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「なん・なんだ」主演烏丸せつこさんインタビュー

「芸能界しか食べていく場所がなかったから、必死で働いてきた」 

映画「なん・なんだ」主演 俳優・烏丸せつこさん

週刊エコノミスト 2022年2月22日号

 俳優の烏丸せつこさんがダブル主演を務めた映画「なん・なんだ」が公開中だ。楽しんで演じたのかと思いきや、「出演を後悔した」となぜか怒っている烏丸さんに、67歳の現在の心境とこれまでの道のりを聞いた。

(聞き手=井上志津・ライター)

「いつもギリギリで生きてきた」

「田舎育ちだから、派手な場所が合わない。でも、芸能界しか食べていく場所がなかったから、離婚後は必死で働きました」

── 下元史朗さんとともに主演を務めた映画「なん・なんだ」(山嵜(やまさき)晋平監督)が公開中です。面白いタイトルですね。

烏丸 脚本を渡された時は「じいちゃんとカメラ」だったんですよ。変更されたことは知りませんでした。プロデューサーを務めた寺脇研さんがプレスシートに「タイトルは自らの老いに『何なんだ!』といら立ったり、思いもよらなかった秘密に遭遇して『何なんだ?』と当惑したりするだけでなく、『(そんなもん)なんなんだ!』と居直る元気にも通じる」と書いていますが、私は変えなくてよかったと思っているんです……。

── 脚本のどんなところが気に入って美智子役を引き受けましたか。

烏丸 (烏丸さん演じる美智子が)ずっと浮気していたというのが、設定として面白いなと最初は思ったんです。他に腑(ふ)に落ちない点やセリフは多かったけれど、そこは監督と現場で話し合えるだろうと思って撮影に入りました。でも、監督は「考えておきます」と言うだけで説明がなくて。時間切れになって押し切られちゃった。納得できないままなので、セリフが棒読みになっている箇所もあるんですよ。だから本当は私、この映画の話をしたくないのよね。

── どんな箇所ですか。

烏丸 例えば、美智子が夫の三郎(下元さん)に浮気の理由を告白するところ。「ずいぶん昔の話になるけど覚えてる? 一度だけ私のほうからあなたを誘ったことがあった。でもあなたは応えてくれなかった」って。それで「死のうと思ったの、あの時」って。おかしくない? これが理由だったら、美智子って執念深すぎるよ、何十年もさ。こんな理由で死のうなんて思わないし。だから、「この理由じゃ弱くないですか」って何度も監督に聞いたけれど、返答はもらえなかったの。

 映画「なん・なんだ」は結婚して40年になる夫婦、三郎と美智子が主人公。ある日、文学講座に行くと言って出かけた美智子が遠く離れた京都で交通事故に遭い、昏睡(こんすい)状態に陥ってしまう。三郎が美智子の趣味だったカメラに入っていたフィルムを現像してみると、見知らぬ男の姿が映っていて──という物語。監督は2019年に「テイクオーバーゾーン」が東京国際映画祭で評価された1980年生まれの山嵜晋平さん。烏丸さんは夫に内緒で30年間、愛人とあいびきしていた美智子役を演じた。

「ツッコミどころはたくさん」

── 他にはありますか。

烏丸 他にもツッコミどころはたくさん。三郎が全共闘世代という設定も突然出てくるけど、それ以上踏み込んでいないから取って付けたようになってしまったし、「私、分かったの。心と体は一緒なのよ」っていう美智子のセリフも、女のこと、分かっていないなと思いました。心と体は一緒じゃないよね。監督はまだ若いから、本当は結婚生活40年の夫婦の話なんて興味がなかったのかもしれない。出演をこんなに後悔したのって初めて。年寄りが主人公の映画って珍しいし、もっと面白くなると期待していたから余計に残念でした。

── 好きなシーンはありますか。

烏丸 オープニングのだらしない夫と妻の暮らしぶりは生活感があって、いいよね。ラストの手前で、ベランダでタバコを吸う三郎に美智子が「どうせ死ぬんだから好きなだけ吸いなさい」って言うところも好き。「おいしいの?」「ああ」って。あのセリフは私が提案して言ったんだよ。脚本にはなかった。

── もっとどうなればよかったでしょう。

烏丸 別に美智子は浮気していたっていいんです。私だったら別れるけど、お金がなかったとか、子どもがいたからとか、彼女なりの理屈があって別れなかったのかもしれないもんね。どちらにしても、どうしてこうなったかをもう少し違うふうに描けば、夫婦がこれからどうなっていくか、余韻ができたんじゃないかな。でも、しょうがない。美智子は変な女だし、三郎も横暴だから、共感は得られないかもしれないけれど、「こんなジジババをどう思いますか?」って問いかけタイプの映画として見てもらえればいいかな。

 烏丸さんは1979年に6代目クラリオンガールに選ばれたのを機に芸能界デビュー。日本人離れした「グラマラスボディー」が人気を呼び、裸の上半身に首から花のレイをかけたポスターは盗難が続発するほどだったという。80年、五木寛之さんのベストセラー『四季・奈津子』の映画化で主役に抜てきされ、日本アカデミー賞主演女優賞・新人賞やゴールデンアロー賞新人賞を受賞。翌81年には「駅 STATION」に出演し、日本アカデミー賞助演女優賞を受賞した。

