誰かの恋愛模様
地下鉄のホームで電車を待っていると、近くで男性の大きな声が聞こえてきた。喧嘩だろうか?声が一つしか聞こえないところを見ると、どうやら電話で喧嘩しているようだ。時間は午後10時前。人もあまりいないせいか、声が構内に響き渡る。できるだけそっちを見たくない。
嫌だなあ、早く電車来ないかなあ、とひたすら思う。時折流れる駅のアナウンスが男性の声をかき消してくれるのが有難い。
男性はひっきりなしにしゃべっている。しかもだんだん言葉づかいが荒くなってきている気がする。大阪弁があそこまで早口だと、さすがに聞き取れない。しかも時折、巻き舌で「おるぁ!」などと言っていて怖い。怖いから話の内容が頭に入ってこない。構内に声も反響して物理的にも聞き取れないのだが、分かりたくないのでむしろ都合がいい。
一度、「何で別れなあかんねん!」と聞こえた気がする。別れ話?まさかね。別れたくないのに「おるぁ!」はないだろう。同じ「別れる」でも、道で別れる、とかそういう意味にちがいない、と私は思った。それにしても、彼はずっと電話に向かって怒鳴り続けている。喧嘩といえども会話で成り立っているはずなのに、彼は大声で独り言を言っているかのようにひたすら喋り続けている。相手は電話を放置しているのではないかと思うほどだ。
やっと電車が来た。ホッとする。まさかこの電車に乗るのか?と思ったが、、声の位置は変わらないから大丈夫そうだ。
電車が止まる。プシュー。ドアが開く。
私は前に進みながら、ちらと声の主を見た。どんなにいかつい男性かと思ったら、普通の、シュッとした青年だった。あの見かけで「おるぁ!」とか言うのか。人は見かけによらないものだな、と思いながら乗り込む。
電車に片足を踏み入れ、前に体重をかけようとした瞬間、その男性の短い叫びが聞こえた。こればかりは、やけにはっきりと聞こえた。
「僕は、君が好きや!!!!」
え、えええええ~?!
振り返る私。男性は壁にもたれてスマホを右耳に押し当てていた。
プシュー。ドアが閉まる。私はすぐそばの席に座った。
キュイーンというような音を立てて、電車は動き出す。私は窓の外を見る。彼はもう見えない。
好きなんか~~~~~い!!!!!
電車がスピードを上げ、間もなく窓の外が暗くなった。夜は続く。