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【Inverted Angel】 販売本数2万本突破 記念イラスト&告知+α

Inverted Angelの販売本数が2万本を突破しました!!!
たくさんプレイいただきありがとうございます!!!!!

記念イラスト&イベント告知

『Inverted Angel』イラストレーターa37先生(@regalecus_00)の販売本数2万本突破&告知イラストです。

illust by a37

Inverted Angel 自主企画 展示イベント『ROOM 9801』開催!!!

2025年4月(大阪)、5月(東京)に展示イベントを開催します。展示の詳細は今後公開してゆきます&まだまだ追加コンテンツを予定していますので、ぜひ引き続きお楽しみください。

※ なおInverted Angel本編の追加シナリオを秋に公開予定と告知していましたが、2025年の配信に延期させていただけますと幸いです。楽しみにお待ちいただいている皆様すみません。。


以下はゲーム『Inverted Angel』本編の内容を含みます。
既プレイの方はご推察の通り、1ヶ月記念のものと同じくこの掌編は正史(?)ではなく想像できる可能性の一つです
掌編の体をした資料の小出しみたいな内容です。「設定資料集がほしい」という要望を夏からいただいているものの、制作が先になりそうなので……。

『感想戦』

「──それは、慣れてる私が勝てそうな対戦ゲームを選んだのを怒ってたってこと?」
「そうじゃないよ。そのときの私が『順番なんてどっちでもいい』って思ってたのは事実だからね」
「それならなんで『対戦じゃないボードゲームがいい』なんて」
「ただ遊びたいだけって。でも対戦するゲームだと多分勝負にならないし」

休日の昼下がり。私たちは本屋の前に備え付けられたテーブルでタブレットを挟んでいる。
例の一件以来、私は彼女のいる本屋を時々訪れるようになった。あいつは再び彼女に会いに来たことはないらしい。そもそも本屋に行く習慣が無いのか、あるいは『気を持った』と誤解を招くような行動は慎んでいるのかは分からないけれど。
……もちろん、再び様々な女性に気を持つようなことがあれば手を切ろうとは思っている。あいつの。

「協力して目的を達成するようなゲームもあるにはあるけど……」
「どんなの?」

タブレットの画面を彼女の方に向けて見せる。

パンデミック。協力型ボードゲームの代表的なものだ。
ウイルスが盤面中に拡まるより先に、ワクチンの材料になるカードを集めてウイルスを根絶することを目指す。
割り振られた役職やプレイヤーが引いたカード、ランダムに発生したウイルスの状況に応じて、ウイルスの拡大を食い止める役やワクチンをつくる役をうまく相談して分担することが求められる。

「楽しそう!」
「うーん、でも……」
「でも?」
「あんまり気乗りしないんだよね」
「運の要素が介入するから?」
「私は運の要素が介入するボードゲームを嫌いとまでは思ってないよ」
私が以前、人生ゲームのルーレットのような運ではなく、自らの意思決定の比重が大きいヨーロッパのボードゲームが好きだと言ったことを指しているのだろう。
「好き嫌いとか得手不得手はあるけど、だからって自分が介入できないことから逃げて生きていくことはできないでしょ?」
「それは私もそう思う」

「私が気が進まないのは、協力型のボードゲームは『上手い人が言っていることが正しい』って風になっちゃうこともあるからだよ」
「私がそんな風になっちゃうと思う?」
「根本的な思考とか関係性の話じゃなくて、盤面の上での話だよ。あなたも『対戦するゲームだと多分勝負にならない』って言ったでしょ?」

論理パズルとしての理屈が根底にあるボードゲームは、数式を解くように最適な行動がある程度は定まる側面もある。
するとお互いに隠し持った情報や目的を持って競い合うボードゲームに比べて、全員で同じ問題を解く協力型のボードゲームでは"得意な"人が数学の問題を教えてあげるかのように他の人を主導して、楽しめない人が出ることも起きる。
もちろん全員の"得意さ"の度合いが同じくらいならみんなで数学の問題を考えるような楽しみ方になるけれど、少なくとも私は恋人とパンデミックをもう一度やろうとは思わない。あの男はボードゲームがそれほど得意でないのに何が楽しくて私の趣味に時々付き合うのか、未だに分からない。

