32才から夢を叶えてみる レスられ妻
私は子供の頃から絵を描くのが好きだった
絵は最初からセンスがあったというか上手と褒められることが多かった
他の子より上手に描けたと思う
母親は私が絵が好きだからと
絵画教室に連れて行ってくれて
そこでも割と注目をされた
とはいえ田舎の絵画教室なので
上手いと言っても
ここでは上手い方なだけ
と自分でもわかっていた
外の世界へ行ったら私なんて下の方だろう
と思っていた
高校へ進学した
勉強ができたので
市内で一番頭の良い高校へ通うことになった
絵はその頃も続けていた
進学校
みんな1年生の時から大学受験に向けて意識を持っていた
それなりの学歴や職を持った親を持つ子供が多く
割と性格のいい子が多かった
理不尽なことを言ってきたり
イジメもなかった
一方、うちの両親は高卒で
大学へ行くという選択肢が私の中になかった
わたしも高卒でいいと思っていたし
行っても専門学校かな、、と思っていた
父は高校卒業後、地元の会社に就職し
同じ会社の大卒の人より早く出世し
稼ぎも大卒の人より良かった
そのため父はいつも
大学なんて行っても仕事はできるわけじゃない
というのが口癖だった
父は頭が良かったけど
家庭の事情で大学へ行きたいなんて言えなかったようです
時代もあるけど
高卒で、地方でも
1000万以上は稼げていた
そのため
私にとって大学へ行く意味合いを見出すことができなかった
お金をかけて
取り敢えず行っておくという選択肢は果たしてベストなのか?と感じていた
大学生を見ると
親のお金で学校へ行き、好きなことして遊んでいる人たち
(今思うとそんな人ばかりじゃないけど)
というイメージだった
そんなの行く意味あるの?
と高校生の頃の私は思っていた
高校卒業して、地元で公務員をやるのが無難だろうと考えていた
高校1年生の時
わたしに進路を考えてくれる人がいた
絵画教室の若い先生だ
その先生は地元で若手を育成するために東京から戻ってきた女の先生だった
先生
「進路どうするの?美大に進みたいなら夏のスクーリング行かないとね。考えてる?」
Y
「大学って行く意味がない気がして、、、大学生って遊んでいるイメージがあってあんまり行きたくない。専門学校にでもいこうかなって考えてる。。」
と正直にこたえた
普段ふわっとして優しい先生が目の色を変えた
先生
「先生は大学の時、勉強頑張ったよ。
本当に頑張った。
美大はいいよ。沢山勉強できるよ。
競争もあるけど、自分なりの表現を
見つければいいよ。」
と強い気持ちで話してくれた
Y
「そうなんだ、、」
いつも優しい先生が強い主張をしたのは、後にも先にもこの時だけだった
この声かけで
この先生が言うからには間違いない
と私は思った
親はもちろん
わたしにこんな言葉をかけてくれる人は今までいなかった
親も高卒だから
進路のことを相談ができなくて
全て自分で決めなさい
というスタイルだった
こうしたらいいんじゃない?というアドバイスを親は持っていなかった
頼れるのはこの先生のアドバイスだけ
そこから頑張ろうと思い
美大へ進学することにした
親には自分で説明したり
スクーリングへ行かなければいけないことや
お金がかかることも伝えた
親を侮辱するわけじゃないし、そんな人ばかりではないけれど
親が大学へ行っていないと
子供が全部調べて準備をしなければいけない
果たして美大という選択肢はベストなのか?
という問いすら生まれない
もしかしたら
他の親だったら
美大は辞めた方がいいと言われたかもしれないと思うと良かったのかもしれない
母は頑張れ頑張れ!
しか言わず、不安だったけど
美大を応援してくれる
という意味では良かったのかもしれない
私は他の友達が勉強をしている時に
美大の専用の受験勉強をして備えた
今考えると美大ではなく、普通の大学行った方が就職の選択肢が多かったかな?
と思うけど
私の人生はこうなっているんだろうなとも思った
だって
絵を描いている時が一番自分を出すことができたし
一人の世界になれて
誰にも邪魔されずに
自分を表現できる
言ってしまえば
これが私の発散場所になっていて
生きていくには必要不可欠な場所になっていたのだ
私が美大へ行きたい理由は
好きなことへの追求と
人生と絵が重なり合っているので
私は離れたくなかったし
突き詰めたかった
進学校の担任の先生からは
「Yは他の生徒に迷惑かけるなよ
悪影響だ」
と言われた
進学校なら当たり前だ
美術の予備校へ行って
わけわからない対策をしているわたしは
勉強で大学へ行く人の邪魔な存在だった
先生からは美大はやめておいた方がいいと言われたけど
言われるたび、絵画教室の先生を信じた
だって、法学部へ行った人がみんな弁護士になるの?
じゃないよね?
と今でも思う。。。
無事絵画教室の先生の応援や
親からのありがたい支援のおかげで
私は美大に合格できた
先生の言った通り
大学ではめちゃくちゃ頑張った
真面目に取り組む学生が多く
そんな環境が私には合っていた
起きている時はずっと絵のことを考えて
課題をこなしていく
遊ぶことなんてほとんどしなかった
他大学のサークルとか1回顔出してみたけど
面白い思えなかったのでそれっきりにした
それだけ夢中に勉強できた自分に
今でも誇りを持っている
在学中に就職先も見つけ無事就職した
仕事は楽しかったし、何より頑張った
仕事をして3年目
夫が転勤になり、その仕事は転勤先でできたなかったためやむを得なく仕事を辞めた
仕事より、家庭をつくって
子供が欲しかったから。。。
こんなふうに思うのは負け組なんだろうか?
仕事を頑張れない人の言い訳なのか?
結婚を機に仕事を辞める女性へ色んな言葉をネットでみかけるけれど
ネガティブなことばかり。。。
でも
子供は一人ではできないし
そして、結婚していないと可能性も低いし
何より一人で育てるという覚悟は
最初から持つのが難しい
子供がほしいから
で仕事を辞めて結婚するのは
そんなに悪いことなんだろうか???
現在私は現在結婚7年目にして
別居をしている
セックスレスからの不妊治療で心が折れた
夫からは
頑張れるだけ頑張ってくれ
と言われて
レスさえ解消すればいつかできるはずなのに
と思いながら
辛い不妊治療の影響で
自分自身が壊れた
そんな時に優しくしてくれた男性と
ダメだとわかっていても不倫してしまった
自分を責めて
悔やんで
でも、後戻りができなくて
別居した
離婚をしようと思っている
なぜなら
夫は不倫した私はいらないって
長年の付き合いから
よく私がわかっているから
全てを吐き出して
許してもらうなんてこと
考えられない人だから、、、
32歳
もう再婚も、子供も諦めることにした
そしたら
結婚前に頑張っていた
美術関係の仕事をもう一度頑張ろう
と考えた
夫と離婚したら
不妊治療や夫のことを考えなくていい
思う存分できる気がした
自分のしたいように仕事ができる
離婚したら
もう一度
自分の人生をやり直そう
そう考えた
そう思えるまで
かなり悩んだし、時間がかかってしまった
20代後半から30代前半
伸び代がある時期を結婚によって無駄にしたことを
悔いたけれど
悔いているだけではしょうがない
私は開業届を税務署に提出した
ひとつひとつ
知り合いを辿って仕事をもらおう
頑張ろう
これが私の32歳からの夢
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