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音と読む短編小説 ONE/フラチナリズム『4431』より

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すっかり昼夜逆転の生活。
もう何ヶ月経つだろう。

37歳。職業 バンドマン…いや、ボーカル&エンターテイナー。
住まいは八王子。
故郷は高知県。
北海道にも移住経験あり。

子供の頃から歌ばかり歌っていた。
ある日、人前で歌ってその歌声を褒められた。
初めて自分を認められたような感覚が染み付いている。
それから歌っている時だけが 自分が自分らしく胸張れる時間だった。
だから今も、僕にとって歌うことと生きることは同じ。

B'zに感化され、サザンオールスターズに憧れ、
ロックもJPOPもファンクもスカも、ジャンルなんて関係ない。
自分に響く音は全部吸収してきた。

それなのに、そもそも僕は五線譜が読めない。

自分に響く音だけを歌い、録っては重ね、それだけを続けてここまできた。
だが、地道に計画してきたアリーナ公演も中止。
その先に繋がるホール公演も武道館もドームも今は見えない。
ぶつけようの無い苛立ちと不安がごちゃまぜのまま、それでも歌だけは生まれてくる。
この昼夜逆転生活があったからこそ、年に3~4枚はオリジナルのフルアルバムを作りたいと思っていたことが実現できるなんてちょっと皮肉な話だ。

深夜3時。
なんの変哲もないワンルームでなんの変化もない天井を仰ぐ。
アコギを抱えながら、生まれる音を声に乗せる。
これで次のフルアルバムのための10曲が整った。
でも届かない。
そのままの、生の音を届けることができないのだ。
生まれた音の「このまま」を届けられないもどかしさは、
自分の夢も届かないまま終わってしまうのかとすら思えてくる。
そうでないと、自分自身が歌って生きることすら見失いそうだった。

綺麗なものが汚れていく時
どうしようもなく不安になるでしょう
その感情こそが 僕達が
生きる理由

僕のバンドの馴染みのファンはいつも、
ライブハウスやホールのあの空間、
対面する緊張感、高揚感、そして
生音の振動に身体を揺すられるのがたまらないと言う。
それがライブの醍醐味だと。
僕も1番深くまで音楽を届けられるのはあの振動を心身で感じてもらうことだと思っている。
だが、それが簡単には叶わない。

だから僕は何ヶ月もかけて作り上げられた音たちをやっと10曲に纏めあげられたところで、
どうしてもそれを届けるための鍵が欲しくなった。
生音の振動と同じく、心身を震わすたった1つの鍵 を。

生音を届けられないのなら、生きている生の自分をそのまま届けたかった。
誰にでもない、例えイヤホン越しでも僕の声を聴いている君に。
聴いた人にしかわからない伏線を張り巡らせて。

僕も突然 声を失うかもしれない。
このまま夢も朽ち果てるかもしれない。
そして確実に、いつか僕は消える。
もちろん聴いている君も。
でも、生きていたことだけは忘れない為に、
届けたいと思った事実は消えないように。
いまの全てを乗せてその鍵を預けた。
あとは開けてもらうだけだ。

ワンルームの窓から光が差し込んできた。
一服してから、眠ろう。
もう夜も明ける。

たった1人の僕の だった1つ
たった1人の君が笑うのなら
喝采も賞賛も後世もなくても
それでいいよな
ONE

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2020年10月7日にリリースされた
フラチナリズム『4431』
まるで短編小説のような楽曲たちを短編小説にしてみました。

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