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【ナヒレ決議】第十一話 愛娘・邂逅

「感動的な別れでしたね」

 宿の前に座るブリジットが、家族や恋人と別れて戦闘機に乗り込む干川達を見上げて言った。最後の調整をしていたグリーンは、ため息を吐く。

「普通、そうやって茶化すかね」

「意外ですね。あなたも同意見だと思ったんですが」

「さすがに空気は読めるよ。こういう時のは。共感とは別だ」

「気づかい、ですか」

「そうだ」

 検知できないローチがどこに来たかは、地球上で騒ぎになった場所を見て確認する。ナヒレでそれが感知できる装置を作った。グリーンはじっと、それを見つめる。

「帰ってきてくださいね」

 グリーンは思わず、視線をブリジットに戻した。

「驚いた顔をしていますね。トイレで吐いていた時と同じ顔です」

「お前が変なことを言うからだ……」

「変でしょうか」

「変だよ。だってお前は……」

「……」

「俺なんか、必要ないだろ」

 必要はありませんけど、とブリジットは続けた。彼女はグリーンを見上る。いつもの無表情で、穢れない、グリーンの好みの顔で。

「私の顔に言われれば、士気が上がるかと思ったので」

「……ムカつくやつだ」

「上がりましたか?」

「帰ったらお前を徹底的に分析する」

 グリーンは再び、装置に目を落とした。

 帰ったら。グリーンがそう言ったのは、初めてだった。ブリジットは初めて、彼に気づかれないように、ふっと、笑った。

「……ご自由に、どうぞ」

 ブリジットは九十六人と共に宿に入っていった。

 戦闘機に乗り込んだ四人は、ナヒレと監視装置を囲んで、息をひそめていた。誰も言葉を交わすものはいない。それほどの重圧が、彼らを襲っていた。

 思えば三か月間、彼らは経験したことのないような挑戦を続けてきた。百人の選別、新しい星での生活計画、そして戦いへの覚悟。寝食を共にし、言い合いも何度もした。そんな彼らも、手を取り合って戦うことだけは、初めてだった。

