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【職人探訪vol.12】 技の研鑽はライフワーク 蒔絵師・助田幹夫さん

こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。

越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。

第12回目は、福井県鯖江市河和田で漆器に装飾を施す蒔絵師、助田幹夫さんをご紹介します。

漆工芸の技法である「蒔絵」は漆器に漆で文様を描き、その上に金や銀の粉を蒔いて固め、光沢の出る研ぎを繰り返し、高度な技術を使って装飾していきます。

漆器といえば、黒色や朱色で塗り上げた艶やかなお椀やお盆を思い浮かべる方が多いと思いますが、漆は塗ることで美しく丈夫にするだけでなく、接着剤みたいに物をくっつける効果もあります。

接着剤のような効果を利用して金粉を付着させたり、貝を埋めたりしてさらに漆器を美しく見せようと、蒔絵師によってさまざまな装飾が施されます。

漆器に施される豪華絢爛な蒔絵は、複数の工程を経て仕上げていくため、気が遠くなるほどの時間と手間がかかる

助田さんは漆琳堂8代目当主、内田とともに、越前漆器協同組合の伝統工芸士部会に所属。
今年度から会長として任命されるなど、蒔絵師として長いキャリアを持ちながら、現在もさまざまな美術展に出品し、技の研鑽に努めています。

蒔絵師歴50年。オイルショックの最中に独立

ーー助田さん、今日はよろしくお願いします。今は何を作っているんですか?

扇子の親骨部分に蒔絵をしていたところです。竹の状態から下塗り、本塗り、蒔絵と、一本ずつ塗っていくんですよ。京都の催事に出た時に扇子屋さんから「こんなの作ってほしいんだけどできる?」と声をかけてもらって、そこから10数年注文が入っています。

親骨(扇子の1番外側にあたる部分)に水の波紋とトンボという季節感あふれる蒔絵を施す

ーー助田さんはもう河和田でも蒔絵師のベテランですよね。この仕事を何年されているんですか?

もう50年ですね。当時は義務教育を卒業したら進学か就職かで、ちょうど半分に分かれていたんです。県外に働きに出る人もいたけど、地元に漆器の産業があるし、ちょうど母親が漆器の木地の仕事をしていたこともあって、近所にいる竹内さんという蒔絵師の親方のところでお世話になりました。

「助田さんの工房内は道具や作品がいつもきれいに整っているんです。その姿勢が作品にも現れていますよね」と内田

ーーどのように仕事を覚えていったんですか? 

最初は掃除や道具の準備など下仕事がほとんどやったね。今は職人になりたいというと、わりと早くから筆を持たせてもらうけど、実際に描かせてもらったのはしばらく経ってからやったなぁ。

当時は今より仕事も多くて忙しいから、早く覚えて戦力になってほしいと思っていたとは思うけど、手厚く教えてくれるわけでもないし。最初の頃はとてもお客さんに出せるようなものはできなかったと思います。

ーー助田さんも最初はそうだったんですね。

そこから5年経ち、昭和49年に独立することになりました。それまで漆器業界は忙しくしていたんですが、前の年にオイルショックが起きたこともあって、金の価格が倍以上になってしまったんです。仕入れも大変だし、独立を見送ってもいいかなと思ってたんですが、当時はだいたい5年くらいで独立していくものだったので、思い切って今の場所で蒔絵師としてやっていくことにしました。師匠の竹内さんも、はじめのころは心配だったのか、よく顔を出してくれましたね。

ーー独立後から仕事はすぐに見つかったのでしょうか?

ぼーっとしていても仕事はやってこないからね(笑)。最初は「独立するので、お世話になります」と何件か回ったこともありましたし、業者の人がうちの工房にやってきて様子を見にくることもありました。それでもやっぱり仕事が少なくなってしんどい時もありましたね。

蒔絵師の数も今より多かったので、一人増えるとどうしてもほかの人の仕事がその分少なくなる。お師匠さんのところには私のほかに弟子も4人ほどいましたが、途中でやめて違う仕事に就く人もいました。

ーー安定して仕事をとっていくのは簡単ではないですよね。それでもここまで続けてこられた。

ほかに道がないんで、しがみついてやるしかなかったんです。手仕事は手を動かさないと意味がない。仕事が多いとそれはそれで疲れるけど、仕事がない方が身体は弱っていくんですよ。

今みたいにインターネットで作ったものが見てもらえる時代でもないので、ちょっとPRも兼ねて外に目を向けてみたんです。

あくなき表現の追求

ーー外に目を向けるとは??

河和田といえば、業務用漆器の産地なので、毎日いろんなものに蒔絵を施しますが、それだけではなく「こんなことはできるかな?」と、いろいろ実験してみることにしたんです。

例えば和紙やカードに漆を塗ったり、革に漆を塗って器や小物を作ったり…。

ーー漆皮(しっぴ)!!

そうそう。革と漆は相性がいいし、軽くて形も自在に作れるんです。何か唐突な感じがするかもしれないけど、漆皮は奈良・平安時代からある技法なんですよ。

蒔絵も色の出し方などもいろんな方法があります。例えば、この弁当箱の緑色も金と緑の顔料を使ったちょっと特殊な方法で…。

鯖江市美術展で受賞した助田さんの作品たち

ーーただ混ぜて使っているだけではないということですよね。

金や銀もただ漆の上に蒔いているだけではすぐにはがれてしまうんです。金や銀が漆の塗膜に沈み込むのを計算して顔料を蒔くことで、混ぜるのとは違ったニュアンスのある色が生まれるんですよ。

ーー塗膜に沈み込む金の状態を想定して色を表現するなんて、すごいなぁ。

蒔絵の技法の一つとしてアワビやヤコウガイなどの貝を使った「螺鈿(らでん)」もありますが、これもまた面白くてね。例えば真ん中と右は同じアワビを使っているけど、ちょっと違うでしょう。

左はアワビの貝板。キラキラ光る真珠質の部分を薄くはがし、螺鈿の材料に使う

ーー真ん中は青、右はピンクがまざっていますね。

アワビやヤコウガイは青に光る部分やピンクに光る部分があるので、真ん中の模様は青に光る薄片だけを選別して加飾しているんです。使う薄片や研ぎ出す方法によっても表現方法はさまざまなので、これもまたどこかで使えるといいなと思ってます。

ーーなんて手間のかかる作業なんだと、あらためて蒔絵師の技術のすごさを目の当たりにしました。

そうやってすでにある技法に加えて、自分で手を動かして新しいものを見つけるのが楽しくて続けているのかもしれないね。「これを使ったら、これを混ぜたらどうなるかな」と試しながら偶然面白いものができると嬉しいんです。

もともとは何か作るのが得意ではなかったし、器用でもなかったけど、続けているうちにこの仕事が楽しくなってきたような気がします。

手間がかかるし、たいていはすぐには使えないものが多いけど、地道に作品にして美術展に出すと「助田さんの作品だってすぐにわかったよ」と言ってもらえる。普段会わなくても元気でやってるんだなって年賀状がわりに見てもらいながら、これからもいろんなものを作っていきたいと思っています。

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穏やかな表情で、楽しそうに蒔絵について語ってくださった助田さん。さまざまな試行錯誤から生まれた独自の技術を駆使し、50年ものキャリアを持った現在も見た人の情感を揺さぶる作品に挑み続ける姿に、同じ職人として大変刺激を受けました。助田さん、ありがとうございました。


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