見出し画像

【先行公開】 サンタクロースの不在証明・解決編

注意

 このnoteは、クリスマスの未明に投稿した「読者への挑戦状」型小説の解答編です。

 未読の方は、まずは必ずこちらをお読みください。



解答編

 布団から出ると、凍りつきそうなほど寒かった。
 一瞬にして寝ぼけた頭が覚醒する。
 現場の状況をいま一度、整理しておこう。
 南向きの窓を見上げると、昨夜のまま、二重窓のうち外側の窓は、欄間の上の縦三十センチ横四十センチだけ開いている。欄間の下の古ぼけた掃き出し窓はぴったり閉められて、クレセント錠で鍵がかかっていた。外側、つまりベランダ側からなんらかのトリックを使ってクレセント錠をこじ開け、また元に戻したような形跡は、いまのところ見当たらない。内側の新しいほうの窓には、クレセント錠がかかっておらず、横四十センチだけ開いている。このふたつの窓によって形成された、縦三十センチ横四十センチの空間からは、朝の寒気が絶え間なく流れ込んでくる。寒くて堪らないので、わたしは学習机の鍵つきの引き出しを開錠してスマートフォンを取り出し、窓の写真を撮影してから、学習机に乗って外側の欄間の上の窓を閉めて施錠した。これでひとまず外気の流入が止まり、寒さは少しだけ和らぐ。続いて床に降りて内側の掃き出し窓を閉め、クレセント錠をかけた。こちらのクレセント錠には、誤動作防止用の機構も備わっているので、忘れずに施しておく。
 ちなみに、スマートフォンは、今年の誕生日にお父さんお母さんに買ってもらったプレゼントだ。店頭で最も安く買うことができた二世代前の機種だけれど、写真の撮影自体は問題なく行なえる。
 よくよく考えれば高価なものだし、月々の料金もかかるから、それこそ小学生にとっては分不相応な代物。だけど、この多感な世代に他人と違うということは、それだけで排除の対象になってしまいかねない。誰々ちゃんが持っているから。誰々ちゃん、誕生日にスマホ買ってもらったんだって。そんな形でねだられたら、親だって頭ごなしに突っぱねるのを躊躇してしまうだろう。
 内閣府による二〇一七年度の調査によれば、小学生(四年生以上)の携帯電話・スマートフォンの所有・利用率は五五・五%。二〇一〇年度には同二〇・九%だったことを考えれば、これは急激な普及率の上昇といえるだろう。「朝シャン」が流行語大賞に選ばれた一九八七年から三十年、時代は劇的に変化を遂げているのだ。小学校では二〇二〇年度からプログラミング教育が必修化されることがたびたびニュースになっているし、学期末の成績表の電子化も、その流れに乗ったものだろう。政府によれば、二〇二五年度までには、児童生徒がひとり一台、パソコンやタブレットを利用できる教育環境の整備を進めていくという。
 わたしの部屋にはテレビがないが、スマートフォンさえあれば、ワイファイにつなげて好きな動画が見放題。小説やマンガを読むのに疲れたときには、動画サイトで暇をつぶしている。好きじゃない番組でも一方的に流れてくるテレビに、興味が湧かなくなるわけだ。
 スマートフォンは時間の確認にも役立つ。昨夜も、日の入りの時間は国立天文台の予報では午後四時三十分頃。夕食のために一階に下りた午後六時の時点ではとっくに照明が必要になっていたが、蓄光塗料の持続時間は、長くても約六時間だという。わたしの部屋の壁掛け時計は古いので、持ってせいぜい四時間くらい。夕食後に二階に上がったのが夜七時半過ぎ、最後の消灯をしたのが夜八時だから、シーリングライトによる三十分弱の蓄光時間はあったにしても、日付変更後まで起きているつもりだったのだから、心許ない。実際、夜十一時頃からは、針が見えにくくなった壁掛け時計ではなく、スマートフォンで時間を確認していた。煌々と光るバックライトで起きているのがバレてしまえば、サンタクロースも警戒して引き返してしまうかもしれないから、起動時間は毎回ほんの数秒に留めたけれど。それに、寝たふりをしながらサンタの「犯行」の決定的瞬間を捉えるためにも、フラッシュ機能つきのスマートフォンはぜひとも必要なアイテムだった。
 話を戻そう。
 次に、わたしは床に目を向けた。高さ三十センチの辺りに張った五本のテグスの罠は、仕掛けたときのまま、動かされた形跡はないように見える。壁に刺した画鋲が不自然に折れ曲がっていたり、壁の穴が抉れて拡がったりはしていない。念のためスマートフォンで撮影してから、邪魔なのでテグスを外して机の上に置いておく。
 ドアに仕掛けたモンポケのメモ用紙にも不審な点は一切なかった。ドアの鍵は施錠されたままだ。スマートフォンで撮影したあと、試しにドアを開けてみると、ほんの少し開けただけでメモ用紙はあっさり破れた。人間ひとりがとても通れそうにないほどの角度。ドアを開けて侵入したという線は「消し」でいいだろう。
 そのほか、部屋全体を改めて精査してみたが、やはり異状なし。ただひとつ変わった点といえば、床に堂々と、わたしが望んだプレゼントが置かれている点だけだった。
 当面スマートフォンがあれば写真撮影に困ることはないから、もらえなければそのときはそのときだと諦めかけていたけれど、本当にプレゼントしてくれたサンタさんは、やはり有能。
 わたしは思いのほか軽い「それ」を手に取って、一階へと下りていった。ドアに仕掛ける細工は、おそらく、もう必要ない。

