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学習塾における「定期試験の過去問利用」の雑感
主に中学生向けの学習塾において「定期試験の過去問利用」がなされている、ということは昔から知られています。
今回はこの件に関しての雑感をまとめたいと思います。
法律的な問題
まず、議論になるのはテストが著作物であるか、ということです。
著作権上、「試験」と呼ばれるもののうち、入学試験や入社試験、資格や検定など人の将来を左右する可能性のある試験は秘匿性が高いとして事前に著作権者の承諾を得ずに利用出来る、という例外規定が設けられています。
しかし、学校内の定期試験はこれには該当しない、と考えられるためそれを利用する場合、著作者の承諾を得る必要があります。
ただ、定期試験の場合は個人の著作物ではなく、職務著作であると考えられるためその著作権は学校に帰属します。
したがって、承諾を得る場合は個人の教員ではなく、学校や法人、その代表者を対象とすることになるでしょう。
どちらにしても、塾が学校の定期試験をコピー、配布して試験対策を行う場合は複製権の侵害となり、差止請求や損害賠償請求、不当利得返還請求を学校から受ける可能性があります。
ところが、定期試験の過去問を生徒から見せてもらい、内容を分析した上で試験の対策を行うことは法律上問題ありません。
つまり、学習塾が学校の定期試験対策を売りにする場合でも、コピーの配布をせずに、オリジナルの教材を過去問をもとに作成すれば十分実施は可能ということになります。
なぜ過去問利用が横行するのか
中学生向けの学習塾は公立高校の合格を目標としているところがほとんどです。
そしてほとんどの自治体の公立高校受験は内申点によって合否が大きく左右されます。
つまり、学習塾は入試対策の授業や学習管理と並行して、学校の内申点の向上を求められることになります。
また、高校受験塾の多くは地元密着型の場所がほとんどで、所在地の中学校の校区内の生徒が主な顧客層になります。
保護者に対して塾の魅力をアピールする際に、学校の定期試験のサポートがいかに充実しているかという点は強い訴求力を持つことになります。
おそらく多くの塾の関係者は、こうした過去問の複製や内申点稼ぎを行いたいと思っているわかではないと思います。
しかし、地域密着型のビジネスモデルを前提とする状況では背に腹は代えられないのでしょう。
過去問コピーで教員が困るのはなぜか
過去問のコピー配布は違法行為ではありますが、そもそもどうして中学校側や教員はそのことに対して不満や不快感を感じているのでしょうか。
この理由は明らかで、過去問とほとんど同じ試験を利用して成績を評価しているからです。
つまり、この点を克服できれば実際には実害は無く、教員が困ることはないはずです。(個人的な不快感は別として)
ではどうして同じような問題を毎年作っているのでしょうか。
それには以下の2点が原因として考えられます。
中学校教員の多忙(多忙感)による問題
中学校の教科内容の問題
1に関しては、採用試験の倍率低下や部活動の問題からも近年は顕在化してきました。本来は最も集中しなければならない授業や試験に関して時間を割けていないということが原因となっています。
2に関しては、中学校の学習内容が少ないため、問題として出題できる内容が似通ってしまう、ということが考えられます。
中学校は義務教育であり、その内容や分量は高校と比較するとかなり制限されたものとなっています。そのため、同時期に行う試験では範囲が毎年重なり、しかも重要な問題は同じものになる、という状況を避けることが難しくなります。
私は高校で授業をしているため、上記の2点に関して中学校ほどはの厳しい状況ではなく、試験も毎年一から作っています。
そのため、仮に近隣の学習塾がコピーを配布していても特に問題とは感じていない(法的の有無は別として)のですが、中学校においては塾に通っているか、あるいはどの塾に通うかで不公平になることもあるため、問題となっているのでしょう。
学校側から解決策を模索する
こうした過去問のコピーを配布する塾に対して、敵対的に法的手段や差し止め、補償金など求めることは違法な行為ではもちろんありません。
しかし、同じ地域に所在する業者であり、生徒をサポートする職業同士でいがみ合っても決して良いことはないでしょう。
塾側としても、保護者のニーズに押されて止む無くやっていることがほとんどです。
そうであれば学校からもこれ以外の解決のアプローチを考えてもよいのではないでしょうか。
まずは教員の多忙の改善です。
これに関しては現場の教員からは部活動の外部化や、それ以外の働き方改革により少しずつ進むことを期待するだけでなく、教員自身が自分の仕事が授業であり教科の免許であることを再定義することも必要でしょう。
また学校側から過去問や試験の予想問題を配布するなど、定期試験を学習評価の材料としてだけ捉えるのではなく、学力向上の材料として活用することです。
同じ生徒に関わる教育関係者である以上、いがみ合うのではなく協力していく方がより高い教育効果を得られるはずです。
社会で求められる能力と入試学力の幅が広がり、学校だけでの対応が難しくなってきています。学校と学習塾でWIN‐WINの関係を構築することが必要なのではないでしょうか。