パユットー師の「仏法の思考と実践」を読みつつ、noteに書いています。
本日は仏道という旅に必要な7つの資具、今日は第一番目の善友性 (Kalyāṇamittatā)です。
パユットー師の仏教辞典。これ私的には大変勉強になります。善友性は、この仏法篇の辞書に一番最初に書かれてあることです。
辞書からも引用します。
善友を選び、善友と付き合う。子どもの頃とかも、親から悪い子と付き合うな〜なんて言われて育った人もいるかもしれませんね。私は言われなかった方です。友達は少なかったです。
自分で善なる環境を選び出したら、学びが始まったことであり、善なる生き方の道が開いたということ。
私としては、最初はこの外部要因が本当に大切だと思うんです。
なので、多くの方になるべくご法話を聞いてほしい。仏教の教えを知ってほしい。
などと思ってしまうわけです😂
私たちが最初に選ぶものは、選ぼうとするものは、かな。殆どが、好きなもの、です。善なるもの、ではないんですね。
ご飯にしても、仕事にしても、友達にしても、恋人にしても?選ぶものや選ぶ指標はだいたい好き嫌いで選んでいると思います。
私はたまたま仏教が好きになりましたけど、まあ善なるもの、役に立つことが元々好きだったという傾向があっただけです。
でも日常生活はどうかというと、やはり何をするにも好きなことを優先させていますし、やらなければならないことより、やりたいことを優先させようとしている心を発見します。
たぶん、人というものは本来そのようなものなのかもしれません。
いやそんなことはない。と思われる方もいるかもしれませんね〜、皆んな好きなことより、こうした方がよいという善なるものをけっこう選んでますよ、と。やらなければならないことを優先させてますよ、と。
もちろんのこと、そういう側面はあるとも思いますね。最終的には善なるものを選ぶことはあるとは思います。でもよくよく観察してみると、、どうでしょうか。
善友は他からの声、とも書かれてありました。
ちょっと違うかもしれませんけど、人の話は聞いた方がいいですね〜。もちろん限界はあるので今自分が聞ける話を聞くしかないのですが。
私は極端かもしれませんが、誰のどんな話からでも何か学ぶことはあるな〜って思っています。
そこに、心に、学ぶ姿勢があるかどうか、ここだろうな〜って思います。
最後にパーリ語😊🙌
Kalyāṇamittatā 善友性
Kalyāṇa mitta tā
(善い) (友) (〜性)
この3つの単語でできてます。
パーリ語辞書を引くときに、この単語載ってない!ってよくあるんですよね。活用が違ってたりすることもありますが、この単語みたいにいくつかの単語が合わさったものも多いみたいです。
最後のtāは、抽象名詞を作る接尾辞のようです。全然まだ接尾辞なんて学んでないんですけど、ショバ先生の参考書によりますと、
-tāは女性名詞、その他に-ya, -ttaは中性名詞を作る。そうです😆
集合の意味を表す-tāもあるんですね。この度のものは性質を表す感じの-tāですね。〜であること、〜な状態。〜性。こんな感じの意味のようです。
パーリ語文法の勉強はなかなか進みません。たぶんこのようなことを(note)やっているからなんですけど、、
仕方がないんです。
人はその時やりたいことをやってしまうのです。。なんつって。
パーリ語文法を勉強することもしたいことなんですけどね🤭
とはいえ、もう少し疲れが取れたらぼちぼち頑張ります🙏
疲れている時は、わりと好きなことを優先させていいと思います。そしてエネルギーが溜まったら、やらないといけないこともその内に意欲が出てきたりしますね〜。
生きとし生けるものが幸せでありますように