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【ナヒレ決議】第三話 開錠・激昂
「狼みたい」
アニータは背後から聞こえる干川の唸り声に顔を向け、イスに思いきり体重を乗せた。先ほどまで生気を失ったように疲労していた顔が、自分よりももっとダメージを受けている人間の声を聴いてどこか生き返ったようだ。
ピギは、やめなさい、とアニータを叱るが、アニータは気にも留めない様子で「ピギもひどい顔してる」と言い、ナヒレに触れて化粧品を作り出した。
「お化粧って普段する?」
「……しない。そのお金があったら、子ども達にご飯をあげるわ」
「ふーん」
アニータの瞼がどんどんカラフルな色を乗せて輝いていった。
ピギだって、これまで憧れたことがなかったわけじゃない。現実問題、手を出せなかっただけだ。ナヒレを使えば、そんな願いも簡単に叶えることができる。なのに、人の命は救えないのね、とピギは心の中で恨んだ。
これまで信奉してきた神も、こんな状況になったときでさえ、手を差し伸べてくれない。これまでどんなに飢えても、子どもが病にかかっても、神が手を貸してくれないのは、まだその時でないからだと信じてきた。だからその時が来るまでは、自分が家族を守るのだと決めて、努力してきた。
今がその時でないのなら、いつになったら救ってくれるのだ。ピギは生まれて初めて、神を恨んでいた。
ナヒレで最初に作ったのは、家族の写真だった。家族全員で唯一、日本人旅行者に撮ってもらった写真だ。もともと住んでいる家では、家族全員で眠るベッドの横に飾っていた。ピギ一家の宝物。
子どもたちがナヒレに来た時のために、洋服や靴を作った。働けど働けどきれいな服をあげられなかったのに、簡単に可愛らしい衣服たちができた。彼らがこれを見たら、きっと喜んでくれるだろう。
子どもたちで取り合っていたおもちゃも、人数分作った。ひとつも、自分のためのぜいたく品は作らなかった。それだけは、夫を見捨てた自分には許されない気がしていた。
干川は優しい。夫と少し、口調が似ている。
夫よりもうんと賢いのだろうけど、やっぱり人間は、立場や人種が違ってもそう変わりはないのだと思った。
干川はピギの目を見て、彼女に分かりやすい言葉を選びながら話してくれた。それが、唯一この不気味な状況の中で、救いになった。
信仰は、最初の数日しかよりどころにはならなかった。
アニータが食事を出してくれるたび、少しでも今、自分がいなくなって戸惑っているであろう家族たちに届けたいと思った。こんな量、一度に食べたことがない分までアニータは作って、残した。これが、豊かさかと思って悔しかった。
それでも、家族に食事を届けるために何を作ればいいのか、ピギの頭では考えがつかなかった。
干川には、ありさという恋人がいる。彼はほかの人間を救うために彼女の分の席を譲ろうとしていたが、結局結論は出ていない。ピギが提案した仮候補者の中に、まだ彼女は残っているだろうかと顔を上げる。でも、あれは干川と二人でした話だ。
二人に聞いたって、今更なんだと言われるかもしれない。きっと彼も、恋人に何ができるか考えているに違いない。ピギと違って、何か彼女を守るための手立てを考えて行動しているかもしれない。
学びというのは、これほど大事なものなのか。自分も干川のように日本人に生まれていたら、こんな風にわびしい思いをすることはないのだろうか。
口の中が血の味で満ちていた。気づかぬうちに、つよく唇を噛んでしまっていたのだ。
夫には、説明をしたほうがいいだろう。でもどうやって?