「2人でやるのに、私が正解に導くだけになったらお互い楽しくないじゃん」
「じゃあさ、お互いに隠し持った目的を加えてみるとか。相手に〇〇させる、みたいな」
「マダミスみたいなこと?」
「そうだね。犯人当てみたいに勝敗をつけるわけじゃないけど、お互いに教えられない目的を持ってたら『数学的な答え』を出したり説得したりするのは難しそうじゃない?」
「確かに、それは少し面白そうかもね。客観的に見ると合理的じゃないことを相手にさせないといけない場面が出てくるかもしれないし」
……とはいえ、相手に何かをさせる技術にもボードゲームの練度の差が出てしまう気もするけれど。

彼女にパンデミックのルールを説明してから、お互いに『相手に何をさせるか』を考えることにした。
彼女が用意してくれたメモ用紙に『赤のワクチンをつくってもらう』と書いて、テーブルに伏せて置いた。


「じゃあさ、あの計画は私とあなたの"協力"と"対戦"どっちだったのかな?」
「どういうこと?」
「あの日の出来事は一見すると、あなたの思い描いた"数学的な答え"に全ての登場人物が従って動いたようにも見えるじゃない?」
「そうかもしれないね。ただ、あなたは手札を公開してたけど私は『自分の恋人は嫌がらせビジネスを止められるかもしれない』って情報をあなたに見せてなかったし」
答えながら彼女に手番を渡した。
私の手札には赤いワクチンのカードが2枚、彼女の手札には3枚。

「そこが不思議なんだよね」
「何が?」
「あなたは『恋人を改心させる』って目的は隠してたのに、恋人が自分の意志で変わるのを期待してたことは私に言ったじゃん」
「達成できなくて殺されてもそれはそれで構わないくらいのね」
「まあ、ね」
「それで、何が不思議なの?」
彼女はタブレットに目を落としたまま答えた。
「あなたは『人の考えもパズルの論理で読み解けるからボードゲームが好きだし得意』って言ってたのに、一方で今日は『"協力"と言いながら実質的には論理で思い通りに他人が動いてしまうのは気乗りしない』って言ったよね」
「……思い通りにしたいのかしたくないのか、って?」
「そう。あの日のあなたは、私と"協力"して思い通りにしたかったのか、他人の頭の中に委ねて"対戦"をしたかったのか、どっちなんだろうなって」
「……どうなんだろうね」

「あなたが私の思惑通りの行動をしてくれて、あいつが私の望む通りに改心することを期待してたのは事実だと思う。でも私の思い通りになった『から』この顛末になったなら、他人は人間じゃなくてただのパズルになってしまう気もしてるっていうか。それが、私の抱える自己矛盾なんだろうね」
「ふうん」
相槌と一緒に彼女はカードを引いた。
「……何これ!いっぱいウイルスが増えたよ!?」
「エピデミックのカード。それ引いたらそうなるの」
「そっか……」
彼女はがっかりした顔をしながら呟いた。
「まあ、関係性の意味は一人では決まらないからね」
「……そりゃ、引くカードの内容は自分では決められないけど」
「それもそうだし、あなたの思惑も世界の全体像から"思わされて"いるって見方もできるってこと」
彼女のカードで拡まったウイルスは、ストックホルムのマスにパンデミックを起こそうとしていた。

「あの日の私ももちろん自分の目的が一番大事だったけど、それはそれとしてあなたの恋人がどんな人なのかにも興味があったんだよ」
「……だから、ただ気を許させるためなら不要そうな雑談もしたってこと?」
「そう、交換殺人ってゲームの得点にはきっと影響しない雑談。どんな話をしたのかも聞いたの?」
「うん。対幻想っていうのは調べてもよく分かんなかったけど」
「聞いたら調べる人なんだろうなあとは思ってたよ」

