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『存在のすべてを』 -塩田 武士- を読んで

あらすじ
1991年、平成3年に発生した二児同時誘拐事件。

事件は時効を迎えたが、その真実は闇に包まれたまま残されていた。

30年後、かつてこの事件を取材していた新聞記者・門田は、旧知の刑事の死をきっかけに再び事件の調査に乗り出す。

誘拐された男児・亮の「今」を追いかける中で、門田はある写実画家の存在に辿り着く。

彼らの過去と現在が交錯し、物語は予期せぬ結末へと展開していく――。

質感を失った現代社会で「実」を見つめ続ける人々の姿を描いた、圧巻のミステリー。


感想
ただの誘拐事件を描いた作品にとどまらず、事件をきっかけに浮かび上がる「人間の存在」とその本質を深く追求した作品。

事件そのものは未解決に終わり、被害者やその周囲の人々が30年間も引きずってきた悲しみや葛藤が胸を締めつけられました。

とりわけ心に残るのは、亮と彼を育てた「お父さん」や「お母さん」の関係性です。

事件の背景には、亮の家庭環境や、育てられた家での3年間の愛情が重要な要素として描かれ、決して単純に悪と善で割り切れる話ではありません。

彼らが亮に注いだ愛情は、事件の中で最も複雑で、感動的な部分です。

また、門田の再取材を通じて事件に関わった人々のそれぞれの物語が丁寧に紡がれ、登場人物たちの葛藤が非常にリアルに描かれている点もこの作品の魅力です。

刑事たちや亮、さらには彼を取り巻く人物たちがどう生き抜き、そして何を守ろうとしてきたのか。

読むたびに心が揺さぶられてしまいました。

結末に向かう過程で描かれる空白の3年間が、事件以上に心に深い印象を残します。


どんな人におすすめか
『存在のすべてを』は、ミステリーとしてスリリングな展開を求める読者だけでなく、人間ドラマをじっくりと味わいたい方におすすめです。誘拐事件の真相を追うスリルの中で、家族愛や人間の弱さと強さが丁寧に描かれ、感情移入せずにはいられません。特に、親子関係や家族の絆に心を揺さぶられる方には、必ず響く物語でしょう。
また、「存在」や「実」というテーマに深く興味を持つ方にとっても、現代社会でどう生きるかという問いを真摯に考えさせられる一冊です。

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