ジークに頼めば、この部屋からは出してもらえるのだろうか。言われるがままに初めて会議というものに参加させられていたけれど、誰も出たいとは言わなかった。
もしジークの言っていることが本当で、人類が滅亡するとするのなら、そのメンバーを勝手に決められては困る。子どもたちだけは救いたい。その気持ちが、この部屋を出ることをさせなかった。
「みんなには……」
「?」
「お別れを言いたい人はいないの?」
ピギの質問のあと、数秒の沈黙が訪れた。最初に口を開いたのはグリーンだ。
「お前を見捨てて自分は助かりますって挨拶をしろって言うのか」
予想通り、と言ってもいいほど冷たいセリフだ。個人的に助けたい人はいないと言っていたグリーンには、最期の別れは必要ない、ということなのだろう。
確かに、夫に恨まれる可能性はあった。怒りで何をするかもわからない。
でも、自己保身のために未練を残したまま去って本当にいいものなのか? ピギは自問自答する。
「旦那さんに会いに行きたいってこと?」
「……私の場合は、そうね」
「なら行けばいいじゃん。ジークに聞いてみなよ」
「……でも」
「自分の子どもがリストから外されるのが怖いのか?」
確かに、仮に出れたとして、百人を超えたメンバーから子どもたちが外されてしまったら。そう思うと、子どもたちがメンバーに入っていることだけで安心はできない。会いに行くなら、ここにいる全員と一緒に行動をしなければならないということだ。特に、グリーンは危険だ。
「なーるほど。ピギ頭いいね」
「お前が浅いだけだ」
「失礼な奴。ならみんなで行けばいいんじゃない。そうすればピギも安心でしょ」
「え……。そんな、私だけのために」
「これから家族になるんだから、そんな遠慮しないでよ。ずっとそんな感じだと、次の星でも我慢ばっかりになっちゃうよ。ね」
アニータはサバサバしているようでいて、心根の優しい子なんだ。初めて、ピギは彼女がマリア様に見えた。
確か、ヒーローが好きだと言っていた。そういう正義感は、それを見て培われているのかもしれない。こういう子が作った星なら、子どもたちだって、安心だろう。
そのままアニータは、今後のスケジュールを建てなくちゃね、と人類滅亡の日取りまでの残り時間を調べ始めた。いつの間にか、二週間が経っていた。残り時間は二か月半。
最終的なメンバーを固めるのにも、まだ時間はあるよとアニタはピギの背中を押してくれた。
「何もわかってないな、お前らは」
「何さ」
「必要最低限の人間を決めるよりも、その中から誰を削るかの議論のほうが白熱するに決まってるだろ。実際、技能的には問題がないが、今のメンバーの中には若い世代もいない。もし仮に文明ができたとしても、子どもを作ろうと言う人間がいなければすぐに人類は終わりだ。ピギの子ども同士にセックスさせるわけにいかないからな」
「ベイビー!」
「俺は事実を言ってるだけだ」
世代問題。技能がある人間は、経験の分年を重ねていた。中には恋人や伴侶がいる人もあるだろう。その彼らがまた新しい命を宿す気力があるかは、確かに不明だった。
ピギ唯一のわがままであった「子どもを連れていきたい」という要望が、五人いるともなると、命の存続にかかわるのだと、初めてピギは知った。
「じゃあ子どももつれていったほうがいいってこと?」
「そうだな。年齢の多様性は考えたほうがいい」
「でも、ベイビーがすごい人を連れて行ったほうがいいって」
「第一の議題としてはそうだ。でも、文明ができたって、暮らす人間がいなきゃ意味はない。一つの仮定をもとに、議論をしただけだ」
「でも子どもを連れてくってなったら、その親だって必要になるよね」
「それは問題ない」
「どうして?」
「孤児を連れていけばいい。孤児院に行けば、いくらだって親のない子どもはいる。ピギが言っていた困った人間を救うべきだという意見もこれで解決だ」
「ベイビーにしては結構やさしいこと言うじゃん」
「だが穴もあるんだ」
「?」
「ピギの子どもにはピギがいる。それが、少々の軋轢を生む場合はある」
