日本遺産 塩竃散策から白石へ(その2)
諸国一の宮のひとつであり古くから塩竃の人たちのあつい信仰を集める鹽竈(しおがま)神社は、2016年に日本遺産「政宗が育んだ”伊達”な文化」の構成資産に指定されています。
今回は、鹽竈神社を中心に塩竃の町を散策するとともに、同じく日本遺産に指定されている国宝大崎八幡宮、そして、電車を乗り継ぎ、続日本100名城の白石城まで足を伸ばしました。2020年11月
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おやちょう
日本の歴史・文化・自然・世界遺産、国宝、(続)100名城、日本遺産、建築、町並み、旧街道、映画、日本酒などに興味があります。京都/奈良/横浜/鎌倉/江の島などなど…。
■紅葉真っ盛りの鹽竈神社
鹽竈神社にある14棟の重要文化財建築物を写真に収め終え、本塩釜駅に戻ります。
鹽竈神社の隣りにある志波彦神社に立ち寄ります。本来は「志波彦神社・鹽竈神社」で同一法人のようですが、志波彦神社は先ほど見てきた鹽竈神社とよく似た印象を受けました。
志波彦神社を出ると、御神苑があります。この御神苑は遠く松島湾を望む池泉回遊式庭園であり、紅葉と相まって目の前に絶景が広がります。ここから緩やかに坂道を下って行きます。
七曲坂の入口付近も紅葉が見事です。この坂道は、神社の参道の中で最も古いもので、登り口には藩政時代からの道標があるそうですが、今回は時間の都合で七曲坂へは行かずに「裏坂」を下って行きます。
左手に鹽竈神社博物館を見ながらゆるゆると裏坂を下ります。紅葉真っ盛りのため、まるで紅葉のトンネルの中を歩いているような感じがします。
時間がないので博物館には立ち寄らなかったのですが、後で調べてみると重要文化財の刀剣なども所蔵しており、公開されていたなら見ておくべきだったと反省しました。
■レトロな建物とお昼の海鮮丼
裏坂の途中にある旧亀井邸に立ち寄ります。ここは、亀井商店(現カメイ株式会社)の初代社長である亀井文平(かめい ぶんぺい)が、大正13年(1924)に建てた家です。
伝統的な和館(日本建築)に洋館(西洋建築)を取り入れた「和洋併置式住宅」という建築様式とのことですが、建物の立地上、外観を見ることはできません。建物内部をひととおり見学して外に出ます。
暫く坂道を下り、やがて平地に到着します。坂道の終点には「芭蕉止宿の地の碑」があります。この付近に松尾芭蕉と弟子の曽良が泊まった「治兵」があったとのことです。
平地に降りたら、来るときに歩いた鹽竈海道を横断し、本町通りに入ります。
御釜神社は鹽竈神社の末社で、7月4日から6日に渡り古代の製塩法を今に伝える「藻塩焼神事」が行われます。「塩竃」の地名の由来とされる神釜と呼ばれる四口の鉄製の釜が祭られているとのことですが、事前に情報を入手していなかったため、少し立ち寄っただけで見学することなく神社の写真すら撮りませんでした。
御釜神社の正面向かい側には、明治初期建造の旅籠建築である「まちかど博物館」(旧ゑびや旅館)があります。
この本町通りは、沿道に神社や商店、古い建物が並び、なかなか良い雰囲気の通りですが、写真のとおり電柱と電線がせっかくの景観を邪魔しているように思います。電線の地中化を進めるともっと魅力的な通りになるのではないかと感じました。
本町通りを本塩釜駅方面に向かって歩くと、左手に浦霞の醸造元である株式会社佐浦の建物と酒ギャラリーが見えてきました。日本酒好きの私としては見逃すわけには行きません。店内に入ると意外と混雑していて、時間がない私は結局何も買わずに店を後にしました。
さて、そろそろお昼の時間となってきました。塩竃といえば漁港から水揚げされる豊かな海産物に恵まれ、寿司の町としても知られています。
どこのお店で食べようかと迷っていたところ、「特選海鮮丼」の文字につられて、仙石線ガード近くの店に入りました。お酒はもちろん浦霞。新鮮な魚に舌鼓をうち、満足してお店を出ました。
塩釜漁港で水揚げされるメバチマグロのうち、厳しい条件をクリアしたものを「三陸塩竃ひがしもの」という名のブランドマグロとして売り出しています。私はてっきりこのお店が「ひがしもの」という名前なのかと勘違いしてしまいました。今回も事前に調査しなかったためにブランドマグロを口にすることもないまま店を後にしました。
■最後の目的地 白石城へ
本塩釜駅から仙石線に乗って仙台駅で下車し、土産物などを買いながら東北線の電車を待ちます。
次なる目的地は、続日本100名城に指定されている白石城。間もなく到着した福島駅行きの電車に乗ります。しかし、電車が走るうちにやがて雨が降ってきました。午前中は雨が上がって良い天気になったのに、今度は逆戻りの天気です。
白石駅で電車を降りてこれから白石城に向かって歩きます。幸い、電車に乗っている間に降っていた雨はいつの間にか止んでいます。
本塩釜駅前の郵便ポストの上にはマグロが載っていましたが、ここ白石駅では地域の象徴である白石城が郵便ポストの上に鎮座しています。
白石城に向かって歩いていると、右手に壽丸屋敷という建物がありました。興味をそそられる外観ですが、立ち寄らずに先に進みます。
自宅に帰ってから調べてみると、ここにある建物は登録有形文化財に指定されているようで、一年を通じてさまざまな催しが行われているとのことです。
市役所脇の道を進むと白石城に向かう坂道が見えます。ここを歩くと正面に白石城歴史探訪ミュージアムがありますが、ここも立ち寄らすに進みます。やがて左手に白石城三階櫓が見えてきました。
大手二門をくぐって本丸に入り、ぐるりと右に回りこんで三階櫓に進みます。途中には井戸なども残されています。
白石城は、白石市の中心部にあった平山城で、この大手二門と三階櫓は、発掘調査を行った上で最晩年の構造により平成7年(1995年)に再建されたものです。ぽつんと一本立っている「東北」と書かれたのぼりから、何かしら強い主張が感じられます。
三階櫓内部からは、本丸や白石の町が見下ろせます。春にはサクラが咲いてさぞ美しい眺めとなるでしょう。続100名城スタンプを押して、三階櫓から外に出ます。
■最後に
この日はもともと新潟県の村上城と新発田城に行くつもりで、新幹線の指定席も予約していましたが、当日は雨ということで、急きょ出発前に東京駅の窓口で仙台行の新幹線に変更しました。仙台は雨上がりの良い天気。ただし、大崎八幡宮は国宝の社殿の前に棚のようなものが出来ていたのが大変残念です。
塩竃は以前から行きたいと思っていたところで、レトロな建物も多く町もきれいで、思い切って来てよかったと思います。ただし、このきれいな町並みも津波の被害の復興によるものかもしれないと思うと、少々複雑な気持ちになりました。
白石城の近くには武家屋敷もあるとのことですが、すでに午後4時近くになっていたため、残念ながら立ち寄らずに帰ることにしました。白石駅から福島駅行の在来線に乗り、福島駅から新幹線で岐路に着きました。