 ***

「サンタクロースは、犯人は、やっぱりお父さんとお母さんだったんだね」
 ダイニングに入るなり、わたしはプレゼントを突きつけた。お母さんはカウンターキッチンで朝ごはんの準備をしているところで、お父さんはすでに仕事用のスーツに着替えて、テーブルについて新聞を読んでいた。新聞から目を上げたお父さんは、わたしに向かってにこやかに微笑みかけた。
「どうしてそう思うの?」
「話せば長くなるけど、いい?」
「ああ、構わないよ」
 お父さんは広げていた新聞を折りたたみ、テーブルの上で指を組んだ。なんだか嬉しそうだ。わたしはお父さんの斜向かいではなく、正面の席に座り、もらったプレゼントをそっとテーブルに置く。
「順を追って話そうかな。まずは二年前。わたしがサンタさんにお願いしたのは、お財布だったかな」
 サンタさんの存在を疑い、理性的に物事を考えるようになったのはこの頃だった。わたしはベッドに入って寝たふりをしながら、絶対に決定的瞬間を目撃してやろうと意気込んでいたものの、睡魔に負けて不覚にも眠ってしまい、あっけなくサンタクロースの侵入を許してしまった。トリックもなにも必要ない、単なるわたしの不覚。果たして、わたしはお財布を手に入れることができた。
「あのとき、がんばって寝たふりをしたまま起きていようとしたんだけどね。たしか十時頃までは起きていたと思うんだけど、お父さんもお母さんも、十一時半頃までは普通に起きてるんだよね、習慣として。昨日の夜も、十一時半頃までは二人とも一階にいたみたいだし」
 お父さんは無言でうなずいた。
 そして昨年のクリスマス。わたしは歳相応の女の子らしく、ふわもこガーリーなパーカーをサンタさんにお願いしたのだけれど、それはあくまで友達づきあいのために必要だっただけで、心から欲しかったわけではない。本当の狙いはサンタさんの正体を暴くことにあった。ミステリーに傾倒し始めたわたしは、サンタクロースなんていうロジックとは対極にあるような存在を、どうしても認めたくなかったのだ。いくら問い詰めても笑ってはぐらかそうとするお父さんとお母さんの意図が理解できず、鼻を明かしてやろうと考えた。
 まだこの家に引っ越してくる前、狭いアパート暮らしだった。わたしは部屋のドアと窓すべての鍵を閉め、ドアの前には開けたら音が鳴るように、おもちゃの鈴を置いておいた。これで万全、ぐっすり眠れると油断していたら、翌朝、やっぱり枕元には要望したとおりのプレゼントが置いてあった。
「あのとき、サンタさんはどうやってわたしの部屋に入ってきたのか。去年まで住んでいたアパートのドアも、いまと同じで、外側からコインを使って鍵を開けられる仕様だったよね」
 そもそも部屋数の少ない狭いアパートで、まともな親なら、年端もいかない子どもに外側から鍵を開けられなくなるような部屋を与えるとは思わない。世間では、相変わらず引きこもりが問題になっているし。
「だからわたしも、外側から開けられることを警戒して、ドアの前に鈴を置いた。だけどサンタさんは慎重だった」
 前年までは、部屋の鍵を閉めずに寝ていたのだ。ドアノブを捻ろうとして鍵がかかっていることに気づいたら、サンタさんだって不審に思う。小学五年生、とっくにサンタさんのファンタジーなど卒業していておかしくない年頃なのだ。いったん引き返してコインを持ってきて、寝ているわたしに気づかれないように鍵を開ける。ドアを開けるのにも慎重を期すはずで、少しくらい鈴は鳴ったかもしれないが、異音がすればサンタさんはますます慎重になる。少しずつ少しずつ、鈴の内部にある鉄球がなるべく外側の球面に擦れ合わないようにドアを動かしていけば、寝入っているわたしを起こさずに侵入することは充分に可能だ。
「問題は脱出方法。ドアの外に出て鍵をかけ直して、部屋の内側にある鈴を元の位置に戻すのは、なんらかの物理的なトリックを使えば可能かもしれないけれど、そんなに咄嗟に思いつけることじゃない。そこでサンタさんはどうしたか。答えはかんたん」
 偶然に任せた密室成立によらず、サンタクロースによる意図的な密室構築のパターンには、たとえば次のような例が思い浮かぶ。