「ボードゲームに例えると誤解を招く部分もあるんだけどさ」
彼女は私にタブレットを差し出しながら言葉を続ける。
「ボードゲームにはルールがあって、その盤面の上で自分の価値判断とかアイデンティティを決めていく、あるいは決めさせられるわけだよね」
「今あなたがストックホルムにウイルスを発生させたから、私はゲームで負けないためにウイルスを消さないといけないみたいにね」
「私が発生させたわけじゃないじゃん!」
私に割り振られた役職は、ウイルスを消すために有利な能力を持っている衛生士だった。
今この状況には都合がいい。彼女の引きの後始末のために、自分の駒をストックホルムへ向かわせた。
「価値判断を決めるってことは分かるけど、アイデンティティっていうのは?」
「このゲームには『ウイルスが溢れたらゲームに負けてしまう』ってルールがあって、あなたは『ウイルスをたくさん消せる』って役職が配られた」
「そうだね」
「だからあなたはこの盤上の私たち2人っていう共同体で『誰かがワクチンをつくるための時間を稼ぐ』って役割を担うことで、アイデンティティを形成してる。そんな言い方はどう思う?」
「『ゲームにどう関与するか』っていう、あなたっぽく言えばゲームとの関係性の意味をアイデンティティって呼んでみるわけね。いいんじゃない?」
「でも、もしゲームのルール自体が良くないものだったらそれを自分のアイデンティティの拠り所にするのは危ういよね」
「与えられたルールを常に批判的に考えるべきって話?『実はこのウイルス対策チームの上層部はワクチンを独占して他の国を滅ぼそうとしている』みたいな」
「それもあるけど、ここで言うルールはみんなが"思わされて"いる目的とか規範、例えば『プレイヤー間で誰が言い出すでもなく出来た風潮』みたいなものも含むよ」
「なるほどね。私がウイルスを抑える間にあなたがワクチンをつくるなんて分担はゲームのシステムでは決まってないけど、それに反したら『私たちの間のルール』から外れたことを指摘するだろうと思うし。でもそのルールが本当にゲームの勝ちにつながるかは分からないって話かな」
「もちろんボードゲームなら『ゲームのルールが良くない』と思ったら他のゲームができるし、なんならゲーム自体しないこともできるけど」
「まあ、現実はボードゲームじゃないからね」
言いながら画面を操作して、ストックホルムに溢れたウイルスを取り除いた。
現実ではウイルスはボタン1つで取り除けないし、資本主義のゲームで店を奪われかけた彼女もそのゲームの盤上で労働をしないわけにはいかない。
……それにあの日のゲームも、私たちの間の交換殺人という目的は結果的に"悪い"ものだったとも言える。

「だから何かのゲームに身を置かないといけない現実では、ゲームのルールとか、もっと言えばゲームのつくり手が与えたルールじゃなくても集団の中の空気とかにみんなが"思わされて"いる目的とか規範とか、そういうものとの関係性をアイデンティティの拠り所にすること自体が危ういのかもしれない」
「それはどうなんだろう?……あ、残りの手番で私のカード渡すからワクチン揃えてよ」
言いながら彼女の返答を待たず、赤のワクチンのカードを受け渡した。
ウイルスを除去する役目を自分が担って、彼女にワクチンの材料を押し付ける。ごく自然な流れだ。当然の論理的判断をしたことを強調するように、タブレットを返しながら話を続ける。
「ゲームのルールが悪いものだとは限らないんじゃない?それに、どのゲームをするかはある程度は選べるしさ」
「ゲームが良いものであることと、ゲームのルールに依存した自分が良いものであることは一致しないよ」
「確かに、良い歳して年収とセックスアピールでしか自分や他人を見られない大人は見ててキツいけどさ」
「口が悪いよ!」
「ただ、常にゲームを選びながら自分のアイデンティティを形成するのが悪いこととは思えないかな。中学校で『喧嘩の強さ』でアイデンティティを形成してた人が、高校では『受験戦争の強さ』のゲームに乗り換えていくのは健全じゃない?そのゲーム自体の良し悪しは別として」
「なるほどねー」
彼女の手札にはさっき渡したカードと併せて、赤のワクチンの材料が揃いつつあった。盤面は私にとって都合の良い進み方をしている。
「あなたの視点と悩みはきっと、いろんなゲームに勝てる強者ならではのものなんだろうね」

「私の指摘は一旦保留して、とりあえず『ゲームのルールにアイデンティティを委ねる危うさ』に同意する立場で話を続けてよ」
「そうだね。その立場に一旦同意するとしたら」
彼女は駒をミュンヘンの周辺を歩き回らせている。観光でもしているのだろうか。
「アイデンティティをゲームの目的との関係性じゃなくて、そのゲームの中で生きている『私』と『あなた』の関係性で変わっていく意味付けに見出すことに重きを置いても良いんじゃない?」
「それは『誰かに依存して2人だけの世界で生きていきましょう!』ってことではなく、だよね?」
「そうだよ。ゲームのルールに依存して生きていかないための見方とでも言うのかな」
「私の言い方で言えば人間は盤上のルールから逃れることまではできないし、あなたの言い方で言えば『私』も『あなた』も世界の全体像とつながってるしね」
「良いこと言うね!」
ご機嫌な勢いのまま彼女はカードを引いた。
捲れたのは赤いワクチンの材料だ。今日はご都合主義に思えるほど都合がいい。
「……あ!5枚揃ったよ!」
「じゃあ、次のターンに赤のワクチンをつくったらおしまい」
「私も引きが強くない!?」
「そうだね、本当はもっと難しいゲームなんだけど。お陰でこのゲームは勝ち確だよ」
ご機嫌そうに彼女はニコニコしている。
実際のところ、このゲームで運が良いのは彼女以上に私だけど。
「それから?対幻想ってワードは今の話にどう出てくるの?」
「対幻想っていうのは、今話してたようなことを議論して『私』と『あなた』の関係性にアイデンティティを見出すための補助線とでも言うのかな。雑に言えば、昭和の時代に国家や会社のイデオロギーとか社会の流れにアイデンティティを委ねないために『お国や会社のために働く自分』じゃなくて『妻や家のために働く自分』って存在を考えるみたいにね」
「それはそれで、まさに昭和的な発想じゃない?その『妻』のアイデンティティが無視されてるし、私もあなたも家長制度なんて死んでもお断りでしょ」
「そうだね。だからきっとこの話は今の私たちにとっては不完全なんだと思う」
私は自分の手番でやることがないので、適当に駒をイスタンブール辺りで歩かせる。観光でもしているみたいだ。
「ただ、恋愛とか家庭に限らず広い意味で、ゲームのルールとか集団の中で"思わされて"いることから自立するのは『私』と『あなた』の関係性を考えることから始まるんだろうなって」

