「ワールドトリガー」~一人ひとりが、自らの個性と知恵で抗う姿が丁寧に描かれる物語~
日々の読書に記録を、メモ程度の備忘録として残していきます。
ワールドトリガー 24 / 葦原 大介(著/文)
今回は漫画について書いてみる。普段からちょこちょこ読むほうではあるが、年末年始に、少し骨太な漫画が読みたいなぁと思ったため、「ワールドトリガー」を1巻から最新刊の24巻まで一気読みしてみた。
もともと、週刊少年ジャンプ時代に、好きで読んでいた作品だったが、長期休載以降追っていなかった。ただ面白いのは知っていたので、ハードル高めではあったものの、それにしても抜群に面白かった。なので、読んだ感想を少し書いておきたい。ネタバレは普通にあるため、ご注意を。
なぜ「ワールドトリガー」を選んだか?については、明確なきっかけがある。以下の記事を読んだからだ。
日頃チェックしている媒体だが、漫画についての記事は初めて観たというのと、この圧倒的な熱量の圧で、これはちょっと読んでみたいなと思った。一体何がここまでさせるのかと気になったわけだ。
そうして読んでみて思ったのは、全く上の記事の書いてある通りであるということ。以上。という感じなので、そちらを読んでもらえれば良いと思うのだが、あえて書けば、二つ。
ひとつは、主人公のうちの一人「三雲 修」の書き方。
もうひとつは、最新の展開「遠征選抜試験」の書き方だ。
まず「三雲 修」の書き方について。
「ワールドトリガー」の設定自体は、とても分かりやすい王道バトル漫画だ。異能をベースに、敵と戦っていくことが軸に据えられた漫画であり、設定の枠組みそれ自体に特段の目新しさは感じない。
ただ、その枠組みの中で光を放つのが「三雲 修」の存在だ。何がって、周りはありがちな、いわゆる"つよつよ"な能力を持っている中で、三雲については、(少なくとも現時点では)特別な能力が、なにもない。あるのは、時折周りをハッとさせる知恵と、強い信念。全く何もできないというわけではないものの、これのみと言っても過言ではない。王道バトル漫画の主人公としては、なんとも心もとない。そして、そんな三雲が、チームの隊長という役割を任されている。
これは、王道バトル漫画から見れば、"ズレ"とも言っていいかもしれない。そういう設定が、この作品の根幹にある。
もちろん探せば普通にあるのだろうが、自分的には、あまりないタイプの主人公だと感じる。今のジャンプの作品を見渡しても、主人公は大体わかりやすい特別な能力を持っている。それを持たない主人公が果たして何が出来るのか。能力がないから用無しとは、全くなっておらず、ストーリーの要所で非常に重要な役割を担っていることは間違いない。つまり「圧倒的な能力がない中で、何をなすか」ということが徹底的に描かれているわけだ。ここがめちゃくちゃ面白い。
有り体な話になってはしまうが、我々のほとんどは、"持たざる"側であると言えると思うが、その中でも生きていく必要はあるわけで。そう考えた時に、この三雲の描かれ方には、確実に希望があるよなぁと思ってしまうのだ。最近個人的に興味がある、生活の中でのアナキズム的な要素も含まれていると感じている。
今後作品が進む中で、三雲がどのように描かれていくのか。もしかしたらありがちの実は特別な能力を持ってました的な展開に落ち着くかもしれないし、どうなるかは分からないが、ここまでの流れをみれば、まだまだ興味深い展開を魅せてくれるのではと思っている。
もう一つの興味深い点、最新の展開「遠征選抜試験」の書き方について。
ここでのキャラクターを描く解像度の高さに驚いている。試験のメイン参加者だけでも、50人以上いるキャラクターたちが、5人ずつのチームになって試験をこなしていくわけだが、24巻の1巻分ほぼ丸々つかっても、まだ第一次試験の期間である1週間のうちの1日ほどしか経ってない。これは展開の遅さと同時に、それだけ丁寧に展開が描かれていることを意味している。そしてその丁寧さは、特にキャラクターの描き方に表れていると思う。一人ひとりの思想・信条が、言葉・行動として表現され、それがチームのほかのメンバーとの化学反応の中でどうなるか。そういうことをしっかりと描いている。
これは、少なくとも週刊連載だったら、出来ない展開ではないだろうか。ただでさえ、試験という地味なパートなのに、その中でさらに細かな描写で相当な時間を使っている。さっさと実際の敵との戦闘シーンを見せろとなってもおかしくない。けれど、ここにこそ、この漫画の真骨頂が詰まっている。誤解を恐れず書けば、週刊連載から離れたことが功を奏しているのかもしれない。別に王道バトル漫画なんて、他にも腐るほどある。この漫画に期待したいのは、王道の枠組みを良いように活用して、それとは全く違った文脈の物語を描くことだ。つまりは、多種多様なキャラクターたちが、"どう生きるのか"。それが見たいし、それを見せてくれる、そういう漫画だと思っている。
作者は十分に体調に気を付けていただきながら、ゆっくり作品の続きを期待したい。それだけの価値がある漫画だ。