・サンタクロースが、既にできている密室の外から、あらかじめ密室成立前の室内に隠しておいたプレゼントを、遠隔的な方法で目に見える位置に移動させ出現させる方法
・サンタクロースが、既にできている密室の外から、なんらかの遠隔的な方法を用いて、プレゼントを密室の内へ移動させる方法
・サンタクロースが、プレゼント設置後に部屋の外に出て、物理的なトリックを用いて密室を完成させる方法
・サンタクロースが、プレゼント設置後に、サンタクロースだけが知っている秘密の抜け道を通って脱出し、密室を完成させる方法
・サンタクロースが、プレゼント設置後も部屋の内に隠れていて密室を完成させ、密室が密室でなくなったプレゼント発見時以降に、こっそり外に出る方法
・利害の一致した共犯者を用いて密室を完成させ、互いの証言により容疑を逃れようとする方法
・よしんばサンタクロースが出入りできたとしても、現場の外を行き来した形跡(足跡など)がないために実質的な密室と看做される場合において、なんらかのトリックを用いて形跡を消すか、残さない方法
・サンタクロースが、なんらかのトリックを用いてプレゼント設置時刻を誤認させ、設置時に実際は密室ではなかったのに、あたかも設置時に密室であったと見せかける方法
・実際には現場はずっと密室ではなかったが、プレゼントの第一発見者に、あたかも密室であったように誤認させる方法

