【Inverted Angel】 リリース1ヶ月記念イラスト+α
記念イラスト
『Inverted Angel』イラストレーターa37先生(@regalecus_00)のリリース1ヶ月記念イラストです。かわいい〜。
以下はゲーム『Inverted Angel』本編の内容を含みます。
また(既プレイの方はご推察の通り)この掌編は正史(?)ではなく想像できる可能性の一つです。二次創作みたいなものですね。
『サラダとケーキと記念日に関する考察』
「ねえ、記念日って文化についてどう思う?」
注文を聞き終えたウェイターが立ち去るなり、彼女は脈絡の無いことを言い出した。
……いや。脈絡が無いわけではない。
本当は分かっている。自分が窮地に立たされていることを。
「祝日は多い方が嬉しいかもね。憲法記念日とか」
「そうじゃなくて、もっと身近なことに直結してるような記念日だよ」
「有馬記念とか?」
「君はギャンブルしないでしょ?」
「元ストーカーと付き合ってるのは結構なギャンブルだと思うけど」
今日で、彼女との交際を始めてちょうど一ヶ月が経つ。
彼女はきっと『自分が記念日を大事にする価値観の人なのか』『そもそも記念日を覚えているのか』を探っているのだろう。
そしてわざわざ探りを入れるということは、きっと彼女の方は記念日を大事にする価値観の人だ。
一方で自分はというと、今日の今日まで交際一ヶ月の記念日なんて頭にもよぎらなかった。
「……サラダ記念日ってあるじゃん」
「この味がいいねと君が言ったから 七月六日はサラダ記念日、だっけ?」
「そうそう」
「それが何?」
「昔の知り合いにさ、あの短歌が嫌いな人が居たんだ」
「な、なんで?」
「男の一喜一憂で記念日をつくるような女になりたくない、って」
「……女ってまさか、元カノの話してるの!?嘘でしょ!?」
「違うよ!」
「普段なら別に過去の恋愛の話されたくらいで怒ったりしないけどさ……でも今日に限って……」
違うと言っているのだけれど。
彼女は『そういう気質』を発揮するときは、人の話を聞いてくれない節がある。
「……今日に限って?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
彼女は慌てて誤魔化した。
珍しく、分かりやすい取り乱し方だ。
きっと彼女は、記念日を大事に覚えている。
でも。
きっと彼女は、自分が記念日を覚えていなくても指摘したり怒ったりはしないのだろう。その事実を確かめたらそっと胸の奥に仕舞って、少しだけ傷ついてから何事もない顔をする様子が想像できる。
「それで、サラダ記念日の話で君は何が言いたかったの?」
「君の言うところの自立に関係ありそうな気がしたんだ」
本当は時間を稼ぐために連想したエピソードが口を突いただけで、深い意図はなかったけれど。
「相手の一喜一憂に依存して記念碑を建てていたら、自分の足の踏み場がなくなるんじゃないかって」
「うーん。その人の言ってることは分からなくはないけどさ、私は『君の』一喜一憂に依存してるつもりはないよ?」
「どういうこと?」
「君もそうしたいと思うなら、私は君がチーズケーキを出してくれた日をチーズケーキ記念日にしたいよ。それは君がくれた優しさを受け取った『私の』一喜一憂だからね」
「そのチーズケーキは、概念としての?」
「概念としてのチーズケーキって何!?」
そのワードが面白かったらしく、彼女はしばらく笑っていた。
まだ料理が運ばれて来る気配はない。もうしばらくは気付かない振りを続ける必要がありそうだ。
「それもそれで、僕の目線ではチーズケーキ記念日は『君の』一喜一憂に依存してしまうんじゃない?」
「だから私は『君もそうしたいと思うなら』って言ったんだよ」
「だったらサラダ記念日も、お互いに『そうしたい』と思ってるなら依存とは呼ばないのかな」
「君の知り合いとか俵万智の気持ちは違うかもしれないけど、私はサラダ記念日を好きでも嫌いでもないよ」
「まあ、何かの日に『記念日』って意味付けがされるかどうかも、関係性の全体像で決まることなんだろうね」
彼女は少し視線を逸らして、そう小さくこぼした。
その心境に呼応するかのように店内の照明が暗くなった。
「ところで」
甘く漂うバニラの香りが空気を満たした。彼女は不思議そうに辺りを見渡している。
店の奥から、キャンドルが煌めくチーズケーキを携えたウェイターがゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。
「今日は、交際一ヶ月の記念日だね」
「……え?」
自分は今日の今日まで交際一ヶ月の記念日なんて頭にもよぎらなかった。
だから、今朝になって気付くことができたのは幸運だった。
彼女との待ち合わせに向かう前に郵便受けを開けると、何枚かのポスティング広告の中にあったレストランのサプライズサービスが目についた。
それを見て、そういえばそろそろ彼女と交際を始めて1ヶ月くらいだろうかと思い起こしてみると、今日は1ヶ月 『くらい』ではなかったことに気がついたのだった。
贈り物のひとつも用意できなかったけれど、急遽予約したサプライズのホールケーキをチーズケーキにしてもらうくらいのお願いは受け入れてもらうことができた。
「──じゃあ君は、私が『今日は記念日だ』って匂わせてることに気付かない振りをしてたの?」
レストランを出てから、ひとしきり笑ったり泣いたりし終えた彼女に冷静な声で尋ねられた。
「そうだよ」
「……君に騙される日が来るなんて、思ってもなかったよ」
「いつかやり返したいなと思ってたんだ。それに」
「それに?」
「たまには騙された振りをして騙してみるのも、言葉にできない優しさだからね」
◇
アパートの階段を昇っていると、月に近づいているような気分になった。
彼には今夜も終電前に帰るように促されてしまった。彼なりの真面目さだとは分かっているし納得しているけれど、同棲まであと何年かかるのか想像もつかない。
それでも彼が記念日を大事にしようと思ってくれたことだけで、帰り道の足取りは軽かった。
「……あれ、鍵どこだろう」
鞄の中にあるはずの家の鍵がなかなか見つからない。
月明かりの方に心持ち近づいて、荷物を改めてみる。
彼はお人好しだけど、妙に大雑把で抜けているところもたくさんある。
きっと彼は、記念日を覚えたりはしない。
でも。
きっと彼は、私が記念日を気にしていたことに気付いたら負い目を感じる様子が想像できる。
だったら『君に負い目を感じさせたくないから』って言い訳で、少しくらい甘えてもいいよね?
たまには騙された振りをして騙してみるのも、言葉にできない優しさだから。
「あ、よかった」
試し刷りしたフライヤーの裏に、家の鍵が隠れていたのを見つけた。
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