干川の部屋のドアが開き、憔悴しきった顔の干川が出てきた。
彼のいない間に二つの問題が生じた。『別れ』と『子ども』。やっぱり席を一人ではずすことには、リスクがある。
「何の話?」
「今のメンバーが大人ばっかりって話。その人たちがカップルになる確率を考えると、メツボーしちゃうよねって」
「……確かに」
「だからベイビーが孤児を連れてこうって言ったけど、それじゃあその子たちがピギキッズたちを見てうらやましくなっちゃうかもって」
干川はアニータのフランクな言葉を反芻しながら席に着いた。
干川の小学校には、確か孤児院から通っている同級生がいた。同じクラスメイトなのに、彼はあまり同級生たちの集まりに顔を出さなかった。当時は彼個人の性格が理由なのだと思っていたけれど、卒業式に来なかった彼の話になって母が「やっぱり、いづらかったんだろうねえ」と言っていた。
アニータが言ったうらやましい、というのは、それに近いことを指しているのだろう。
「そうなるとピギの子どももつれていくかは迷うよな」
グリーンはリストをペンでコツコツと叩きながら言った。ピギの顔に色がなくなるのを見て、干川は慌てて言い返す。
「そういう話にはならないだろ」
「なるよ。彼ら五人を除いて孤児を五人連れて行くほうが、建設的だ。あとはほかの九十五人が彼らの親として暮らし、愛情を注げば軋轢は生まれない」
「ピギが悲しむ」
「その悲しみのために争いが起きるのは避けたい。一人の憎しみより、子どもたちを救うほうが優先されるべきじゃないのか?多数決の原理だ」
「多数決ですべての問題が解決するわけじゃない」
「なら何をもって連れていく人間を決めるんだ。ほかの大人はみんな、俺たちの合議、つまり全会一致の多数決をもって決めてきたじゃないか。それが子どもだったら判断基準を変える?その必要性はどこにある?」
グリーンの意見には、隙がない。合理的かつ、正論だ。だが、そこに心はない。他人だからか、人間をただの実験体としてみているのかは分からないが、このままではいけないと分かった。
「多数決はこの場には必要だ。でも、それは状況による」
「どういう意味だ?」
「お互いの情報が不十分だ。それは孤児についてもおんなじだと思う。ピギは子どもたちを助けたい気持ちが強いし、僕たちだってピギと過ごして、彼女を悲しませたくない気持ちがある。みんなで両方の選択肢に触れて考えない限り、多数決は行われるべきじゃない」
グリーンは干川の意見をかみしめるように少し彼を見つめ、そうだな、と認めた。
ナヒレにより呼び出されたジークは、議論が偏らないよう、予測通り全員を連れていけばこの部屋を出られることを説明してくれた。
ナヒレを干川が持ち、まずはピギの自宅に向かうことになる。
アニータは、心配しているであろうピギの家族を安心させるために、身なりを整えるように言った。彼女がひどい状況下にいなかったこと、家族を助けるために奔走していたことを説明する機会は絶対にある。また、子どもたちを夫が安心して預けられると思ってもらうためにも、ピギは美しい身なりが必要だと。
メイク道具を取り出したアニータがとても楽しそうなのを見て、その話は建前だろうな、と干川は思った。
女性は同じ女性を変身させるのが好きなのよ、と、ありさが昔言っていたのを思い出した。彼女もピギと同じくあまり着飾ったりはしなかったが、実家の母親がしょっちゅう化粧品や衣服を送ってきていたのだ。趣味に合わないからいらないって言ってるんだけど、と、ありさはその話を干川にしてくれた。
アニータにより着飾られたピギは少々派手すぎるようにも見えたが、彼女の黒い肌に、彩り鮮やかな衣服やメイクはとても似合っていた。
「こんな服、絵本でしか見たことない」
アニータにメイクされている間恐縮し続けていたピギだが、鏡を見て、初めて、心から笑っていたように見えた。子どもたちもきっとお姫様みたいって言ってくれるよというアニータの優しい声掛けが、ピギの笑顔をより華やかにさせた。
ナヒレにピギの家のイメージを送ると、部屋にドアが現れた。