 といったところだろうか。よく考えればまだまだ類型が出てくるかもしれないが、ひとまずここで打ち止めにしておこう。既に答えは出ているのだ。
「難しく考える必要はない。ドアの鍵を閉め、鈴を元の場所にそっと戻したあと、わたしの部屋にそのまま隠れていて、翌朝わたしが起きて部屋を出たあと、こっそり出ていけばいいよね。狭いアパートだったけど、たぶん、わたしがトイレに入ったタイミングなんかを見計らって脱出したんじゃないかな」
 まさか、狭いアパートで、うら若き乙女がトイレのドアを開け放して用を足したりはしないからね。サンタさんが隠れていたのは、おそらくベッドの下だろう。わたしは前のアパートでも、小学四年生の頃から既に布団ではなく、ベッドを使っていた。
「昨年のサンタさんは、お父さんだったと推理する。うちでは、お料理はもっぱらお母さんの仕事だからね。朝起きて、ごはんの用意ができていなかったら、さすがにわたしもおかしいなって思ったはず。それに、子どもは冬休みでも、十二月二十五日というのは、大人の仕事納めにはまだ少し早い。クローゼットとかに隠れる手もあっただろうけど、次の日の仕事に支障がないように少しでも横になろうと思ったら、ベッドの下が最良の選択。頭のいいお父さんなら、それくらいは考えついたはず」
 お父さんと同じ部屋で、ベッド一枚隔てた距離で寝ていたと思うと、ちょっとゾッとするけどね。
 それにしても、どうしてあのとき、部屋を出る前に誰かが隠れていないか、隈なく捜索しなかったのか。わたしも探偵として未熟だったのだ。まさか、サンタさんが息を殺して部屋に隠れているなんて、思いもしなかった。しかし、あとになって冷静に推理してみると、それ以外の方法が考えられないのだ。
 サンタさんは、わたしの部屋に隠れることくらいは平気でする。その事実に気づいたからこそ、もう二度と騙されまいと、昨日は帰宅してからずっと、慎重の上にも慎重を期していたのだ。
「そして、いよいよ今年。わたしはなんで、わざわざこれをサンタさんにお願いしたのか」
 そう言ってわたしは、テーブルの上に置いたそれを手に取った。わずか二百グラムにも満たない、しかし高性能な撮影機器。
 既にわたしはスマートフォンを持っている。二世代前の機種とはいえ、ただ写真を撮影するだけなら、わざわざ新しいカメラなんて必要はないだろう。インターネットで自慢できるような、いわゆる「映える」写真は、いくらでも撮れるのだ。スマートフォンの本体重量は、現行の機種だと、だいたい二百グラム弱くらい。携帯性と取り回しも抜群に良い。
 にもかかわらず、わたしはこれが欲しかった。
「サンタさん宛ての手紙を見たとき、サンタさん……ここでは仮にお父さんと仮定するけど、お父さんは驚いたかもしれない。なんでこんなものを欲しがるのかって」
 スマートフォンなら買ってあげたばかりのはずだ。ただ「映える」写真を撮るだけなら、こんな高価なものに頼らずとも、工夫次第で撮れる余地がまだまだあるはず。頭のいいお父さんだから、それくらいは説いて聞かせてもよかったかもしれない。
 しかし、お父さんは知っていたのだ。わたしの夢が「名探偵になること」だって。自分で言うのも変だけど、昨年のクリスマス、サンタさんの存在を暴いてやろうと罠を仕掛けるような理性的な思考をする子なのだ。
 わたし自身、ミステリー好き、探偵趣味をべつに隠しているわけじゃない。
 そりゃあお父さんがわたしの部屋に勝手に入ってきたら嫌だけど、今年は引っ越しもあった。自分の部屋の荷物は自分で段ボール箱に詰めて、自分で開封して新しい部屋に配置したけれど、べつに故意でも偶発的な事故でも、箱の中身を見られた可能性はあったし、そこまで細かく気にしてはいない。「サンルームのドアが開かない事件」では、たしかお父さんが、何度かわたしの部屋を出入りしたはず。そこで本棚のラインナップをチラリとでも目に留めたかもしれない。書斎を持つほど読書家のお父さんなのだ。娘がどんな本を読んでいるのか、興味がないことはないだろう。
 ふだん家にいるお母さんから、あの子、最近ミステリーにハマっているみたいよ、なんて聞いたかもしれない。ボーナスが上がるほどお仕事に専念していて一生懸命なお父さんだから、わたしの学校の成績なんかもそう、わたしについては基本的に、お母さんから報告を受けて知ることが多いのだろう。まるで、管理職のお仕事みたいにさ。
