々の幸福・満足度や地域の豊かさを正しく捉えて、国や地域の経済社会の進む道を模索する取組が盛んに行われている。その活動の大黒柱になるのが、”ウェルビーイング”の測定だ。
ウェルビーイングとは、語源はイタリア語のbenessere(ベネッセレ)となり、「よく在る」という意味。Well-beingの記載のとおり、よい(well)状態(being)を指し示し、人の幸福、健康、福祉なども包含する広範な概念。私は、ウェルビーイングとは、”生きる豊かさ”であると捉えている。
この一人ひとりのウェルビーイングを把握測定し、その結果に基づいて国づくり・地域づくりの政策やプロジェクトに活かしていくことが世界中で進められている。経済社会発展アプローチにおけるウェルビーイングの主流化である。
日本的価値観からの新しい国際提案
しかしながら、現状では、国際標準となるウェルビーイングの測定方法は、西洋の価値観に基づいて設計されており、必ずしも日本をはじめとするその他多くの地域で歓迎される方法とは言えない。公共政策や政策科学において、測定と評価や改善を繰り返すことにより、良き政策を策定していく必要があるが、そもそも人々のウェルビーイングをしっかりと測定できているのか、という視点からはじめる必要がある。
現在の国際基準のウェルビーイングや幸福度の測定方法は、”キャントリルの階梯”と呼ばれる方法を主に採用している。人生をハシゴと見立て、0段目はあなたにとって「最低の生活」、10段目はあなたにとって「最高の生活」。あなたの生活は今、ハシゴのどの段階にいるか?と尋ねる有名な方法だ。例えば、国連機関が実施している世界幸福度調査(World Happiness Report)の世界順位も、この測定方法の結果に基づき公表されている。2020年の結果では、日本は153国中62位と低迷し、北欧諸国が上位を占めている。当然ながら上位国の常連である北欧諸国から学ぶことは多く、また日本は「寛容度」や「人生における選択の自由度」など、改善しなくてはいけない課題があることに論を待たないが、人生をハシゴと見立て、上にあがればあがるほどウェルビーイングや幸福度が高いという考え方・測定方法は文化的に日本に必ずしも当てはまらないことを理解する必要がある。
そこで、日本の公益財団法⼈であるWell-being for Planet Earthを中心に、西洋の価値観だけでなく日本をはじめとする多様な地域の価値観も尊重し、新しい国際基準となるウェルビーイングの測定方法の検討が進んでいる。世界中の研究者が集い様々なテーマでの議論が続いているが、一番注目したいのが、人生の調和・ハーモニーやバランスがとれているという幸福感を測定することへの挑戦だ。現在のウェルビーイング測定の国際標準をハシゴ型と捉えるのであれば、振り子型の調和やバランスを重視した測定方法と言える。
「W」による経済社会発展アプローチの変化
このような日本的価値観を反映したウェルビーイング測定方法の発想や挑戦の延長線上に、GDWという新たな概念・指標がある。それでは、ウェルビーイングを測定するGDWという新しい概念・指標は、どのような変化を生みうるのであろうか。また、どのような変化の中にGDWは位置づけられるものなのか。私の見立てのラフスケッチを一度記しておきたい。
目標と価値基準(Goal and Value)
GDPを志向する世界の価値観とは”成長と拡大”であっただろう。それが”多様性と調和”の価値観へと移行していく。1964年の東京オリンピックが前者を、2020年の東京オリンピックが後者を目指したように。それでは、多様性と調和な社会とはどういった状態であるのか。多様性とは「一人ひとりの固有の尊厳が守られ、一人ひとりの多彩な可能性が育まれること」、そして、調和とは「それらが響き合うこと」。言うは易く行うは難しであるが、これが望むに値する社会の未来と私は考える。
昨今、多様性の議論の時によく目にするのは”Diversity&Inclusion”という標語。私は”Diversity&Harmony”がいいなといつもおもう。Inclusion/包摂はどうしても、国家や地域や企業が包摂しなければならないというような、主語が大きくなるニュアンスを私はもってしまう。また、多様性の数は人の数だけ、いや一人の人間の中にも複数存在するであろうし、包摂しなければならないという姿勢でそれを実現することは難しいのではないか、と思う。一人ひとりの多様性が響き合い、音が共鳴し拡がっていくが如く、Harmonyのイメージで捉えたい。