扉の向こう側がピギの思い浮かべた場所の前になっている、というのを聞き、一同は誰がドアを開けるのか、と目で探りを入れあった。
「私が、開ける。私の家だから」
ピギが怯えつつもゆっくりと前に足を踏み出し、ドアノブに手をかけた。
■
ケニアの日差しは肌を刺すほどに強かったが、ナヒレで作りだしたローブのおかげでかなり涼しくなった。湿気がないと言うことはこれほど快適なものなのか、と干川は周囲の景色を堪能していた。
ピギの家には、すでに家族はいなかった。もしかしたらピギを心配して警察にでも行っているのだろうかと思ったが、見当たらない。
ジーク曰く、ピギが想像できない場所には行けないそうだ。家族がいる場所に行きたいと言っても、彼らのもとに行くことはできない。
これは、実際に乗り込む人間を探すときにも必要な知識だと、グリーンはメモをした。
一同が二週間を過ごした部屋のドアは、他の人間には感知できないようだ。混乱を避けるためにも人気のない場所に出ないと、とアニータは言ったが、グリーンが意外にも、その騒動を用いて自分たちの声かけに信ぴょう性を持たせるほうがいいと言った。
日が暮れそうになり、草原が遠くから少しずつ夜を運んでくるころ、地平線の向こうから、人影が見えた。ピギが大手を振って駆け寄るのを見て、それがピギの夫であることが分かった。
最初はけげんな顔で彼女を見ていた夫だったが、ピギだとわかると、彼女に駆け寄って熱い抱擁を交わした。
ドラマティックな再会だった。
夫の体は細かったが、ピギを軽々と持ち上げるのを見て、農業というのは力のいる仕事なのだと干川は思った。
彼に続くようにして、彼よりもうんと遅い走りで子どもたちがピギに抱き着いた。きれい、すごい、と、彼女がどこにいたのかを聞く前に、子どもたちは感動をぶつけていた。
ピギはひとしきり再会の喜びを交わした後、家に干川達も招いて、ラグの上に円になって座った。
これから何を話すのか緊張して何度も口を開けたり閉じたりするピギを、不思議そうな顔で家族たちが見つめる。しばらく言葉が出せない時間が続くと、ピギは咳払いして、ナヒレで作った子どもたちのためのおもちゃを渡した。
家の近くで遊ぶように、と言って彼らを外に出し、アニータが付き添ってもらえないか、と頼んだ。
「……子どもたちには、あまり聞かれたくないの」
ピギはこの二週間の話を、夫にもわかる言葉を選びながらゆっくり話した。
最初はそんな馬鹿な話があるはずがない、と言う夫も、ナヒレで食事を出してみたり、ピギの衣服と同じものを出して見せたことで、信じられない、という顔のままではあったが、状況を飲み込んでくれる。
だが、救い出す百人の中に家族を全員は入れられないかもしれない、とピギが説明すると、夫はあまりのことに立ち上がり、天井を見上げて顔を覆った。
だが、それでは収まらなかったようだ、脆い砂壁を一発殴り、ふざけるな、と干川達をにらんだ。
「この人たちが望んでそうしたいわけじゃない」
「でも、選んだのはこいつらだ、お前も、お前も同罪だ」
「それは……」
夫は自分が興奮していることに気づき、深く深呼吸をつづけた。ピギが一瞬干川に申し訳なさそうな目線を向ける。家族が離散するという状況においても、ピギは気配りの人間だった。そのことが、余計干川の罪悪感をかきたてる。いつ、殴られるのか分からないような、緊張感がここにはあった。
「……子どもたちだけは絶対に救ってほしい」
怒りを壁に閉じ込めた後、夫は干川達を見てそう言った。ピギの言うように、子どもたちを守る覚悟のある親の目をしている。
孤児院の話はするべきではないだろう。ピギも干川も、その瞬間にそう思ったが、グリーンが話してしまった。夫は再び、怒りを壁にぶつけたが、それでも昂ぶりは収まらなかった。
「もし子どもたちを救えないのなら、地球ごと、君たちだって、滅んでも構わない」
「あなた」
「俺たちは家族のために生きてきた」