 そうそう、昨日の朝、学校に行く前に、わたしの部屋の掃き出し窓に仕掛けておいたのは、本番用に秘蔵してあったモンポケではなく、名探偵ナンコちゃんのメモ用紙だった。午前のうちに洗濯物を干していたお母さんがサンルームから覗けば、もしかしたら名探偵ナンコちゃんのイラストが判別できたかもしれない。べつにナンコちゃんグッズは隠していないし堂々とお父さんお母さんがいる場でも使っているから、わたしの探偵趣味は、とっくに知ってたはずだよね。
 ちなみに、昨日わたしが学校の終業式に行っていて不在にしていた午前中、窓側にだけメモ用紙を仕掛けておき、ドアのほうはあえて手薄にしていた理由はふたつある。
 まず、ドア側に仕掛けておくと、家にいるお母さんに発見されて、事前に対策を練られてしまう可能性が高くなるから。その点、ベランダに出るための二重窓なんて用がなければ滅多に開けないから、お母さんに見つかる心配は比較的少ない。
 一方、よっぽど用がなければ開けない窓を開けるとなれば、それは、ベランダになにか用があるということだ。考えられるのは、エアコンの室外機の取り外しに関係する、なんらかのトリック。ふたつめの理由としては、このトリックの可能性を潰しておきたかったのだ。
 サンルームからわたしの部屋のベランダへは、室外機が邪魔をしていて通行できないから、一度は必ずわたしの部屋の二重窓を開けてベランダに出る必要がある。そこであらかじめ室外機をエアコンのホースから外して動かしておいて、サンルームの外開きのドアを通行可能にしておくような細工をしないとも限らない。よほど警戒していなければ、当日わたしがエアコンの室外機の位置まで観察するとも思えないだろうからね。あるいは、エアコンのホースを外して室外機を移動可能な状態にしておいて、真夜中になってから、庭に立てたハシゴに登るとか、なんらかの物理的な方法で室外機を動かして、サンルームのドアを通行可能にするトリック。事前に大がかりな準備が必要となりそうな室外機がらみのトリックは、二重窓を開閉した形跡がなかったことで、ほぼ「消し」と考えていい。
 まあ、夜中にサンルームからベランダに移動できたところで、掃き出し窓のクレセント錠をどうするかという問題は残る。実際、昨夜は外側の掃き出し窓のクレセント錠が閉じられていたわけだからね。たまたま内側の掃き出し窓と、外側の欄間の上の窓がわずかに開いていたけれど、そうなっているのだって予測のしようがない。欄間の上の小さな隙間からプレゼントを投げ入れるという手も、物理的に考えられなくはないけれど、プレゼントは五万円以上する精密機械なのだ。運動神経の悪いお父さんお母さんが狙いを外して、万が一庭に落ちてしまったら確実に壊れてしまうだろう。よしんば投げ入れに成功したとしても、部屋の床に落ちた衝撃でどこかが壊れてしまうかもしれない。なにより、大きな物音がして、わたしが目を覚ましてしまうおそれがある。
 話を戻そう。
「手紙を見て、最初は驚いただろうけど、きっとすぐにピンと来たんだよね。こんなものをわざわざ欲しがるのは、わたしの探偵趣味のためなんだって。そして、これはある種のサンタさんに対する挑戦状だって」
 ただ写真を撮影するだけなら、スマートフォンさえあれば充分だ。警察の鑑識官が使っているような高画質のカメラを求めるなら一眼レフということになるが、二〇一三年に発売された「世界最小・最軽量」を謳ったキヤノンの一眼レフカメラでさえ、本体重量は約三百七十グラム。二百グラムを切った例はついぞ聞いたことがない。もう少し軽量化を図るならミラーレスカメラという選択肢もあるが、総じて四百グラム程度で、軽くても三百グラム台の製品がほとんど。あまり軽くしすぎても画質やその他の機能を捨てることになり、探偵ガジェットとしては物足りない。
 そう、わたしが欲しかったのは、カメラはカメラでも、プロペラがついていて飛べるカメラ……ドローンだったのだ。
 それも二百グラムを切る小型ドローンというところがポイントだった。通常、ドローンを飛ばすには改正航空法に従って飛行許可申請が必要となる。対象年齢も、メーカーや製品によって異なるが、十五歳以上や十八歳以上と表示されていることが多い。ところが、本体とバッテリー重量の合計が二百グラム未満のものについては、無人航空機ではなく「模型航空機」に分類される。つまり、おもちゃだ。法的には小学生が飛ばしても違反ではない。玩具協会が定める対象年齢は十四歳、中学二年生ということになっているけれど、少なくとも自宅の庭で操縦の練習をすることくらいは許されるだろう。人口集中地区ですら、二百グラム未満のトイドローンは自宅の敷地内での飛行の規制対象外なのだから、ましてや過疎化が進むだだっ広いこの町では、誰かに迷惑かける心配などほとんどないといっていい。
