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【題未定】彼岸花の赤:毒と伝承に彩られた秋の花【エッセイ】
昔からではあるが、植物が好きではない。正確に言えば花や樹木を眺めることは決して嫌いではないし、そうした場所へ出かけることもあった。遠くから眺めているだけ、近づいて観察する程度であれば全く問題ない。では何が苦手化というと、草や虫、そして土いじりである。
個人的な事情になるが、私は肌があまり強い方ではないため、草むらに肌を露出した状態で入ればたちまちかぶれてしまう。虫刺されは悪化し、しかも無意識に掻きむしってしまうようで、かさぶたができることもしばしばだ。土をいじっても同じで、手を洗った後もしばらくは痒みが治まらない、という具合だ。
写真を始めた現在、そうした花や景色を写真に撮ることは趣味の一部と化したし、春は桜、秋は紅葉のように出かける機会も増えた。土いじりは相変わらず苦手だが、花や植物に関しては以前よりもその自然美を堪能できるようになったように感じる。
この秋の季節、最も目を奪われるのが彼岸花である。育った場所の近くには田畑と用水路が多く存在していたため、小さいころから目にしてきた花であり非常になじみ深くもあり、あの赤い色にはいまだに目を奪われてしまう。
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彼岸花は学術名をLycoris radiata(リコリス ラジアータ)といい、ヒガンバナ属の多年草である。別名は曼珠沙華(マンジュシャゲ)。原産地は中国大陸であり、現在は日本全国に分布している。秋の彼岸(9月)の頃に赤い花を咲かせることからヒガンバナという名称で呼ばれている。地下の球根に強い毒性をもつが、かつては救荒作物としてデンプンを毒抜きして食べていたようだ。
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その有毒性から害獣除けに使われたが当然人体にも有毒である。アルカロイドを含み経口摂取するとよだれや吐き気、激しい下痢と腹痛を起こす。重症の中毒の場合には中枢神経の麻痺から死に至る場合もあるという。
彼岸花にはいくつもの逸話、言い伝えが存在する。釈迦の説法中に落ちてきたことから天井の花と呼ばれたり、墓地などに生えたコントラストから「死人花」、「地獄花」、「疫病花」、赤い色が火を連想させたことから「火つけ花」、「家焼花」とも呼ばれる。
また農村部ではこの花の時期に若い女性にヒガンバナを食べさせ、堕胎を促したといった伝承も存在する。収穫時期の人手不足を補う目的もあったのだろう。今では到底考えられないが、命の価値が低い時代においてはあり得ない話ではないだろう。
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彼岸花の名所
九州各地にも彼岸花の名所が存在する。私の住む熊本近辺で最も身近なのは菊鹿町の「番所の棚田」だろう。それ以外では佐賀の「江里山の棚田」が有名だそうだ。どちらも棚田の緑に彼岸花の赤がくっきりと映えて何とも美しい景色になっている。ぜひとも一度は訪れたいと考えている。
しかしその一方で、こうした景色はもの悲しさに欠けるのも事実だ。いくつもの逸話や背景を抱える花であるからこそ、寂しい景色の中に咲く姿が魅力的であるようにも感じる。
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車での移動中についついカメラを持ち出して、撮影してしまうのはそうしたこのヒガンバナのもの悲しい空気感によるものなのかもしれない。