夫の言葉に、反論する者は誰もいなかった。グリーンでさえも、黙った。子どものためならどんなことでもする。その覚悟を跳ね返せる合理的な言葉が見つからなかったのだ。
子どもたちが、ご飯はまだなのか聞きに帰ってきた。アニータが作った食事を、子どもたちは珍しそうに、大人たちは紙粘土でも口に運ぶような気持で食べた。あれほど時間がゆっくり流れたのは、久々だった。
■
ピギは久々に家族と同じベッドで眠ることにした。干川が、ピギが欠席している間に話し合いはしないことを、四人の間で約束してくれたのだ。子どもたちがピギの腕の中で眠るのを見て、ピギは久々に心が休まる。
だが、気持ちを鎮めるための散歩に行くと言っていた夫が引き返して来て、また身体がこわばってしまう。夫は彼女を見下ろして、ピギも一緒に外に行かないか、と、子どもたちに気づかれない様に小さな声で彼女を誘い出した。
「オドゥ」
オドゥオール、という名前を、ピギは親しみを込めてそう呼び続けてきた。そうすると、いつもオドゥオールは笑顔でピギを振り返ってくれた。
でも、今日のオドゥオールの口は、まっすぐ、地平線のような形で固まったままだ。ピギは久々に見た彼の怒った顔を、うつむいてやりすごした。
「ピギのせいじゃないのは分かってるんだ」
低い声ながらも、努めて優しくオドゥオールは語り掛けた。それが少し、ピギの心を軽くしてくれる。彼は、つま先まで思いやりのある男だった。
「でも、それでも、子どもたちが置いて行かれるのは、どうしても」
「わかってる。絶対にあの子たちを守る。干川さんやアニータは、私の味方なの。グリーンって人は、まだよく、分からないけど……」
「あの男は好きじゃない。人を、見下す目をしてる」
「そうね、私も少し、苦手よ」
「あんな男が、生き残る人間を選べるなんて」
それは、私にも言える、とピギは言いかけてやめた。
誰だって、人の命を選択する権利はない。そんなのは神の所業だ。でも、神はいなかった。信じ続けたピギの前に、神は現れなかった。
「君がどこに行ったって、僕は君を愛してる」
オドゥオールの声から、覇気が消えていた。暗闇に慣れた目が、彼の眼尻の光を認めた。若いころ喧嘩した時のように、ピギも泣きたかった。でも、それでも、ピギは生きられるのだ。何があっても。それなのに今、自分が泣いてはいけないと思った。
「私も、あなたを愛してる。子どもたちも、心から」
「本当に世界が終わるのなら、本当は、家族全員で抱き合って逝きたかった。でも……助かるのなら、本当はそのほうがいいってことは、分かってるんだ。その時選ばれるべきは、子どもたちだ、そうだろ?」
「ええ」
「それに、ピギがついてるのなら、これ以上のことはない」
オドゥオールは分かっていた。グリーンたちが、ほかの子どもたちを選ぼうとしていること。
途中で話は途切れたが、彼は孤児院の話をしていた。それはとてもいいことだ。でも、百人しか運べない。子どもたちが幸せに暮らすためには、子どもばかり連れて行っても仕方ない。それも分かった。
でも、そうだとしても、なぜ自分の子どもたちが選別されなくてはならないのだ。怒りをピギにぶつけても仕方ないが、それでもどうしても、納得できなかった。
「いつも、朝だった。夜通し君が苦しんで、あの子たちは産まれた。朝焼けの子どもだって、名前が被ってしまうねって、それで、君と一生懸命、名前を考えた」
オモンディ、長男。オグウェノ、次男。オキニィは長女。そこで名前は朝にちなんだ名前から、自然からとった名前になった。ジュア、次女。マウアは、三女。
ピギの家はいつも子どもたちと二人の声で満ち溢れていた。貧しかったが、彼らがいるだけで、生きていこうと思えた。こらえていた涙が、どうしても止まらない。ピギは嗚咽だけは漏らさないように、自分の手首を強く握った。口の中はまた、鉄の味がした。
「愛してる…… 」
硬いオドゥオールの手のひらが、ピギの両頬を包んだ。キスは交わさなかった。ピギは何度も何度も、謝る代わりに、愛を伝えた。何度も、何度も。オドゥオールの温かい手が、彼女の頬から、そのあともずっと、離れなかった。