 それだけのことを調べ上げたうえで、わたしには小型ドローンを飛ばす資格があります、誓って違法な犯罪行為には使用しませんと手紙に書かれたら、サンタさんだってきっと面食らうよね。果たして、わたしの夢を応援したいって、少しでも思ってくれただろうか。
 しかし、五万円を超える高級機をお願いするとは、われながら強気に出たものだ。サンタさんの不在を証明するのも所期の目的のひとつではあったから、お父さんお母さんがそんなもの買い与えられないと結論を下したら、それはそれまで。
 しかし、いざ買い与えるとなったら、お父さんお母さんにもそれなりの勇気が要っただろう。ただドローンが高価だというだけではない。サンタさんの存在を疑い、昨年も部屋のドアにトラップを仕掛けたような探偵を夢見る娘なのだ。直接、親に口頭でドローンをねだるのではなく、あえて自ら進んでサンタさん宛ての手紙を書いたということは、サンタさんの存在を証拠もなしに端から否定してかかるのではなく、不在ならばその不在を、あくまで自力で証明してやろうという挑戦の意志の表われでもあったのだ。ならば親としてもこれに受けて立ち、あくまで娘の夢を壊さずに、論理では説明できない奇跡がこの世には存在するんだよと主張する自信がなければ、この茶番劇は初めから成立しない。
「そう。これは初めから茶番。わたしとサンタさんの知恵比べ。真面目に付き合ってくれてありがとうね、お父さん。お母さんも」
 お父さんは身じろぎひとつせず真っ直ぐにこちらを見つめるだけだし、お母さんもカウンターキッチンで聞いているのかいないのか、静かに朝ごはんの準備をしているだけだったけど、わたしは構わず自説の開陳を続けた。
「昨日の現場の状況を、順を追って説明するね。まずは、お昼過ぎにわたしが帰ってきたところから。わたしはお母さんにただいまの挨拶もそこそこに、すぐ二階に上がった。お母さんは多少、不自然だと思ったはず。だけど、心配は要らないと考えたのか、二階に上がってきたような音や気配はなかった。手の込んだ料理も作っていたみたいだし」
 万が一、わたしがドアに背を向けて窓やベランダに異状がないか調べている隙にお母さんにドアを開けられてしまわないように、モンポケのメモ用紙をドアの隙間に仕掛けておいた。
 ただ、そうすることでひとつのリスクも生まれていた。お母さんか、あるいはお母さんの操縦するドローンがわたしの部屋の前までこっそりやってきて、外からドアの仕掛けを見つけるというリスクだ。ドアを開ければモンポケのメモ用紙が破れる罠であることを看破したお母さんが、市街に勤めるお父さんに電話をして、破ったあとのスペアとなるモンポケのメモ用紙を買って帰ってくるよう伝えたとしたら、この密室の第一段階が破られてしまう可能性が生じる。本当はこのとき、ナンコちゃんのメモ用紙を挟んでおけばそのリスク自体を回避できたのだけれど、それじゃあ勝負として、なんだかつまらない。少しは破られるリスクを残しておかないと、守りがいがないもんね。
 お父さんのお仕事の定時は五時半。どんなに早くても帰ってくるのは六時だと踏んでいたけれど、実際に昨日、お父さんが帰ってきたのは六時ちょうどだった。
「昨日は寄り道せずに真っ直ぐ帰ってきた。そうだよね? お父さん」
「ああ、昨日は寄り道しないで帰ってきたよ」
 お父さんは静かにうなずいた。カウンターキッチンの向こう側で、お母さんが、ちょっと苦い顔をしていた。ああ、ドローンを使って偵察する手があったか、と気づいたのかもしれない。
「では、モンポケのメモ帳は、この家ではわたしの部屋にひとつしかなかったという前提で話を進めるね。ケーキを食べ終えて、わたしはお風呂にも入らずに二階に上がった。いま学校で朝シャンが流行っているのは本当だけど、お風呂に入っているあいだに部屋になにか仕掛けをされたら困るからね」
 わたしが部屋に入ったら、いよいよ本格的な知恵比べのスタートだ。おそらく、わたしが消灯してしばらく経つまでは、お父さんもお母さんも静観していたんじゃないかな。この辺鄙な町では街頭の灯りはほとんど届かないほど暗いから、リビングの窓のカーテンを開けておけば、真上の部屋から漏れてくる光が消えるところは確認できたんじゃないかと思う。
