【職人探訪vol.13】塗師屋に飛び込んだ女性椀木地職人・近澤蒔さん前編
こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。
越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。
第13回目は、漆琳堂に「木地師」として入社した近澤 蒔(以下、蒔ちゃん)をご紹介します。
木地師とは、木材を轆轤(ろくろ)で挽き、お椀やお盆といった丸物木地に仕上げる職人のこと。鉋(かんな)を自身で加工し、木地を高い完成度で仕上げていきます。蒔ちゃんは漆琳堂の木地師として、腕を振るっています。
実は木地師が漆琳堂に在籍するのは約100年ぶりのこと。
漆琳堂はこれまで「漆塗り」を専門とする工房として230年余りに渡って歴史を紡いできました。過去には社内で木地製造に取り組んだ時代がありましたが、高度経済成長期以降、漆器の量産が求められるようになったことで産地内の分業化が進み、漆琳堂は塗師(漆塗りを専門とする職人のこと)の工房となりました。
今回は、木地師である蒔ちゃんが漆琳堂に入社するまでの経緯や、漆琳堂の新しい挑戦についてお話ししたいと思います。まずは漆琳堂が木地の製造に取り組むことになった背景から。
越前漆器の里、福井県鯖江市河和田(かわだ)
漆琳堂の工房は福井県鯖江市の河和田地区にあります。ここは日本一の業務漆器の産地であり、1500年もの歴史を誇る越前漆器を継承しながら、長きにわたり漆器づくりを続けてきました。
河和田の漆器づくりの特長に「分業体制」があります。木地師、下地師、塗師、蒔絵師といった各工程を専門の職人が分担し、それぞれの高度な技術を結集させることで、美しく堅牢な漆器を作り上げてきました。
厳しい課題に直面する産地
職人の高齢化、後継者不足に加え、漆器の需要自体が減少しており、現在、産地の出荷額や職人数は、1980年代の3分の1にまで減少してしまいました。この状況により、従来の「分業体制」を維持することが難しくなっています。河和田の伝統を守りながらも、どのように新たな道を切り開いていくかが問われています。
解決策としての垂直統合:木地場の整備へ
産地の現状に向き合い、漆琳堂が生産ラインの安定化を図るために考えた解決策が「木地場の整備」でした。木地場を整備することで、社内で木地製造から塗りまでの全工程を一貫して行える「社内一貫体制」を整えることが可能になります。
これにより、従来の産地内での分業体制から垂直統合へとシフトし、漆琳堂は自社で木地製造を始めることを決断しました。
木地場の整備によって可能になったこと
2024年7月より稼働を開始した木地場では、小ロットからのオーダーメイドの漆器製造が可能となり、1個単位からサンプルの製造にも対応しています。さらに、既存のお椀の木地にはないデザインや細部の調整も可能となりました。
従来はロット数の制限や柔軟な対応が難しかった部分もありましたが、今後は新たなデザインやお客様のニーズに応じたアイデアを形にしていくことを目指しています。
漆琳堂の木地師とその仕事
ーー蒔ちゃん、今日はよろしくお願いします。木地師になるまでの経緯についてから話していきましょう。
テレビで偶然、石川県挽物轆轤技術研修所(木地師に必要となる専門技術や知識を学ぶことができる研修所。以下、研修所と呼ぶ)が紹介されているのを見ました。その時に始めて木地師のことを知って、直感的に「私もやってみたい!」と思いました。そのまま研修所に入学して4年間通い、卒業後に漆琳堂に入社させていただきました。
ーー直感で木地師を目指す行動力!研修所ではどんなことを学んでいたの?
重要無形文化財「木工芸」の保持者である川北良造先生をはじめ、経験豊富な先生方から直接、木地師としての専門技術を実践的に学びました。
ーー学んだことのなかで印象的なことはあった?
研修所ではお茶やお花の授業もありました。これは、茶器や花器の注文を受けた時、使い手の視点に立ってものづくりができるようにとの考えからです。
職人には美しいものをつくるだけではなく、使い手がどのようなものを求めているのかを理解したり、想像する力が求められることを学ぶことができて、とても貴重な経験でした。
ーー漆琳堂での仕事についてお話を聞いていきます。漆琳堂に入社してから印象的だった仕事はある?
印象的だったのは工芸の文字をイメージしたトロフィーですね!完成した時にものすごく達成感がありました。私が木地を挽いて、塗師が漆を塗って。まさに漆琳堂のチームワークが形になった商品だと思います。
ーーこれまでの漆琳堂ではお椀以外の仕事を受けることはほとんどなかったし、社内に木地師がいることでスピード感を持って進めていけることを実感できた仕事だったよね。
そうですね!私もどんな形だったら漆を塗りやすいかとか塗師のメンバーに相談しながら進めることができました。効率的にクオリティ高い仕事ができることはもちろん、社内にはデザイナー、塗師、伝統工芸士もいるのでデザイン面の相談から完成までを一貫して対応できるのが漆琳堂の強みだと思います。
ーー木地が作れるというのは形からご提案できるということ。作れるものの幅を今までよりさらに広げることができると思う。お客様のニーズに合わせて、漆琳堂のものづくりをどんどんアップデートさせていきたいね。
そうですね!「他社ではできないけど漆琳堂ならお願いできるかもしれない!」お客様にそんな風に思ってもらうことが木地師としての目標です。お客様のこんなもの作ってみたいという想いに伴走できるように挑戦していきたいです。
蒔ちゃん、ありがとうございました。
創業231年目の新しい挑戦。新しい技術を育てていくことはわからない点も多いですが、試行錯誤しながら挑戦を続けていきます。
その挑戦のひとつひとつが100年先も漆を塗り続けられる未来に繋がると信じて。私たちと作ってみたいものがございましたら、ぜひお声がけください。一緒に挑戦していきましょう。
次回は木地挽きの面白さをテーマに漆琳堂の木地製造を深掘りしてお届けします。