蒼色の月 #124 「受験の朝」
久しぶりに、電話で夫と話した日。
私は夫が子供達のことを、もうなんとも思っていないということを思い知った。父としての愛情や、親として子を守ろうという気持ちが全くないことを知った。
できれば話すことで、私は夫に父親としての気持ちを、思い出して欲しかった。ふと、我に返って欲しかった。
今はどうであれ、彼は18年間父親として、子供達と一緒に生きてきたのだから。
あの子たちは、夫にとっても慈しみ育ててきた我が子なのだから。
いつか、思い出すはずと思っていた。
しかし、夫は結局、進学資金を出すとは言わなかった。
すでに、不倫相手やその家族達と同居し、新生活を始めてしまった夫にとって、私や子供達はもうすでに捨てた過去なのだろう。
思い出したくない、関わりたくない、もうどうでもいいそんな存在なのだろう。
新天地を見つけた夫にとっては、それでいいのかもしれない。
しかし、突然に捨て去られ、置いてきぼりにされた私たちは、この家族の関係を過去だなんてまだ思えないのだ。
私たちにとっては、今まだ健太郎は私の夫であり、3人の子供たちの父親なのだ。
早朝、リビングのカーテンを開けると、凍てついた地面に容赦ない吹雪が吹き荒れている。いつもよりちょっと早めに、長男悠真が起きてきた。
「おはよー」
「おはよう。朝ご飯出来てるよ」
「うん、顔洗ってくる」
美織や健斗も起きてきた。
朝食はベーコンエッグに納豆に、夕べの残りの豚汁にリンゴ。すっかり平らげた悠真は、身支度を整えるとカバンの中をチェックした。
「忘れ物ない?」
「何度も見たから大丈夫!」
「これ、お弁当ね。お茶も入ってるからね」
「うん、ありがとう」
悠真は、ダウンと帽子と手袋を身につけ玄関に立つ。
「お兄ちゃん!ファイト!」と健斗。
「お兄ちゃんなら絶対大丈夫!」と美織。
「わかってるよー」
悠真はそう言って笑顔で玄関を出た。
ちょうど一緒に行く同級生が2人、家の前に着いたところだった。
私は長靴を履き、悠真達が角を曲がるまで見送った。
今日は悠真の大学入試センター試験。
頑張れ!悠真!悠真ならきっと大丈夫!
私は祈る気持ちで自分にそう言い聞かせた。
けれど、本当に頑張らなくてはならないのは自分。私なのだ。
ちらつく小雪の中、悠真と2人の同級生の後姿にどうか無事センター試験が済むことを、私は祈ったのだった。