 消灯したのは夜の八時。ただ、一昨年の「犯行時刻」でさえ夜十時を過ぎていたから、長期戦になるのは、もとより覚悟していたはず。ゆっくりテレビを見たり本を読んだりして、実際に動き始めたのは、夜十一時を過ぎた頃じゃないかな。
 まずは、正攻法でドアから部屋に侵入するプランAを検討したはず。
 昨年の「犯行」の実績もある頭のいいお父さんがサンタさん役を買って出て、足音を忍ばせて階段を上がってきたか、それともドローンを飛ばしたか。高級機だから静音性がとても高いとはいえ、屋内ではプロペラの音が目立つおそれがあるし、慣れない遠隔操作で狭い廊下を飛ばしていくのも難しいだろうから、おそらくはお父さんが自分の足で上がってきたんじゃないかな。
 そして、ドアの前でメモ用紙の仕掛けを発見する。これはドアを開けたらメモ用紙が破れる仕掛けだと見抜いたお父さんは、プランBを遂行するために一階に下りた。仮にメモ用紙の罠をなんらかのトリックを用いて解除できたとしても、昨年、ドアの前に鈴を置いていたわたしのことだ。ドアの内側に、さらなるトラップが仕掛けられていないとも限らない。
 次善の策……それは、ベランダの窓側から侵入する方法を探ることだった。先にも検討したように、サンルームからベランダに移るのは事実上不可能だから、考えられるアプローチ方法はひとつ。ドローン、つまりプレゼントそのものを遠隔操作で飛ばして、ひとまず窓側の状況を探ればいい。幸い、わたしが欲しいとお願いしたのは高級機。標準装備されている夜間撮影用の暗視カメラに切り替えることもできる。お父さんはリビングの窓を開けてドローンを飛ばし、タブレットかスマートフォンを使ってリアルタイムで映像を受信しながら、窓の施錠の状況を探ったのだろう。そのドローンを欲しがったのはほかならぬわたしなのだから、当然、その機種に暗視カメラが備わっていることを、わたしは知っている。わたしとしても、スマートフォンを既に所有しているからこそ、そのドローンをサンタさんにお願いしたのだ。偵察のできるドローンをもらったところで、肝心の映像受信装置を持っていないのでは、宝の持ち腐れというもの。
 まどろみのなかで、夜十一時半ごろだったか、シャンシャンシャンシャンと鈴の音が鳴ったような幻聴を聞いたのは、きっとドローンの飛行音だったのだ。ちょうどスマートフォンを起動して時間を確認した直後だったから、わたしがまだ目覚めていることに、お父さんは気づいたかもしれない。
 ただ、収穫はゼロではなかった。なぜか、外側の窓の欄間の上にこれ見よがしに、まるでそこから入ってくださいといわんばかりに、縦三十センチ横四十センチの空間があったのだ。内側の一枚窓が同じく横に四十センチほどずらされていることも、映像をよく見れば判っただろう。お父さんはいったんドローンをリビングに戻し、お母さんとともに、その空間から侵入してよいものかどうか、協議したかもしれない。その空間が、罠である可能性も捨てきれないからね。
 わたしは、夜八時半を過ぎて、モンポケのメモ帳を買いに車を出すエンジン音がしなかったのを確認した段階で、窓を閉めておいてもよかった。そうすればたやすく、完全な密室を成立させることができたのだ。しかし、あえてそうしなかった。
 なぜか。わたしは、そのドローンが欲しかったからだ。逆にいうと、そのドローンしか、欲しくなかった。お人形さんやお菓子のブーツでお茶を濁されて喜ぶような歳ではないのだ。
 だから、欲しい機種の本体寸法から考えて、少し余裕を持った大きさで窓に開口部を作っておいた。人間では絶対に通過不可能な空間を、まるで魔法のように通過できてしまうもの。それこそ、わたしが本当に欲しかったクリスマスプレゼントなのだ。
「あの窓の隙間はね、わたしにとっては、サンタさんのために開けておいた煙突の穴だったんだよ。煙突くらいは用意してあげないと、サンタさんだってきっと困るし、フェアじゃないでしょ。これでも意外とロマンチストなんだよ、わたしだって」
 ちょっと意外そうな顔をしたお父さんを見て、わたしはクスッと笑った。
 お母さんと相談した末に、お父さんは、その空間からドローンを侵入させることにした。最初に挙げた密室トリックの類例のうち、

