称名寺から旧伊藤博文金沢別邸へ(その2)
「ヨコハマ」といえば横浜駅周辺の商業地区やみなとみらい・中華街などに代表されるおしゃれで近代的な街を思い起こす方も多いかもしれません。
そんな横浜でも、南部に位置する金沢区は気候は温暖で豊かな自然と歴史に恵まれた地区です。
金沢北条氏ゆかりの称名寺から伊藤博文金沢別邸へ足を延ばしました。2023年5月
※この記事は前回の続きです。前編をお読みでない方は下記のリンクからどうぞ。
■このnoteを書いている人:かまふち管理人"sho"
日本の歴史・文化・自然・世界遺産、国宝、(続)100名城、日本遺産、建築、町並み、旧街道、映画、日本酒、折り畳み自転車などに興味があります。京都/奈良/横浜/鎌倉/江の島などなど…。
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■赤門通りを歩きます
称名寺の赤門を出たら、赤門通りを道なりに歩きます。ここは古くからある通りで、薬王寺、天然寺などの寺院や、道端には石造物の姿も見られます。
金沢文庫駅方面からの道と合流すると、そこは「歴史の道」。その先に龍華寺というお寺があります。
■見どころ多い龍華寺
せっかくここまで来たので龍華寺に立ち寄ることにします。
境内に入るとすぐに大黒天の像があります。この大黒天は金澤八景七福神の一つとなっています。
本堂を背に鐘楼があります。
梵鐘は神奈川県の文化財に指定されいることから、鐘楼ではなく保存用の小さな建物に保管されています。
龍華寺の公式サイトによると、龍華寺の期限は源頼朝が六浦の山中に建立した浄願寺で、1499年に融弁上人によって現在の地にあった光徳寺と併合され、移築されたという由緒ある寺院です。
境内には「光明の松」や「御室桜」などの名木もあります。
境内にはボタン園などもあり、花の寺としても知られています。
■知足山龍華寺 真言宗御室派 公式サイト
■道すがら
暫く歩くと道端にうなぎの店「鰻松」があります。店頭のウナギの彫物が印象的です。
洲崎町の交差点には「日本憲法草創之碑」があります。ここはもともと旅館の東屋があったところ。
この旅館で1887年(明治20年)、伊藤博文、伊東巳代治、金子堅太郎、井上毅らが明治憲法のため草案を書いたところとされています。
この道沿いには中世から現在までの歴史を感じさせる神社仏閣・遺跡などが数多くあります。
■旧伊藤博文金沢別邸
旧伊藤博文金沢別邸は、1898年(明治31年)に初代内閣総理大臣である伊藤博文により建てられた別荘建築です。
上の写真は正面入り口ではなく「居間棟」側の入り口となります。
居間棟の先には客間棟が見えています。
旧伊藤博文別邸からは、八景島シーパラダイスも見渡せます。この後正面入り口に回り建物内に入ります。
正面玄関から中に入るとまずは長い廊下があります。
その先の右手には広い調理場があります。一度に何人分の食事が作れたのでしょうか。
昔のトイレもありますが、現在は使用禁止です。
二間続きの「晴嵐の間(せいらんのま)」と「帰帆の間(きはんのま)」には、時節柄鎧兜と菖蒲が飾られていました。
■ショート動画(最後の音はガラス戸に衝突した際のものです)
この日は明治憲法草案(複製)も展示されていました。
もう一度外に出て客間の外観を撮影しました。
■最後に
旧伊藤博文金沢別邸は、明治憲法の草案の舞台ともなった、当時の別荘地の数少ない貴重な建築遺構です。
横浜市金沢区は歴史と文化に恵まれ、旧伊藤博文金沢別邸のある野島公園は、バーベキュー施設や展望台などもあり、家族連れなどで賑わっています。
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