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天上のダンス・地上のダンス(8) 集会所のバレエレッスン

バレエ習いたい。34歳から2歳の娘をダシにして、新規バレエスクールの親子練習生となる。レッスン場は…


集会所の間借りバレエスクール

マンションの集会所でレッスンが開講しました。

まぁ、最初は間借り営業。飲食店と同じ。バレエスクールの看板を上げるのも下積みが必要なのでしょう。どこの世界も。


幼児クラスと小学生クラスの計2コマのレッスン。 
先生の「おかあさまも、ご一緒にどうぞ」のお誘いで、すんなり入会。
娘と幼児クラスでパレエライフの始まりです。


マンションの集会所なので、大きな鏡もなし。先生がレッスンに使うバレエバー(木の鉄棒のような横棒)と、床に絨毯じゅうたんを持ち込みました。

絨毯を先生がひとりで敷いているのに最初は気がつかず、先生から「敷くのを手伝ってください」と言われてハッとしました。



そこで初めて恥ずかしくなった。
準備からレッスンは始まっている。先生や、まわりの人のお手伝いを忘れずに。
自分から気がつくようにならなければ。踊り以前の事から、じぶんで気がついたことはやる!
わたしも娘も、準備のお手伝いから。
レッスンには、時間に余裕をもって行くようにしました。



週2回の楽しみ

レッスン日は、なんとか家事と育児に区切りをつける。
娘をベビーカーに乗せて集会所まで通いました。
たった5分の距離。タオルや財布やレッスン着を、ぐたぐたカバンに詰めての親子バレエ。



いま思えば、バレエだけが楽しみでした。じぶんと外界をつなぐのはバレエだけ。
友達もなく、娘と昼間ふたりきり。
そんな中でのバレエのレッスン。嬉しくて、すぐに週2回に増やしました。


専業主婦の習い事


オットは何も言いませんでした。
彼の帰宅時間に家にいれば文句は、なく、バレエを習わせてくれました。
わたしは、結婚当初から「専業主婦」を望まれました。家にいて家事をする。
オットの実家もそうでしたので。
そんな昭和の閉鎖的な?暮らしの、わたしと娘。


踊り好きで、今までバレエやジャズダンスを習ってきたわたし。
32歳で出産。産後太りも戻らないポチャボチャ体型ながら、バレエにドンドンのめり込みました。




なにも わかんない娘

バレエのビデオを観たり、絵本を読んだりと、バレエを刷り込まれたわけでもなく、親に連れられた娘。
まったく興味なし。いい迷惑、あたりまえですよね。


そんな娘には、おかまいなし。バレエ用品店まで買い物に出れる!
なにか理由づけがあると、ほんとうに嬉しかった。
いままで何もしなかった、わたし。
  理由が、欲しかった。


2歳児とベビーカーで、お買い物。
なかなか大変でしたが、些細なことが、かわりばえのしない育児では嬉しかったり、有り難かったりします。
わたしは自動車の免許すら持っていなかったのです。


じぶんの見せかた魅せかた。


娘のシューズや、タイツ、練習着の「レオタード」を購入。じぶんのも。
バレエスクールによっては「黒のレオタード」など規定のウェアがある。
集会所のバレエスクールには、それがなかった。
先生は「じぶんの好きな色、似合う色を」と、おっしゃる。


しぶんを美しく見せる、魅せる。見せ方も研究する。
1998年、当時は「カラー診断」などのブームはなかった。これから色彩豊かな舞台芸術のバレエを習う。
レッスン以前の事から、何でも勉強になりました。
  痩せて見えるは、黒一択?


娘には、赤のバレエシューズ。クラスのおともだちと、ごっちゃにならないように。
シューズとタイツの正式な色は「ピンク」と知っていましたが、先生からの、お叱りもなくて。


ひとりぼっちの育児に花が咲く。


毎週木曜日は
バレエ・ダンスのエッセイ


いつも こころに うるおいを。
水分補給も わすれずに。


最後までお読みくださり、
ありがとうございます。

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