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【職人探訪vol.11】 木の性質を見極め、計算され尽くした手仕事で漆器産地を支える 指物師・山下弘行さん

こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。

越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。
今回は私たち漆琳堂と長い付き合いのある山下弘行さんをご紹介したいと思います。

山下さんは河和田で3代続く指物師。「室(ムロ)」をはじめ、漆器づくりに欠かせないさまざまな道具を手がけています。 

※ムロは産地によって「風呂」と呼ぶところもあります。

漆器を回転させて乾かす「回転風呂」

山下さんとのお話の前に、まずは「ムロ」についてご紹介したいと思います。

ムロとは漆を塗った器を乾かす箪笥のような大きな木の箱のこと。漆は空気中の水分によって硬化するため、湿度の調整が欠かせません。そこでムロに入れ、中にヒーターや濡れたタオルを敷いて温度と湿度を調整することにより漆を乾かしていきます。

ムロには塗ったものをそのまま置いて乾かす「送り風呂」と回転させながら乾かす「回転風呂」の2種類があります。

お椀に漆を塗り、そのまま置いて乾かすと漆が引力で下に垂れてしまうため、一定時間ごとにお椀の向きを変える必要があります。

回転風呂はムロに回転装置を付けて一定時間経つと自動で漆器の上下が反転するようになっているのです。

回転風呂のなかは、木の枠に切れ込みが入った棒がいくつも並んでいます

漆を塗る際はお椀を手で直接持たなくても塗れるよう、「ツク」と呼ばれる小さな円柱状の棒に器をつけ、その棒を持ちながら塗ります。

塗ったあとは回転風呂の中の「アリ桟(ざん)」と呼ばれる切れ込み部分にツクを差し込むことで、回転しても器が落ちることなく乾かすことができるのです。

ツクがアリ桟にしっかり差し込まれた状態。
湿気で木が膨張することにより、さらにツクが外れにくくなります

漆琳堂では今も4つの部屋で、それぞれ大型の回転風呂が活躍しています。

100年前の回転風呂も現役で活躍中

いつも頼りにしている山下さん。漆琳堂8代目当主、内田があらためてお話を伺っていきます

ーー山下さんは初代の時からの付き合いで本当にお世話になっています。漆琳堂では4台の回転風呂を置いていますが、すべて山下さんのところで作ってもらっていると聞いています。

そうやね。この回転風呂だと100年くらい前のものだから、私の祖父が作ったものやろうなぁ。ほかの部屋にある回転風呂は、私が組み立てたからよく覚えてます。

ーー「これはうちで作ったものだ」というのはわかるものですか?

わかるわかる。作り方にも流派があるので、これはうちのやり方やっちゅうのは見るとわかるもんです。

ーー今でこそ機械で回転させていますが、昔は手動で漆器を回して乾かしていたんですよね。

そう。手でひとつずつ返したり、天井に穴をあけて2階から滑車や分銅を垂らして回転させたりしていたんですよ。一定時間ごとに漆器を返す必要があるので、職人たちは夜外で飲んでいても途中で家に帰っていたなんて話もあったほど。家を空けられないので、職人は旅行にも行けない仕事だって言われてました。・

ーーそこから便利な機械式になって自動で回転させられるようになりました。うちにある一番新しい回転風呂でも40年ほど前に組み立ててもらったものですよね。材料を運んで部屋の中で組み立てるのに驚きました。

小さいムロは組み上がった状態で納めるものもあるけど、このくらい大きな回転風呂は入口にも入らんからね。そういう場合は工房に通いながら1カ月以上かけて組み上げていくんですよ。

ーーまさに部屋の中にもう一つ部屋を建てるような感じですね。


納得できる木を探す難しさ

ーー山下さんの指物技術は釘を使わず組み立ていくので、こうして何十年も前の回転風呂も現役で使えているのがすごいなと思っています。一方で、丈夫だからこそ新しい注文が少なくなってしまうのではないかと気になっています。

昔の景気が良い頃は、工房から職人が独立するたびに注文があったけど、今はこの規模の回転風呂が必要な工房は少なくなってしまったね。ほかの漆器産地で職人の学校などからの注文がくることはあるけど、河和田では修理依頼がほとんどです。

長年使っているうちに空いてしまった隙間を山下さんが新材を入れて補強してくれました

ーー長い間使っているとどうしても欠けたり隙間ができたりしてしまう部分を、山下さんはずっとメンテナンスしてくださってるんですよね。ところでムロには何の木を使ってるんですか?

外側は松、中の板は杉材を使っていたけど、今はなかなかいい木が見つからなくて…。外国産の桐を使うことも増えてるね。でも今は木を調達するのもひと苦労なんですよ。

ーー社会情勢の変化などで、国産の木材を手にいれるのが難しいと聞いています。

特に「アリ桟」部分に使う木は松じゃないといいものが作れないんです。杉ではやわらかすぎて切れ込みの勾配が歪んだり欠けてしまったりしてしまう。粘りがあり、強度や耐久性に優れている松だからこそ、ツクを差し込んでもしっかり噛み合うんです。

アリ桟の切れ込みの角度は0,1mm単位の細かな調整が必要

ーー山下さんには回転する部分のアリ桟やツクも作ってくださっているので、頭が上がらないです。

回転風呂はアリ桟の部分を見るとよし悪しがわかるんです。そしてツクも市販のものはあるけど、この切れ込みに合わないと回転しているうちに漆器が落ちてしまう。だから工房ごとにアリ桟に合わせた専用のツクも何百個と作るようにしているんですよ。

回転風呂のアリ桟にフィットするように作られた漆琳堂専用のツク

ーー長年この仕事をやってきて大切にしてることは何なのでしょうか?

手間がかかるけど、一つずつ丁寧にやね。やっぱりこれにつきるんとちゃうかなぁ。

ーー山下さんの姿を見てると本当にそう思います。後継者とか考えますか?

浮き沈みが激しいから、息子が継ぐといってもやめておけというかなぁ。さっきも言ったように製材所が少なくなり、納得のいく木自体が手に入らないと、いくら技があっても続けられない。ムロだけでなくほかの道具もそう。漆器業界をこれからも続けていくためには、一点だけじゃなく解決しないといけないことがまだまだあるなぁと思ってます。


釘を使わず組み上げる回転風呂をはじめ、アリ桟や職人が使うツクまで、​​正確な設計と熟練の技術が必要な山下さんの手仕事に、あらためて感銘を受けました。「一つずつ丁寧に」と仰っていた言葉に私たち塗師も背筋が伸びると同時に、後継者不足や材料の確保、作り続けられる環境づくりなど、漆器業界が直面している問題を目の当たりにし、大きな問いをいただいたような気がします。

山下さん、ありがとうございました。


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