・サンタクロースが、既にできている密室の外から、なんらかの遠隔的な方法を用いて、プレゼントを密室の内へ移動させる方法

 を採用したってことだね。
 結果的に、ついに眠りに落ちたわたしに気づかれることなく、ドローンを部屋の床に軟着陸させることに成功した。じつは床にテグスも張ってたんだけど、暗視機能で見えていたかな、どうかな。操作画面を見ながら、ドローンが完全に静止したのを確認したお父さんは、ホッとひと息ついたことだろう。これにて密室トリックは成立。翌朝わたしは、床を見てびっくりすることになる。あ、この茶番劇に付き合ってくれたんだ、本当にドローンを買ってくれたんだって思ったら嬉しくて、笑っちゃったりもしたけれど。
 ともあれ、めでたしめでたし。
 やっぱりサンタさんは存在しませんでした。
 Q.E.D.
 証明終わり。
「……じゃないよね、お父さん。お父さんが考えた密室トリックは、これで終わりじゃない。物的証拠は? って訊くつもりだったんでしょう、このあと。たしかにドローンはあの狭い空間を通ってきたかもしれないけれど、それがサンタクロースの魔法の仕業だったということの否定材料は、まだどこにもない。でもね、あるよ、ちゃんとした証拠が」
 ドローン本体をわたしの部屋に届けることができたとしても、じつはまだプレゼントの配送は完了していない。それを操縦するプロポ、つまりコントローラーは、物理的にどうやっても届ける手立てがなかったはずなのだ。
 ある意味、お父さんとお母さんは相談して、賭けに出たんじゃないのかな。プレゼントを受け取った朝、探偵志望の娘が親の犯行を告発し、それをもってサンタクロースの不在を証明できたならば、正直にすべてを話そうと。ただし、証明が不十分だった場合には、やっぱりサンタさんの魔法だったんじゃないの、サンタさんってすごいねと、またなに食わぬ顔でとぼけるつもりだった。
「わたしがお父さんたちを試していたようで、わたしもお父さんたちに試されていたんだよね、きっと」
 そしてこの朝、わたしの部屋の密室を破る機会が、もう一度だけ訪れる。わたしが遊びにいく前に、お風呂に入るタイミングだ。まさか、年頃の女の子が、昨夜からお風呂に入らないまま友達と遊びにいくわけにはいかないからね。わたしの入浴中にこっそり部屋に侵入してプロポをどこかに隠し、のちにわたしに発見させて、やっぱりサンタさんの仕業じゃないの、あなたがプロポの存在を見落としていたんだよと指摘すれば、わたしには反論する余地がなくなってしまう。
「でもね、ご安心を。お父さんたちの犯行を完璧に告発したのに黙秘されたり、また今年ものらりくらりかわされたりした場合にも、のこのこお風呂に入るようなわたしじゃありません」
 万が一お父さんたちの自供が取れなかったら、着替えを用意するために部屋に戻るタイミングで、モンポケのメモ用紙で再びドアに細工を施してから、お風呂に入るつもりだった。モンポケのメモ帳は鍵つきの引き出しに入れてあって、その鍵はペンダントにしてお風呂に入るときも身につけている。もしドアを開けてメモ用紙が破れてしまったら、残念、その時点で、スペアを用意することができなくなる。
「つまり、どちらに転んでもわたしの勝ちってこと。以上証明終わり。以下はわたしの推測だけど、おそらくお父さんは、ドローンのプロポを書斎に隠してあるんじゃないかな。お父さんお気に入りの書斎には、まだ入れてもらったことがないから。もし、お父さんがプロポを隠し持っているなら、それがサンタクロースの不在を証明する、決定的な物的証拠になる。どう? これでもまだ隠し通そうとする? それとも、プロポを探しに書斎に入ってもいいかな?」
「その必要はないよ。お父さんたちの負けだ。お手上げだよ。まさか、ここまで筋道立てて説明ができるとはね。驚いた。ちゃんと勉強してる証拠だな。嬉しいよ」
 そう言ってお父さんは立ち上がると、書斎のほうに歩いていった。わたしもその後ろについていく。
「世間では、小学三年とか四年くらいで、親がサンタさんの正体を明かすのが普通らしいんだけどな。六年生までサンタさんを信じている例は、ほぼ皆無だそうだ。しかしなあ、なんとなく伝えそびれてしまって、大人げなく意地を張ってしまった。たしかにサンタクロースなんて存在しない。サンタクロースのふりをしていたのは、お父さんたちだったんだよ。認めよう」
 もうバレバレだったけど、絶対にそうだと確信を持っていたけど、いざ実際にお父さんの口から真実を伝えられると、なぜだか少しショックで、鼻の奥がツンとした。
 北西の角部屋が、お父さんの書斎だ。お父さんに促されて初めて足を踏み入れると、部屋のなかは薄暗かった。北向きの窓には遮光カーテンが引かれていて、書棚に並ぶ背表紙を日焼けから守っている。
 お父さんが照明をつけたとき、わたしは驚いて飛び上がってしまった。
「なにこれ……もしかして、江戸川乱歩の全集? こっちは、黒岩涙香! 竹本健治、横溝正史、鮎川哲也、都筑道夫、島田荘司や綾辻行人まで。海外は、エドガー・アラン・ポー、ディクスン・カー、コナン・ドイル、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン……。お父さん、これって」
「血は争えないものだな。お父さんの子どもの頃の夢も、探偵だったんだよ。いまでも諦めてはいない夢だけどな」
 お父さんは照れ臭そうに笑った。わたしは全身から力が抜けて、その場にへたり込みそうになるのを堪えるのに必死だった。
「なんで早く言ってくれなかったの」
「まあ、サンタの話と同じで、なんとなく伝えそびれてしまってなあ。ミステリーは面白い。ときには学校の勉強がおろそかになってしまいかねないほどにね。だから、強いて明かすほどでもないと思った」
 わたしは黙っていたお父さんを恨みつつ、読みたい本をあれもこれもと抱えて、借りてもいい? と訊ねた。サンタクロースの不在証明を成し遂げたご褒美だから、まあ、いいか。お父さんは苦笑いで頭を掻いた。
「ところで、これがクリスマスプレゼントのプロポだ」
 お父さんが書斎のクローゼットのなかから、黒くて意外とゴツいプロポを取り出した。
「カメラはスマートフォンとブルートゥースでつながるから、映像を同期させるときは自分のスマートフォンを使ってくれ」
 そこでお父さんは、なぜかニヤリとした。
「昨日の夜はこのタブレットを使ったんだけどな」
 そう言いながら、机の上に置いてあったタブレット端末を起動し、画像データを呼び出す。
「こんな写真が撮れたよ」
 果たしてそこには、わたしがよだれを垂らして間抜け面を晒しながら寝ている写真が表示されていた。ドローンの暗視カメラで撮った写真のようだが、さすが高性能というべきか、やたらと鮮明だった。
 わたしの頬は一瞬で沸騰したように熱くなった。
「消して! いますぐに消して! お父さんなんて嫌い!」
 頭のいいお父さんのことだ。こんな弱みを握られたら、いつどんな取引材料にされるかわからない。
 お父さんとの頭脳ゲームは、まだまだこれからも楽しめそうだ。

 (了)

模範解答

「わたし」にプレゼントを運んだのは、親である。
 カメラつきスマートフォンを既に所有していると考えられる「わたし」が、探偵を志す者として手に入れておきたかった軽量・高性能のカメラとは、本体バッテリー重量二百グラム未満の「小型ドローン」であった。
 クリスマスイヴ当夜、親はドローンを飛ばして、窓の上部に開かれた四十×三十センチの空間から部屋の内部に侵入、着陸させた。
 しかし、操縦に必要なプロポ(リモートコントローラー)は、物理的にどうやっても部屋の内部に届けることができない状況にある。
 そこで、容疑者である親によって密室状態解除後の部屋にプロポを置かれてしまう前に、親が隠し持っているプロポを発見することができれば、プロポ(リモートコントローラー)が動かぬ物的証拠となる。
 よって、サンタクロースの不在が証明される。

 以上、太字の部分三点を、完全正解のための要件とする。

サポートは本当に励みになります。ありがとうございます。 noteでの感想執筆活動に役立てたいと思います。