「じゃあ、そういう類の話をあの日にした理由は?」
「うーん。強いて言うなら」
彼女は目線を上げた。
このゲーム中、はじめて彼女と目を合わせた気がした。
「あなたが『盤上に立っても駒じゃなくて人間で居られそう』と思う人が、どんな風に『私』と『あなた』の関係性を考えるのか知りたかったの。普通ならただ別れればいいような相手だと思ったし」
「……ちょっと、難しいかも」
「私にもうまく言えないや。ただ、そういう話をしたかっただけ」
彼女は私から手番を受け取りながら小さく笑った。
「まあ、でも」
「でも?」
勝負しても相手にならないのに何故か時々ボードゲームに付き合おうとする、盤を挟んでもよく喋る人間の顔が思い浮かんだ。
「ちょっと興味が湧いてきたかも。その話の本も置いてる?」
「もちろん」
「じゃあ、ちょうどゲームも終わりそうだし」

彼女がワクチンの生成ボタンをタップすると同時に、ゲームクリアの演出が表示された。
「……やったー!クリアできたね!」
「面白かった?」
「面白かったよ。それに心配してたみたいに、あなたが正解に導くだけにもならなかったんじゃない?」
「そう?」
テーブルの上の紙を表に向けて彼女に見せた。
「私が『相手にさせること』は、赤のワクチンをつくってもらうことだよ」
「……あー」
行動ログを開くまでもなく彼女は気づいたようだった。
「役割分担も当たり前の判断だったし、自然にカード渡されたから何も思わなかったな……」
「偶々あなたの手札に材料が集まってた運にも助けられたけどね。自分の介入できないことと、私たちの関係性との全体像ってことかな」
私がパズルを解いたわけではなく。そう言い切れるかどうかは、今の自分にはまだ分からなかった。


「今日はあの日の感想戦みたいだったね」
「殺人未遂の話までボードゲームに例えるんだね……」
彼女が本の在庫を持ってテーブルに戻ってきた。わざわざQRコード決済のポップまで持ってきてくれたらしい。
「でも話せて良かった気がする。なんとなくあの日のことはあんまり話さないようにしてたじゃない?」
「まあ、私が後ろめたかったのかもね。殺人未遂を"させた"っていうこともだし、ボードゲームみたいに論理で読み解いて誰かに何かを"させる"ってこと自体についてもね」

「その気持ちは少しは分かったつもりになれた気はするけどさ」
彼女はQRコードを差し出しながら話を続ける。
そこにスマホのカメラを向けながら、彼女の言葉の続きを待った。
「あなたが盤面で思い描いた通りのことが起きたとしても、『私』と『あなた』の関係性は"対戦"になってるからきっと大丈夫だよ」
「それはあいつとの話?」
「それもそうだし」
手元のスマホからは決済音が聞こえた。
「今この場の私との、もっと具体的な話としてもね」
「……あなたも私に『何をさせるか』がうまく行ってたの?」

そういえば、彼女の紙に何が書かれていたのかをまだ見ていなかった。
さっきのゲーム中、私を誘導するような素振りは感じ取れなかったけど。彼女はそんなにボードゲームが上手かったのだろうか。

「現実はボードゲームじゃないってあなたも言ったでしょ?」
「それが何?」
「盤の上の出来事だけがゲームだとは限らないってこと」

彼女は紙を裏返した。
そこには『本を買って帰ってもらう』と書かれていた。

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