 干川が体勢を変えるたび、鈴の音が響いた。その音だけがこの空間の中で唯一、平和な音色をしていた。

「チーム名、考えたんだ」

「え?」

「お前、こんな時まで」

「大事でしょ、こういうの。気持ちがつながる気がしない?」

「そんな気休め……」

「いいから聞くの。チーム名ね、はい!」

「何?」

「トレフブロン」

 アニータは懐から、ステッカーを出した。そこには、四葉のクローバーが、それぞれのスーツの色をとって描かれている。

「スーツに貼って。仲間の証」

 アニータは明るく、戸惑うそれぞれのスーツにステッカーを貼った。叩くように貼られたステッカーは、空気も入れずぴったりとくっついた。

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「トレフブロンは、絶対に負けない、裏切らない、はい!」

「え?」

「皆で言うの!」

「トレフブロンは、絶対に」

「負けない!」

「負けない」

「裏切らない!」

「裏切らない」

「エイエイオー!」

「それはさっき言ってなかっただろ」

「もう、ベイビーたら!」

 アニータが頬を膨らませるのを見て、一同は思わず、笑った。

 四人は、干川は、ピギは、アニータは、グリーンは、仲間だ。どの世界の絆よりも強い、人類の命を預けられた仲間だ。

 チリン、と再び干川の鈴が鳴った瞬間、監視装置から、悲鳴が上がった。ピギの小さな悲鳴を背に、干川は装置を覗き込む。

「パリだ」

「私のアパートの近く。場所は分かる!」

 アニータがナヒレに触れ、戦闘機ごと移動する。ワープ時の衝撃はまったくないと言ってよかったが、すぐに、衝撃が地面から突き上げるように襲ってくる。

 干川達の眼前にあるのは、巨大な人型の怪物。

「あれが……ローチ……?」

「マネキンみたいな形してるね」

「とにかく、撃て!」

 グリーンの号令で干川とアニータが飛び出す。前衛は干川。試しに人間の急所である頭めがけて弾を送る。ローチがのけぞり、叫びをあげる。

「ジーク! ローチのスキルとか分かんないのっ」

「残念ながら、我々は戦わずに逃げたので……」

「あ~もう、役に立たないなあっ!」

 アニータがローチの背後に回り、のけぞった頭を頭上から撃ち込む。さらにローチはのけぞり、地面に寝ころんだような体勢になる。

「思ったより弱いじゃん」

「油断するな、馬鹿」

「だってさー」

 アニータが戦闘機に視線を送った瞬間、次々と水のような物質がアニータたちを襲った。攻撃かと避けて干川がローチを確認すると、質量がかなり減っている。

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「きゃあ!」

 ピギの悲鳴が聞こえ、干川は地上を見下ろした。分裂した人型のローチが彼女たちを襲っている。グリーンが慌ててローチたちを散らして、戦闘機を旋回させる。

「ピギ! 大丈夫かっ、ピギ!」

「あ……あ……」

「しっかりしろ!」

「私……」

「何?」

「私だった……」

 襲い来るローチに銃口を向けるピギだが、撃ち込もうとしない。

 干川が慌ててピギを救い上げる。ナヒレから彼女を離すことは危険ともいえたが、そうも言っていられない。背後ではアニータがあふれ出るローチを射撃して潰し続けているが、撃たれて破裂したローチは再び、小さくなって人型を作っていく。

「キリがない……プラナリアかよ!」

「プラナリア?」

「ググれ馬鹿!」

 グリーンは干川からピギを受け取り、彼女のスーツを使って防御壁を作って戦闘機を包んだ。これで干川とアニータは戻れない。だが、ナヒレは守れる。

「ピギ、どういうことなんだ、ローチがお前だって」

「同じ顔をしてた……」

「は?」

「あの怪物……私を、私と同じ顔で、見てた」

 突然の襲来に人々は逃げ惑っていた。アニータが攻撃しながらピギの防空壕に逃げるように言うが、声が届かない。

「ちっくしょぉー!」

 アニータがレーザービームを出して、体を一回転させる。その場にいたローチが再び分裂し、うごめきだす。

「攻撃するなアニータ! 敵が分裂してるだけだ、この攻撃は効かないんだ!」

「じゃあどうしろってのよ!」

 グリーンは、ナヒレに手をかけてはっとする。逃げるか、攻撃しても分裂する生命? 対抗策が、分からない。

「でも奴らはまだ、攻撃してきてない!」

 ナヒレを掴んでうつむくグリーンに気づいたのか、干川が地面に向かって叫んだ。

「誰か襲わせろ!」

「はあ?」

「そうじゃないと、対策方法も分からない!」

「何言って……」

 戸惑うアニータと干川の背後で、悲鳴が上がった。慌てて振り返った彼らの目の前にあったのは、ローチにキスをされるように取り込まれた男性。アニータが飛んでいこうとするのを、グリーンが叫んで止める。
 男性の体はローチに包まれると、ローチと同じ液体になって、はじけ飛んだ。

「ひっ……!」

「人体を液状化させた……? 自分と同物質にできるのか?」

 視線を取られたグリーンの戦闘機に、ローチがまとわりついた。エンジンが彼らを吹き飛ばして、干川達と同じ目線まで飛ぶ。

「サンプルを取れば俺たちも取り込まれる……八方ふさがりだな」

「あいつらを閉じ込めるのはどうだ?」

「は?」

「ピギの防御壁の中に、あいつらを全部閉じ込める。そうすれば、誰も襲わないだろっ」

「そんなの、その場しのぎに過ぎない」

「それでも水にされるよりマシでしょ! ピギ!」

 ピギは震えながらも、余計なほどにうなずいてみせた。それを確認し、干川とアニータは砲撃から風を吹かせて、液状のローチを一か所に集める。

「ピギ!」

 ピギの防御壁が、ローチを包んだ。入りきらなかった分も次々に、防御壁の中に閉じ込めていく。周囲で逃げ惑っていた人間たちが足を止め、勝利の歓声を上げた。干川達はほっとして、地面に降り立つ。

「あとは、処分の方法を……」

 その瞬間だ、干川達の背後にあった防御壁が、はじけ飛んで破片を飛び散らせた。破片に巻き込まれた人の悲鳴が響く。

「うそでしょ……」

 防御壁で固めたローチが、再びそれぞれの個体となって、干川達を見つめていた。

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