”多様性と調和 / Diversity&Harmony” が一つの世界観となるとき、目標は量的尺度であるGDPから、質的尺度であるGDWへと自然と移行する。
主語と構造(Subject and Structure)
GDWが生活の質を重視するとき、生活の主語は同然ながら、私たち生活者である。経済社会発展/ Socioeconomic Developmentの歴史を振り返ると、Developmentの主語は、いつも国だった。そして、戦後の歴史においてDevelopmentは他動詞として活躍した。「A develop B = 既存の物差しで優れていると評価されるA国/地域が、既存の物差しで劣っていると評価されるB国/地域を開発する」といったように。しかし、developの日本語となる開発は、もともと仏教の言葉で”かいほつ”と呼ぶ。自分の中にあるものを見つめるというものであり、自己発展といった自動詞的な意味である。私たちが生活の質を重視するとき、主語は一人ひとりの主体的な生活者に、そして、一番近くにある地方自治体がパートナーとなる。中央集権から地方分権への構造変化とともに、生活者と自治体の信頼なるパートナーシップがGDWを駆動する。
ニーズと資源(Needs and Resource)
" 経済発展の対象は人間であって、モノではない” ー 南米チリの経済学者マンフレッド・マックス・ニーフ ー
「開発 / 発展の対象は人間であって、モノではない。」異端の経済学者とも呼ばれたマックス・ニーフの残した言葉を継がせてもらうと、マーケットニーズ(市場ニーズ)を満たすのではなく、人間の根元的ニーズを充たすことこそが、開発 / 発展のあり方に求められる。マックス・ニーフは、貧困とは 、人間の根源的ニーズが長期的に充たされないことと定義し、その基本的ニーズを「愛情」「生存」「保護」「理解」「参加」「怠惰」「創造」「アイデンティティ」「自由」の9つとした。ウェルビーイングが測定する世界というのはこの深さとなる。そして、市場ニーズから人間の根元的ニーズへと視点の転換が生まれる。
また、資源の捉え方にも変化が起きる。市場ニーズを満たすために資源を地域外から持ってくるという外発的な発想から、地域毎にある固有の地域資源を如何に活用し、突き詰めれば、その地域の人の想いと行動こそが最大の地域資源であると、内発的な発想へとGDWは誘う。
時間軸と関係者(Timeframe and Stakeholder)
国際NGOオックスファムの2020年の調査報告「世界の富豪2153人は人口の60%を占める46億人よりも多くの資産を有している」が指し示すように富の寡占が問題となり、「富める者が富めば、自然と貧しき者にも富が行き渡る」と仮定したトリクルダウンの経済理論は明らかな行き詰まりをみせている。短期かつ特定関係者のみに利益を生み出す目線から、将来世代を含めた長期の視点で多様な弱さを持つ人々とともにつくっていく、という姿勢が欠かせない。GDWは、SDGsの基本理念となる「No one left behind / 誰ひとり取り残さない」と符号する。
地域社会の”生きる豊かさ”を照らし創造する道具に
これまでGDWが起こしうる変化について触れてきたが、最後に、私の主語に戻り、これからぜひ進めていきたいことを一つ。福井県内の自治体の皆さんともぜひ連携させてもらい、地域のGDWのアプローチを前に進めていきたい。地方自治体の目的・役割は、地方自治法の第一条に記載の通り「住民の福祉の増進」。その中枢にある”福祉”を現代的に再定義し、最低限の生活の保障から、尊厳と可能性が育まれ響き合う”生きる豊かさ”の創造へと思い切って拡張したい。その時に、GDWという新しい概念・指標は、”生きる豊かさ”を照らし、ともにつくっていく心強い道具ときっとなってくれるはずだ。
結論は、これからGDWをよろしくお願いします!です。
以上
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