「裸のシーンのことばかり」

―― 小さいころはどんな子どもでしたか。

烏丸 滋賀県栗太郡(現大津市)の田上山(たなかみやま)のふもとで、その辺を駆けずり回っていました。今も自然が残っていて、いいところですよ。4人きょうだいで、両親は亡くなりましたが、弟が電気屋を継いでいます。今もしょっちゅう帰っているの。新型コロナウイルス禍が始まってからは帰れなくなったけれど。

―― いつごろから俳優を目指しましたか。

烏丸 養成所に友達と遊びに行ったのがきっかけで、大学をちょっと休学して東京でオーディションを受けることになったんだけど、すぐ戻ってくるつもりだった。そろそろ戻ろうと思ったら、クラリオンガールに選ばれて、水着になるのが嫌で、やめたかったけど、次は映画に出て……。撮影現場は楽しかったんですよ。「四季・奈津子」の東陽一監督にはいろいろ教わりました。

 でも、好きで裸になっているわけじゃないのに、周りからは裸のシーンのことばかり取り上げられるし、いつも何か違うなと不本意に感じていました。それで、もう帰ろうとしていたら、ついていないことに「駅 STATION」で前夫に出会ってしまった。悪運の始まりね。

 27歳の烏丸さんは21歳年上の「駅 STATION」のプロデューサーと82年に結婚。相手が既婚者だったため、「略奪婚」と騒がれた。83年に長女、90年に二女を出産。しかし、91年に夫の会社は倒産し、夫婦は莫大な借金を抱えてしまう。2001年、離婚。烏丸さんは46歳だった。

―― 事業がうまく行かなくなった後も10年間離婚しなかったのはなぜですか。

烏丸 まだ好きだったし、子どもがいたし、復活できるような気がしたから。でも、無理だった。だってさ、彼はまだ借金して映画を作ろうとしたのよ。下の子は小学生なのに。周りから「一緒にいたら共倒れになる」と言われて、どうしようもなくなって離婚しました。でも、相手にはかわいそうだった。いやーだ、思い出しちゃった。

―― 46歳で仕事に復帰したのですね。

烏丸 それまでも時々はテレビや映画に出ていたんですよ。当時はテレビで質の高い2時間ドラマがあって、いろんな監督と仕事ができました。だけど、もともと私は田舎育ちだから、派手な場所が合わないのね。芝居は好きだけど、子育ては充実していたし、子どもの友達のお母さんと付き合っているほうが楽しかった。でも、芸能界しか食べていく場所がなかったから、離婚後は必死で働きました。

―― もてはやされた20代と違って、40代で嫌なことはなかったですか。

烏丸 手のひら返しもいいとこでしたよ。でも、そういうものと思っていたし、40代になると女優は役自体があまりないじゃない? だからオファーが来たら何でも受けました。

演技で「リアル感」大事に

―― 再始動して、軌道に乗ったのはいつぐらいですか。

烏丸 乗ってないですよ。いつもギリギリで生きてきたっていう感じですね。でも子ども2人を大学まで出して、今は2人とも独立しました。私も再婚したので、ギリギリ感はなくなりました。(再婚)相手が既婚者だったから、またいろいろ言われたけれど。

―― 59歳で二つ年下のレコード会社の人と再婚したんですね。再婚生活はいかがですか。

烏丸 旦那は今はコロナ禍で在宅勤務なので、2人でずーっと家にいるけど、何も気になりません。スーパーに行くのもいつも一緒。ラクです。

―― 現在67歳です。振り返ると、いつの時代が一番大変でしたか。

烏丸 やっぱり前夫と別れて、お金のために働いていたころですね。

―― 戻れるとしたらいつの時代がいい?

烏丸 戻りたくないよ。今が一番いいです。もうこのまま波乱なく、そっとしておいてほしい(笑)。

―― 健康のために気をつけていることは。

烏丸 今までお産以外で病院にお世話になったことないの。人間ドックも行ったことない。あ、この前、転んで医者に行ったら、タバコを吸って酒も飲んでことを叱られたけれど、血液検査は何も悪いところはなかったのよ。人間、その時はその時ですね。 

―― 演技で大事にしていることは?

烏丸 リアル感ね。きれいに見せることには全く興味がないです。

―― 今後の抱負をお願いします。

烏丸 抱負とか希望とか、「頑張ろう!」みたいな精神論は、若い時からあまり好きじゃないの。そういうのを表に出す人も苦手。頑張っているけれど何も言わない、みたいなのがカッコいいよね。まあ、もうシャカリキになってやる必要はないから、良い脚本と出会えた時だけ、(俳優業を)やっていきたいです。ぼちぼちとね。

●プロフィール●

烏丸せつこ(からすま・せつこ)

1955年滋賀県生まれ。中京大学中退。79年、6代目(80年度)クラリオンガールに選出され、80年、映画「海潮音」で俳優デビュー。81年、「四季・奈津子」で日本アカデミー賞主演女優賞・新人賞、ゴールデンアロー賞新人賞を受賞。82年、「駅 STATION」で日本アカデミー賞助演女優賞受賞。映画「祈りの幕が下りる時」「教誨師」、NHK連続テレビ小説「スカーレット」など出演作品多数。新作に映画「夕方のおともだち」。

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220222/se1/00m/020/006000c

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