夕陽ヶ丘の宿舎
ぽやっとミカン色。
夕陽がキレイな夕陽ヶ丘。
もうすぐ1日が終わる。
「おなかすいた。晩ごはんのおかず、何?」
「肉じゃが。ニンジン、夕陽の色」
「ちゃぶ台に、お茶碗とお箸、並べて」
「おとうさんを駅まで迎えに行きたいなぁ。」
高台にある住宅は、みんな西を向いている。むかしは、この坂の下は海だったんだって。
まいにち、キレイな夕陽を見ながら暮らしていたんだ、いまも。きょうも一日ありがとう。感謝しながら。
太陽の、お疲れさまの声。きょうも無事にお仕事終わり。また、あした。
最後にミカン色の、ごあいさつ。おっきなミカンみたいな太陽は、笑って海の向こうに沈みゆく。
一家団欒ミカン色
たくさんの、なかよし家族が住んでいた宿舎。
ひとつの町だった。
近くの神社で鬼ごっこ。
坂の上から下まで、かけっこ。
なつやすみ。ラジオたいそう。
おまつりは、夕陽がつれてきたよ。
ある日、ひと家族が引っ越して行った。
「ここは取り壊しになる」
また、ひと家族、ふた家族…引っ越して出ていった。
先週も、たくさんの家族が出ていった。
ほんとうは、僕ね。
いま住んでる白い宿舎より、この町の、いっちばん古い宿舎が、すきだった。
まいにち夕陽をあびてるから、なんとなく、だいだい色。
箱のようで、可愛らしい。
むかしから住んでる家族の、楽しそうな声が聞こえてた。
太陽といっしょに部活に出た、おねえさん。
夕陽といっしょに帰ってきた、おにいさん。
暗くなってから、こっそり帰ってきた、おっちゃん。
太陽は、みんなといっしょだった。
夕陽もいっしょだった。雨の日も風の日もあったけど。
扉は、夕陽の方向についていた。
夕陽に向いていた、くすり屋さんも、とうとうシャッターを閉じてしまったよ。この町で一軒だけだったのに。
とうとう僕の家族も出ていくことになった。最後までこの丘の社宅に残っていて、夕陽を見ていたのに。
夕陽がきれいなこの町。この丘。
そして夕陽を見るひとは誰もいなくなった。
夕陽を愛でているのは、扉だけ。
最後までお読みくださり、
ありがとうございます。