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アスレチック・スキルズ・モデル(ASM)の「同心円的アプローチ」とは

アスレチック・スキルズ・モデル(ASM)の「同心円的アプローチ」とは、子どもから大人までの運動学習・運動発達を、中心から外側へ向かう複数の段階として捉える指導デザインの考え方です。ここでは、その概要と具体的な活用方法について解説します。



1. 同心円的アプローチの概要

  1. 中心(コア)のBMS
    ASMでは「10のBMS(Basic Movement Skills)」を運動能力の土台と位置づけています。この10のBMS(バランス・回転・移動・投げる捕る打つ・キック・よじ登る・スイング・ダンスなど)は、どの競技にも共通する“汎用的な身体操作”の集合体です。

    • 同心円の中心部分には、この基礎的な身体能力を形成するBMSが配置されます。子ども時代は、まずここを多面的に強化する段階と考えられます。

  2. 外側(専門スキル)への発展
    年齢や熟練度が上がると、自然に「競技特有の動作」や「高度な戦術・プレー」を身につける段階へ進みます。

    • 同心円の外側に向かうほど専門性が高くなり、より複雑かつ高度なスキルが要求されます。

    • 例えばサッカーなら、インサイドキックやヘディング、ポジショニングの戦術など、バレーボールなら、スパイクやブロックの連携などが該当します。

  3. 行き来が可能
    同心円的アプローチでは、専門スキルを学びながらも、「必要があればいつでも中心の基礎(BMS)に戻って再調整する」ことが大切とされます。

    • 専門的なフォームが崩れ始めたり、怪我のリスクが高まったりした場合には、もう一度基礎動作(バランス・着地・身体の使い方)に立ち返って修正する。

    • これにより、“専門領域だけをただ突き詰める”早期専門化の弊害を回避し、身体の偏りやオーバーユースを防ぐ効果が期待できます。


2. 同心円的アプローチの具体的な進め方

(1) 幼少期~初学者:中心のBMSを充実させる

  • 遊びを通じたBMS習得
    まずは鬼ごっこ、ボール遊び、跳び箱、マット運動など、多様な動きを「遊び感覚」で経験させます。制約主導アプローチ(CLA)の考え方を取り入れ、課題や環境を操作して自然に体が「走る」「回転する」「投げる捕る」などを豊富に学ぶ機会を作ります。

  • 複数スポーツの体験
    ASMのコンセプトでは「早期に特定競技へ狭く専門化する」のではなく、様々な種目やアクティビティを体験させることでBMSを幅広く身につけることを推奨します。

(2) 中級者:外側への移行と中心との往復

  • 専門競技に近い練習へ
    小学校高学年~中学生くらいになると、本人の興味や適性に応じて特定の競技をメインで練習する段階が始まります。

  • 基礎と専門の融合
    例えば、サッカーのシュート練習でフォームが不安定なら、BMSの「バランスと倒れる動き」「ジャンプと着地」に立ち返って足腰の安定性を確認し直す、といった形で基礎に戻って修正します。

  • ドナースポーツの導入
    「別競技で培った動き(ドナースポーツ)」がメイン競技に好影響を与えるケースは多く、たとえばバドミントンのフットワークがテニスの動きに寄与する等、BMSを活かした種目間の連携を考慮します。

(3) 上級者・専門競技者:外縁部での高度化

  • 高い専門性の獲得
    中高生~大学生や社会人の段階では、外縁部にあたる「競技特化領域」の練習がより重要になります。

  • 中心への回帰で怪我を回避
    シーズン中にフォームが崩れたり怪我をしそうな予兆があったりする場合には、再び中心に立ち返って柔軟性やバランスのトレーニングを強化し、身体をリセット・再調整します。

  • 複雑系理論の応用
    競技が高度になるほど要求される身体・認知スキルは複雑で、制約主導アプローチ(CLA)や非線形ペタゴジーを活用して環境・課題を多面的にデザインし、競技者自身が最適解を探り続ける場を提供します。


3. 同心円的アプローチのメリット

  1. 長期的視野での育成がしやすい
    子どもの成長に合わせて段階的に専門性を高める一方、常に基礎へ戻れるため、早期専門化による身体偏りや燃え尽き症候群を防ぎやすい。

  2. 怪我予防・リスク管理
    専門技術の反復だけでなく、多様な動作で全身をバランスよく使うため、オーバーユースのリスクが軽減。
    何か問題があれば、中心のBMSを再度チェックすることで修正しやすい。

  3. 幅広い可能性の確保
    子どもが途中で競技変更をしたり、別のスポーツにも挑戦したいと思ったとき、中心のBMSが充実していればスムーズに移行できる。

  4. 指導設計のしやすさ
    同心円構造で整理すれば、「どこに問題があり、どのレイヤーに戻って指導すべきか」を把握しやすくなる。複雑系理論の枠内で「身体→競技」と行き来しつつ計画を立てられる。


4. 具体的導入例

  • サッカー指導の事例

    • 小学1〜3年:様々なボール遊び、鬼ごっこ、バランス遊び、坂道ランなどでBMSを充実。

    • 小学4〜6年:徐々にサッカー特有のパス・ドリブルを強化。でも、身体のバランスが崩れたり躍動感が欠けたと感じたら、BMSの「バランス」「移動」「蹴る」の基礎ドリルへ回帰。

    • 中学〜高校:戦術練習を中心に据え、メンタル面も含めて高度な要求をする時期。ただし、シーズン終盤や疲労が溜まる時期には、足首や体幹、着地動作の再確認を重点的に行うなど、中心に戻ってメンテナンス。

  • 体操クラブの事例

    • 幼児・小学生初期:マット・平均台・跳び箱などで色々な回転やバランス動作を遊び感覚で身につける(BMSの「回転」「バランス」中心)。

    • 競技専門コース:高度な演技(大車輪、宙返り)へ発展するが、空中感覚が乱れたときには基本のでんぐり返しや側転、補助器具を使ったバランス練習に戻る。


5. まとめ

「同心円的アプローチ」は、アスレチック・スキルズ・モデル(ASM)の中核を成す考え方で、スポーツの専門スキルと汎用的な基礎運動スキル(BMS)を行ったり来たりしながら育成する仕組みを示します。この循環構造により、

  • 幼少期の「多様な遊び」から競技の専門性へ円滑に移行でき、

  • いつでも基礎へ立ち返って身体の使い方や動作パターンを修正し、

  • 長期的には怪我の少ない、柔軟で高いパフォーマンスを発揮できるアスリートや運動好きな人材を育てやすくなる、
    というメリットを得られます。

競技志向が強くなると、つい専門動作の反復に偏りがちですが、同心円の中心“BMS”を常に見据え、必要に応じて戻るという意識を持つだけで、指導の幅は大きく広がります。非線形ペタゴジーや制約主導アプローチなどの先進理論とも密接にリンクするため、多様な学習環境づくりと組み合わせて実践すると、より効果的な指導が可能になるでしょう。

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