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失敗してもいい
愚痴だらけ
ここのところ新型コロナウイルスのせいでプライベートの予定のキャンセルが多くなっています。
知り合いの料亭では、「3月だけで500人以上のキャンセルが続いた」と私に愚痴っていました。又、知り合いの支配人は、「3月だけで2000人以上の宿泊がキャンセルだ。。。」と愚痴っていました。
彼らの仕事のキャンセルにおける損害に比べたら、私のプライベートの予定のキャンセルなんて、ちっぽけなものなのかな、と思ってりします。しかし、楽しみにしていた予定のキャンセルは、非常に残念な気持ちになります。
今回も野球を通じて、教えられたことを少しばかり書きたいと思います。
野球を始めたきっかけ
私は、小学生の時から野球を始めました。こう聞くときっかけは、「プロ野球選手に憧れて」や「家族の影響」というものを思い浮かべる方が多いのかな、と思います。しかし、私の場合は、同級生が「何かスポーツを始めよう」と言い出しました。その流れで同級生の男子は、野球とサッカーに分かれて、運動を始めました。実は、「プロ野球選手に憧れて」や「家族の影響」ではなく、この流れで野球を始めました。要するにつられて入ったようなものです。
ですから、始めてもルールもわからない。道具もわからない。全くわからない。そんなところからのスタートでした。一緒に野球を始めた仲間でゲームが好きな人がいました。彼に野球のルールや選手を知るために「実況パワフルプロ野球」というゲームを勧められました。そして、ゲームにハマり、そして、彼にいろいろなことを尋ねて、野球を知っていきました。
自分で言うのはなんですが、同級生の中では、わりと打撃が得意な方でした。練習のフリーバッティングや実践的な打撃練習では、バカスカ打っていました。そして、チームに入って、一ヶ月後には、代打として、試合に出る機会を何度も与えてもらいました。
しかし、練習の時は、面白いように打てるのですが、試合になるとまるでダメでした。
監督からは、「練習の時はリラックスしているのに、なんで、試合になるとあんなにかたくなるの?」と言われました。しかし、私には、「かたくなっている」という感覚はないんです。
「練習するしかないな、そして、いつか、練習みたいに試合で打てる日がきっとくるはずだ!」って思って、今まで以上に練習をがんばりました。
そしたら、結果が出るどころか、怪我をしてしまいました。今まで同級生を押しのけて、試合に出る機会をもらっていたのに、今度は、みんなが試合をしているところを眺めるしかなくなってしまいました。そして、チームの中にとけこめていない感じがしました。疎外感みたいなモノなのでしょうかね。
「努力したら、きっと報われるはずだ!」と思って、頑張った結果が、怪我です。そして、感じる疎外感。。。「やめようかな」と思いました。しかし、そんな時にも、疎外感を感じている私と楽しく接してくれる仲間がいました。だから、私はやめずにとどまれたんだと思います。
友達のお父さんのアドバイス
そんな怪我をしていて試合を眺めている時に、私に優しく声をかけてくれた友達のお父さんがいました。そのお父さんは、私の友達から次のような相談を受けたと言います。
友達は「みんながスポーツを始めるって言うんだけ、何やったらいいかな。野球かな。サッカーかな。」と言ったそうです。友達のお父さんは「野球選手は億の金を稼げる。サッカー選手は億の金を稼げない。どうせやるなら稼げる方をやったらどうだ!」(当時の価値観です。現在とは異なります。)と言ったそうです。それを聞いた友達は、野球を選びました。
こんな感じのお父さんです。そのお父さんは、たびたびチームの試合や練習を見に来ていて、練習では上手くいっても、試合で失敗ばかりの私のことを知っていました。そんな私にこんなアドバイスをくれました。
「失敗をおそれすぎじゃないかな。プロ野球選手でも10回打席に立って、3回ヒットを打てれば、一流の選手だよ。10回の中には、3回の成功と7回の失敗がある。3回成功しなくちゃダメじゃなくて、7回失敗してもいいんじゃない。失敗してもいいと思ってやれば、もっとうまくいくんじゃないかな?」
小学生の私は、驚きました。「そうか、失敗してもいいのか」。
怪我が治り、また、試合に出る機会をもらった時には、「ダメでもともと」という気持ちで望めるようになって、結果が出ました。
それから、小学校の時は、友達たちと本当に楽しく野球をしていました。本当にあの時が懐かしです。戻れるなら戻りたいもんだなって思います。
この後も、中学校、高校、、、とずっと継続してきました。
失敗してもいい
こういうことを通して、「失敗してもいい」ということを教えられたのです。しかし、決して、私の中からは、「失敗してはダメ」という気持ちがなくなることはありませんでした。あらゆる場面で彼があらわれてくることがありました。
なかなか「失敗してもいい」とは思えない場面があります。一時期、スポーツの国際大会や国際試合などで「絶対に負けられない戦いがそこにある」というフレーズが流行りました。このフレーズなんて、まさしく「負けて(失敗して)はダメ」という内容を意味するものです。やはり、プロの人達、国を代表して戦う人達のプレッシャーはものすごいものなんだろうなって、このフレーズを聞くたびに思いました。
私は、生きてきた中で、いろんな選択を迫られて来たように思います。その時に「失敗してもいい」という気持ちがなかなか持てません。どこかで「失敗してはダメ」という無難な選択や保身的な選択をすることが多かったように思います。
そう考えると「失敗してもいい」というのは、勇気であり、勝負することであり、カケに出ること、なんじゃないかな?と思いました。リスクを背負わないから、当然、そこにはリターンもない。馬鹿みたいに勝てない試合でリスクを取るのは、もちろんダメです。ここ一番と思った場面では、勝負に出ないとダメです。全戦全勝なんて夢なんでしょうね。野球選手でも3割打てば、一流選手です。
こう記事を書いていると、ある本のタイトルを思い出しました。『嫌われる勇気』。言葉を変えてみると「失敗する勇気」。私に足りないのは、「失敗する勇気」なんだろうな。
戦況を確認し、「失敗してはダメ」という気持ちと戦い、「失敗する勇気」で挑んでいかなければならないんでしょうね。
<追記>
・行動力があっても、行動に挑戦が伴っていない。
・失敗の時のリスクを意識しすぎる。
・何ごとも大丈夫な範囲を考えて、ぶっこむ方がいい。
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